デフォルトでは「神庭(かんば)実里(みのり)」になります。
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とん、とん、とん。規則的なリズムが何かを介して伝わってくる。程良い硬さと温もりもまた、リズムと共に届く。この感覚は前に、本当に前に体験したことがある気がする。こんな風に温かい、お父さんの背中で――。
はっと目を見開いた。ドクリ、ドクリと脈が強く早く波打っていく。頭が痛い。またズキズキと襲いくる頭痛に、思わず何かを掴んでいる腕に力が入る。また、まただ。また私は何かを忘れている。いつもとはレベルが違う、何か、何かとても大切なものを忘れてしまっている。
「…起きたか?」
「…っえ、」
すぐ横から聞こえる中くらいの低さの声にびくりと動く。開き過ぎて乾いてしまった目を何度か瞬かせながらそちらを見ると、目前に――予想以上に近くに、彼――武藤遊戯の顔があった。そのあまりの近さに、彼の首回りを囲っていた腕からは力が抜けて、身体がぐらりと傾く。しかし彼はそれに動じるでもなく、私のぐらついた身体をまたもとの体制に戻した。その時点で、自分は彼におぶられているのだとようやく気付く。途端に周囲の目が気になってきて、顔が熱くなっていく。バクバクと心臓がうるさい。しかし、恐怖のような感じでもない。これは…私は、照れているのか。そう思った途端、これでもかと身体中が火照っていく。どうか、彼だけにはこのことを気付いてほしくない。
「動くと危ないぜ。まだ薬も抜け切ってないだろ」
彼はちらりと私を見てきて、するとまた顔は今以上に熱を持つ。風邪をひいた時のように頭がガンガンと痛むのもこんな風に急激に温度が上がったからだろうか。どうかこのことが気付かれないようにと無意識に俯き、彼の肩に頭を預ける。彼は何も言わず、ただ足を進めていく。とん、とん、とん、とん。リズムが乱れることは一度もなく、それにどうしてか腹が立ってくる。…でもどうして、私はここまで赤くなっているのだろうか。どうして、この時間がもっと続けばいいと、あの時のようなことを思っているのだろうか。どうして――。そこまで考えて、また頭の熱量が上がる。これ以上考えてはだめだ。何も解決できないくせに、身体はどんどん非常事態に進むばかりだ。
「…眠そうなところ悪いんだが、着いたぜ。その…腕」
「あ、ご、ごめん、ありがとう」
彼の声を聞いて、やっと収まった心臓がまた高鳴りはじめる。眠くなってきてしまって、また腕を彼に回していたようだ。しかし自覚はない…ということは、これを無意識に…。なんだろう、これは。コントロールできない自分が恐ろしい。いつの間に私はこれほど男好きな性格になっていたんだろうか。
彼が身体を傾け、どさりと荷物を縁側に置いた。境内のすぐそばの自宅にすでに到着していたと気付いて、慌てて腕を離そうとする。
…あれ、なんだろう、これ。
腕を離そうとしても、私の腕は一向に離れようとしてくれない。腕自身が意思を持っているかのような頑固さだ。…どうしよう。彼が不思議そうに視線を向けている。それでも腕は動かない。彼に迷惑をかけたくないのに、それでも離れてくれない。どうして、どうしてだ。
…私は彼と、離れたくないのか?
