デフォルトでは「神庭(かんば)実里(みのり)」になります。
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「ねえ、一年生の狐蔵乃君って知ってる?」
「聞いたことある!火事を予言した超能力者でしょ?」
そんな声を耳に通しながら、空になった弁当箱を片付ける。噂というものは尾ひれに尾ひれがくっついていく、言うなれば大きな魚に見せかけた小魚の集団だ。集団でなくなればそれはただの小魚でしかない。まあ、小魚は美味しいから好きだ。
「…実里ちゃんは超能力者のこと、知ってた?」
同じく昼食を食べ終えた千紗の質問に、まさか、と答えた。もともと噂には疎いほうなのだ。そんなことよりも本を読むほうがよっぽど楽しい。
「…じゃあさ、実里ちゃんって誰か好きな子いるの?」
「え? それこそまさかだよ、今のところは全然。自分でも驚くくらい恋の"こ"の字もないんだよね」
「そっかぁ……じゃあ早く見つかるといいね、実里ちゃんの運命の相手」
「ははは、何それ」
パチンとウインクしてみせる千紗はなんとも可愛らしい。私に向けられたものであるはずなのに周りの男子達が顔を赤らめているのは気のせいではないだろう。
「ねえ実里、一緒に例の狐蔵乃って人のところに行ってみない?」
唐突に言われたこの一言で、こうして無理矢理1-4に来ることになった。千紗も乗り気だったのは何故だ。彼女もあれから色々と吹っ切れて、ふざけることも多くなった。勿論、彼女は限度を守れる人だから度が過ぎたことにはちゃんと注意している。が、少し納得いかない。帰ったら脇腹をつついてやろう。
入り口に着くと、そこには沢山の人だかりとーー人だかりと、武藤君がいた。彼の友達も来ていて声は掛けづらいが、彼の雰囲気はいつも通りだ。あの時のような危なっかしさはない。
それにしても、周りの女子達の数がなんて多いことか。信者のように頭にはちまきのようなものを巻いている人は三年の先輩だったはずだ。そんな人までがここにいるなんて、ちょっとした問題になりそうだが。
「無数の文字が降り注ぐであろう~!」
急に聞こえた大きな声に、自分の肩がびくりと跳ねた。例の狐蔵乃という超能力者が何かを予言したのだろう。だが、予言された相手に思わず目を見張る。彼だったのだ。目を離せないでいると、私を連れてきた張本人である彼女が「ほら実里!私達もやってもらおう!」と無理矢理私の腕を引っ張っていく。列に行くかと思えばそれを無視して彼等のいるほうへ近づいていき、少し身体が強張る。
すると、超能力者らしい狐蔵乃は彼の友人であるだろう一年生の手を執拗に触りまわしていた。なんだろうあれは、流石に気持ちが悪い。占うと偽ってセクハラ紛いのことをしていないだろうな。
「ちょっと二年!列にちゃんと並びなさい!狐蔵乃様の前で失礼ね!」
側近の三年が甲高い声で注意してくる。それでも私の腕を掴んでいる友人はそのまま前に進んでいく。流石にまずいんじゃ、と言いかけたところで私の声は止められることになる。
彼が、ふと振り返った。しっかりと目が合ってから、どうしよう、と不審な反応をしてしまう。これで逃げたら不自然でしかない。
「あ!神庭さん!…もしかして、君も占ってもらいに来たの?」
思ったよりも普通の反応だった彼に驚かされながら、ぎこちなく答える。少し声が裏返ってしまったのは許してほしい。
「え、ああ、いや、友達に連れられて…占ってもらいに来た訳じゃないよ」
「はぁ? 何よ、まさか狐蔵乃様の御力が信じられないとでも言うの? 二年の癖に随分身の程知らずね」
「いや、そういう訳じゃ…」
途端に睨んでくる先輩に圧倒されて、思わず友人を盾にする。彼女にも睨まれる羽目になってしまったけれど、私をここに連れてきたのだからこれくらいはしてほしい。
「誰、遊戯の友達?」
「うん!神庭実里さんって言うんだ!」
「てか遊戯よォ、実里先輩に向かって敬語使わないのはどうなんだよ?」
「ああ、別にいいの、武藤君が話しやすいならそれで」
「へー、なぁに遊戯、いつの間にこんなすっごい美人の先輩と仲良くなったのよ? 言ってくれればよかったのに」