「…どうかしたか?」
彼の声が耳の奥をくすぐる。違う、どうもしていない。どうもしていないけれどどうかしている。本当に、自分がわからない。彼は私を立たせるが、腕が離れないせいで抱き合っているような形になる。どうしよう、顔が赤い。
「…気分でも悪いのか?」
違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。そうじゃなくて、私は。
「……私は、貴方と離れたくない、んだと思う」
また、時間が止まった。もう今日で何度目だ。瞬きする余裕さえ与えない。
言ってしまった。なんで自分から言ってしまうんだろうか、私は馬鹿なのか。引かれるに決まってるのに。ほら、彼をこんなに驚かせてしまったじゃないか。こんなにーー。
どうして。どうして彼がそこまで顔を赤くする必要があるのだろう。やめてほしい、勘違いしそうになるから。きっと、いいや絶対に、彼は私に気がないと、そう思っていたい。そのほうが心地いいから。
「…その、なんでだかわからないんだが…俺も、そう思う」
彼がそう口を開いた。すると、彼の顔はみるみる赤くなっていく。だいぶ暗くなってきたことを差し引いてもわかるほど真っ赤で、熱い。
私は混乱していた。今、彼はなんと言った? 彼もそう思うと、確かにそう言っていた。指示語の指している内容は何だ。慌てすぎて一方的な勘違いかもしれないだろう。そんなはずはない。そんな、そんなーー。
ふと、気がついたら腕ははずれ、元の位置に戻っていた。赤かったはずの彼の顔も普通に戻っている。全てが夢だったのではと思うほど、冷たい風が頬を撫でていく。きっと私は名残惜しそうな顔でもしていたのだろう、彼はもうすることもないのになかなか帰ることを切り出さなかった。私もずっとそうして、そばにいて欲しかった。
しかし、そんな時間が続くわけもない。
「じゃあ、そろそろ…」
彼は本当に、本当に言いにくそうに言った。申し訳なさと欲が心の奥でせめぎあう。
「待って!…その、一つ聞きたいことがあって」
そして気が付いた時には彼を呼び止めていた。勝手に口が動く。
「聞きたいこと?」
「あの…前に会った時に言っていたでしょう、あの時はありがとうって…私はあの放送局であなたとあったのが初めてだったから、前に会ったことがあるんだとしたらどこなのかと思って」
「ああ、あれは…何でもないんだ、忘れてくれ。…それじゃあ、また」
彼は曖昧な態度を見せて、そそくさと帰ってしまった。あまりにもあっけない別れに、思わず縁側にへたり込む。
…ずっと考えていたら、なんだか無性に腹が立ってきた。あれほど振り回しておいて逃げるように帰られては、こっちがやり返す暇だってない。きっと暇があってもできる気はしないけれど、それでも腹が立つ。やり場のない怒りを抑えられなくて、そばの彼が運んでくれたであろう鞄をえいと蹴った。はあ、と息を吐く。早くお賽銭を回収して話しかけて終わらせてしまおう。…ああ、そうだ。神様にでも話してみようか。今日が私にとってささやかな記念日になったことを。
私は今日、初めて恋をしました。
はっと目を見開いた。ドクリ、ドクリと脈が強く早く波打っていく。頭が痛い。またズキズキと襲いくる頭痛に、思わず何かを掴んでいる腕に力が入る。また、まただ。また私は何かを忘れている。いつもとはレベルが違う、何か、何かとても大切なものを忘れてしまっている。
「…起きたか?」
「…っえ、」
すぐ横から聞こえる中くらいの低さの声にびくりと動く。開き過ぎて乾いてしまった目を何度か瞬かせながらそちらを見ると、目前に――予想以上に近くに、彼――武藤遊戯の顔があった。そのあまりの近さに、彼の首回りを囲っていた腕からは力が抜けて、身体がぐらりと傾く。しかし彼はそれに動じるでもなく、私のぐらついた身体をまたもとの体制に戻した。その時点で、自分は彼におぶられているのだとようやく気付く。途端に周囲の目が気になってきて、顔が熱くなっていく。バクバクと心臓がうるさい。しかし、恐怖のような感じでもない。これは…私は、照れているのか。そう思った途端、これでもかと身体中が火照っていく。どうか、彼だけにはこのことを気付いてほしくない。
「動くと危ないぜ。まだ薬も抜け切ってないだろ」
彼はちらりと私を見てきて、するとまた顔は今以上に熱を持つ。風邪をひいた時のように頭がガンガンと痛むのもこんな風に急激に温度が上がったからだろうか。どうかこのことが気付かれないようにと無意識に俯き、彼の肩に頭を預ける。彼は何も言わず、ただ足を進めていく。とん、とん、とん、とん。リズムが乱れることは一度もなく、それにどうしてか腹が立ってくる。…でもどうして、私はここまで赤くなっているのだろうか。どうして、この時間がもっと続けばいいと、あの時のようなことを思っているのだろうか。どうして――。そこまで考えて、また頭の熱量が上がる。これ以上考えてはだめだ。何も解決できないくせに、身体はどんどん非常事態に進むばかりだ。
「…眠そうなところ悪いんだが、着いたぜ。その…腕」
「あ、ご、ごめん、ありがとう」
彼の声を聞いて、やっと収まった心臓がまた高鳴りはじめる。眠くなってきてしまって、また腕を彼に回していたようだ。しかし自覚はない…ということは、これを無意識に…。なんだろう、これは。コントロールできない自分が恐ろしい。いつの間に私はこれほど男好きな性格になっていたんだろうか。
彼が身体を傾け、どさりと荷物を縁側に置いた。境内のすぐそばの自宅にすでに到着していたと気付いて、慌てて腕を離そうとする。
…あれ、なんだろう、これ。
腕を離そうとしても、私の腕は一向に離れようとしてくれない。腕自身が意思を持っているかのような頑固さだ。…どうしよう。彼が不思議そうに視線を向けている。それでも腕は動かない。彼に迷惑をかけたくないのに、それでも離れてくれない。どうして、どうしてだ。
…私は彼と、離れたくないのか?