「なっ、なんだよそれ!そんな言い方しなくてもいいじゃないか~!」
やはりあの時とは全く違う、いつも通りの見ていて飽きない彼だった。ころころ変わる顔は見ていて愉快だ。決して可笑しいという意味ではなく、意図せず笑顔になれる、と言っても語弊が生じるが…とにかく、まあ私の知っている彼だった。彼はまた少し顔を赤らめて、口をとんがらせている。
「へぇ、実里先輩ですか…どうです、私に占わせてもらえませんか」
不意に超能力者を自称する少し不気味な狐蔵乃が話しかけてきた。そしてそれにすかさず乗っかってくる私の友人。
「よかったじゃん実里! 時間もないしやってもらいなよ!」
「ええぇ、でも私は…」
「狐蔵乃様のお誘いを断るなんて、しかも二年なんて許さないわ!」
「やっやります!お願いします!」
先輩にこんなことを言われてはやる以外の道はないだろう。あれよあれよと言われるまま嫌々手を差し出すと、予想通り自称超能力者さんは私の手をこれでもかと撫でまわしてくる。気持ち悪いったらありゃしない。超能力もはてさて本当なんだか怪しいところなのに、なんでこんなことをされなきゃいけないんだ。ああ、先輩の視線が痛い。その間にも手の不快な感触は消えてくれない。どうか早く終わってくれ。
「ほうほう…なるほど!見えた! お前は今日、運命の人と出会い恋に落ちるであろう~!」
え、と変な声が出た。しかし、それ以上に驚いたのはその声が自分のものだけではなかったからだ。武藤もまたひどく驚き、私と同じような声を出していた。思わず彼のほうを振り向くと目が合ってしまって、すぐに逃げるようにそらしてしまった。とても失礼なことをしているという自覚はあれど、全て無意識下で行われているのだから私にも許される余地はあるはずだ。
あの後、もうすぐ時間だからと、文句を垂れる友人を無視してあの教室から無理矢理抜け出した。正直なところ、彼から逃げたかっただけだ。彼の前だとどんな顔をしていいのかわからなくて、何故だか恥ずかしくなってしまう。
狐蔵乃が自称超能力者だと頭ではわかっていても、言葉というものには力が宿っているようで、午後の授業もずっと「運命の人と出会って恋に落ちる」ということが頭を巡っていた。ただそれと同時に、また忘れてしまうのではないかという不安も取り巻いていた。例え運命の相手と出会えたとしても、忘れてしまったのでは意味がないのではないか。記憶を取り戻しても、忘れる以前の関係に戻れるという確証だってないのではないか。
…ああ、だめだ。こういう不安は考えれば考えるほど浮かんでくるものだ。今は学生の本分を果たすべく、授業に集中すべき。しかしそう思ったところで、運が良いと言うべきかわからないがチャイムが本日の授業の終わりを告げた。帰りのホームルームが終わり、皆が一斉に動いていく。それなりの煩さがあったが、こんな風に皆が同時に忙しなく動いているのを見るのは好きだ。電車が止まって乗り降りする人を見る時、信号が変わって一斉に足を進める人を見る時…理由は自分でもわからないが、とにかく何かに惹かれる。やっぱり私は、人を見ているのが好きなんだろう。
「実里ちゃん、私今日ちょっと先に帰るね。あっでも、皆がいなくなってから10分くらいは教室で待ってて!それじゃあまた明日!」
ふと、となりの千紗が立ち上がったと思うと、その言葉を残してバタバタと帰って行く。本当に急な出来事に、理解するまでいつもより少し多くの時間を要した。
彼女は今日、何かするつもりなんだろうか。例えば先輩と一緒に帰るとか。でも、だとしたら皆がいなくなってから少し待っていてなんて付け足すのはおかしい。だとすれば、私に何かしようとしているのだろうか。…これでは考えても無駄だろう、とりあえず彼女の言う通りしばらく待っていよう。人が動くのを見るのは好きだ。
*
今の気分を一言で言えば、飽きた。10分以上待っているのに、何か起こる気すらしない。千紗はどうしているのだろう。もうそろそろ帰ってもいいだろうか。
「…あの~、実里先輩ですか?」
やっとだ。やっと何かが起きる。そう思って振り返ると、教室の入り口にいたのは自称超能力者だった。千紗ではなかった落胆と、何故彼がここにいるのかという驚きに包まれていく。
「そうだけど、何かあったの?」
「いえ、千紗先輩から伝言を預かってるんですよ…フフフ…」
ぴくり、と彼の言葉に反応する。千紗は誰かを介して何かを伝えるような回りくどいことはいつもしないはずで、そんな違和感を感じながら彼のほうに近付いていく。
「伝言って?」
「はい、これを鼻に付けろと…フフフ…」
彼は不気味に笑いながら、真っ白でシンプルなハンカチを取り出した。それを受け取ってみても、特に何の変哲もないもののようだが。
「本当に千紗がこれを?」
「あ、当たり前じゃないですか! 急いでるのでなるべく早くお願いしますよ~!」
「そ、そう、わかった」
大声を出した彼にびくりと肩が跳ねた。急に焦り始める彼にますます疑念を抱くが、まあ匂いを嗅ぐくらいでは特に何も起きないだろう。言われるままハンカチを鼻に近付けた。
途端、急激に眠気が襲った。朝方の眠気とも違う、ただただ眠たいだけの感覚。
ぼやけていく視界に、あの一年生が写っている。
伸ばした手はそれに届かず、空を切るだけだった。
「聞いたことある!火事を予言した超能力者でしょ?」
そんな声を耳に通しながら、空になった弁当箱を片付ける。噂というものは尾ひれに尾ひれがくっついていく、言うなれば大きな魚に見せかけた小魚の集団だ。集団でなくなればそれはただの小魚でしかない。まあ、小魚は美味しいから好きだ。
「…実里ちゃんは超能力者のこと、知ってた?」
同じく昼食を食べ終えた千紗の質問に、まさか、と答えた。もともと噂には疎いほうなのだ。そんなことよりも本を読むほうがよっぽど楽しい。
「…じゃあさ、実里ちゃんって誰か好きな子いるの?」
「え? それこそまさかだよ、今のところは全然。自分でも驚くくらい恋の"こ"の字もないんだよね」
「そっかぁ……じゃあ早く見つかるといいね、実里ちゃんの運命の相手」
「ははは、何それ」
パチンとウインクしてみせる千紗はなんとも可愛らしい。私に向けられたものであるはずなのに周りの男子達が顔を赤らめているのは気のせいではないだろう。
「ねえ実里、一緒に例の狐蔵乃って人のところに行ってみない?」
唐突に言われたこの一言で、こうして無理矢理1-4に来ることになった。千紗も乗り気だったのは何故だ。彼女もあれから色々と吹っ切れて、ふざけることも多くなった。勿論、彼女は限度を守れる人だから度が過ぎたことにはちゃんと注意している。が、少し納得いかない。帰ったら脇腹をつついてやろう。
入り口に着くと、そこには沢山の人だかりとーー人だかりと、武藤君がいた。彼の友達も来ていて声は掛けづらいが、彼の雰囲気はいつも通りだ。あの時のような危なっかしさはない。
それにしても、周りの女子達の数がなんて多いことか。信者のように頭にはちまきのようなものを巻いている人は三年の先輩だったはずだ。そんな人までがここにいるなんて、ちょっとした問題になりそうだが。
「無数の文字が降り注ぐであろう~!」
急に聞こえた大きな声に、自分の肩がびくりと跳ねた。例の狐蔵乃という超能力者が何かを予言したのだろう。だが、予言された相手に思わず目を見張る。彼だったのだ。目を離せないでいると、私を連れてきた張本人である彼女が「ほら実里!私達もやってもらおう!」と無理矢理私の腕を引っ張っていく。列に行くかと思えばそれを無視して彼等のいるほうへ近づいていき、少し身体が強張る。
すると、超能力者らしい狐蔵乃は彼の友人であるだろう一年生の手を執拗に触りまわしていた。なんだろうあれは、流石に気持ちが悪い。占うと偽ってセクハラ紛いのことをしていないだろうな。
「ちょっと二年!列にちゃんと並びなさい!狐蔵乃様の前で失礼ね!」
側近の三年が甲高い声で注意してくる。それでも私の腕を掴んでいる友人はそのまま前に進んでいく。流石にまずいんじゃ、と言いかけたところで私の声は止められることになる。
彼が、ふと振り返った。しっかりと目が合ってから、どうしよう、と不審な反応をしてしまう。これで逃げたら不自然でしかない。
「あ!神庭さん!…もしかして、君も占ってもらいに来たの?」