「…どうかしたか?」
彼の声が耳の奥をくすぐる。違う、どうもしていない。どうもしていないけれどどうかしている。本当に、自分がわからない。彼は私を立たせるが、腕が離れないせいで抱き合っているような形になる。どうしよう、顔が赤い。
「…気分でも悪いのか?」
違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。そうじゃなくて、私は。
「……私は、貴方と離れたくない、んだと思う」
また、時間が止まった。もう今日で何度目だ。瞬きする余裕さえ与えない。
言ってしまった。なんで自分から言ってしまうんだろうか、私は馬鹿なのか。引かれるに決まってるのに。ほら、彼をこんなに驚かせてしまったじゃないか。こんなにーー。
どうして。どうして彼がそこまで顔を赤くする必要があるのだろう。やめてほしい、勘違いしそうになるから。きっと、いいや絶対に、彼は私に気がないと、そう思っていたい。そのほうが心地いいから。
「…その、なんでだかわからないんだが…俺も、そう思う」
彼がそう口を開いた。すると、彼の顔はみるみる赤くなっていく。だいぶ暗くなってきたことを差し引いてもわかるほど真っ赤で、熱い。
私は混乱していた。今、彼はなんと言った? 彼もそう思うと、確かにそう言っていた。指示語の指している内容は何だ。慌てすぎて一方的な勘違いかもしれないだろう。そんなはずはない。そんな、そんなーー。
ふと、気がついたら腕ははずれ、元の位置に戻っていた。赤かったはずの彼の顔も普通に戻っている。全てが夢だったのではと思うほど、冷たい風が頬を撫でていく。きっと私は名残惜しそうな顔でもしていたのだろう、彼はもうすることもないのになかなか帰ることを切り出さなかった。私もずっとそうして、そばにいて欲しかった。
しかし、そんな時間が続くわけもない。
「じゃあ、そろそろ…」
彼は本当に、本当に言いにくそうに言った。申し訳なさと欲が心の奥でせめぎあう。
「待って!…その、一つ聞きたいことがあって」
そして気が付いた時には彼を呼び止めていた。勝手に口が動く。
「聞きたいこと?」
「あの…前に会った時に言っていたでしょう、あの時はありがとうって…私はあの放送局であなたとあったのが初めてだったから、前に会ったことがあるんだとしたらどこなのかと思って」
「ああ、あれは…何でもないんだ、忘れてくれ。…それじゃあ、また」
彼は曖昧な態度を見せて、そそくさと帰ってしまった。あまりにもあっけない別れに、思わず縁側にへたり込む。
…ずっと考えていたら、なんだか無性に腹が立ってきた。あれほど振り回しておいて逃げるように帰られては、こっちがやり返す暇だってない。きっと暇があってもできる気はしないけれど、それでも腹が立つ。やり場のない怒りを抑えられなくて、そばの彼が運んでくれたであろう鞄をえいと蹴った。はあ、と息を吐く。早くお賽銭を回収して話しかけて終わらせてしまおう。…ああ、そうだ。神様にでも話してみようか。今日が私にとってささやかな記念日になったことを。
私は今日、初めて恋をしました。
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