思ったよりも普通の反応だった彼に驚かされながら、ぎこちなく答える。少し声が裏返ってしまったのは許してほしい。
「え、ああ、いや、友達に連れられて…占ってもらいに来た訳じゃないよ」
「はぁ? 何よ、まさか狐蔵乃様の御力が信じられないとでも言うの? 二年の癖に随分身の程知らずね」
「いや、そういう訳じゃ…」
途端に睨んでくる先輩に圧倒されて、思わず友人を盾にする。彼女にも睨まれる羽目になってしまったけれど、私をここに連れてきたのだからこれくらいはしてほしい。
「誰、遊戯の友達?」
「うん!神庭実里さんって言うんだ!」
「てか遊戯よォ、実里先輩に向かって敬語使わないのはどうなんだよ?」
「ああ、別にいいの、武藤君が話しやすいならそれで」
「へー、なぁに遊戯、いつの間にこんなすっごい美人の先輩と仲良くなったのよ? 言ってくれればよかったのに」
「なっ、なんだよそれ!そんな言い方しなくてもいいじゃないか~!」
やはりあの時とは全く違う、いつも通りの見ていて飽きない彼だった。ころころ変わる顔は見ていて愉快だ。決して可笑しいという意味ではなく、意図せず笑顔になれる、と言っても語弊が生じるが…とにかく、まあ私の知っている彼だった。彼はまた少し顔を赤らめて、口をとんがらせている。
「へぇ、実里先輩ですか…どうです、私に占わせてもらえませんか」
不意に超能力者を自称する少し不気味な狐蔵乃が話しかけてきた。そしてそれにすかさず乗っかってくる私の友人。
「よかったじゃん実里! 時間もないしやってもらいなよ!」
「ええぇ、でも私は…」
「狐蔵乃様のお誘いを断るなんて、しかも二年なんて許さないわ!」
「やっやります!お願いします!」
先輩にこんなことを言われてはやる以外の道はないだろう。あれよあれよと言われるまま嫌々手を差し出すと、予想通り自称超能力者さんは私の手をこれでもかと撫でまわしてくる。気持ち悪いったらありゃしない。超能力もはてさて本当なんだか怪しいところなのに、なんでこんなことをされなきゃいけないんだ。ああ、先輩の視線が痛い。その間にも手の不快な感触は消えてくれない。どうか早く終わってくれ。
「ほうほう…なるほど!見えた! お前は今日、運命の人と出会い恋に落ちるであろう~!」
え、と変な声が出た。しかし、それ以上に驚いたのはその声が自分のものだけではなかったからだ。武藤もまたひどく驚き、私と同じような声を出していた。思わず彼のほうを振り向くと目が合ってしまって、すぐに逃げるようにそらしてしまった。とても失礼なことをしているという自覚はあれど、全て無意識下で行われているのだから私にも許される余地はあるはずだ。
あの後、もうすぐ時間だからと、文句を垂れる友人を無視してあの教室から無理矢理抜け出した。正直なところ、彼から逃げたかっただけだ。彼の前だとどんな顔をしていいのかわからなくて、何故だか恥ずかしくなってしまう。
狐蔵乃が自称超能力者だと頭ではわかっていても、言葉というものには力が宿っているようで、午後の授業もずっと「運命の人と出会って恋に落ちる」ということが頭を巡っていた。ただそれと同時に、また忘れてしまうのではないかという不安も取り巻いていた。例え運命の相手と出会えたとしても、忘れてしまったのでは意味がないのではないか。記憶を取り戻しても、忘れる以前の関係に戻れるという確証だってないのではないか。
…ああ、だめだ。こういう不安は考えれば考えるほど浮かんでくるものだ。今は学生の本分を果たすべく、授業に集中すべき。しかしそう思ったところで、運が良いと言うべきかわからないがチャイムが本日の授業の終わりを告げた。帰りのホームルームが終わり、皆が一斉に動いていく。それなりの煩さがあったが、こんな風に皆が同時に忙しなく動いているのを見るのは好きだ。電車が止まって乗り降りする人を見る時、信号が変わって一斉に足を進める人を見る時…理由は自分でもわからないが、とにかく何かに惹かれる。やっぱり私は、人を見ているのが好きなんだろう。
「実里ちゃん、私今日ちょっと先に帰るね。あっでも、皆がいなくなってから10分くらいは教室で待ってて!それじゃあまた明日!」
ふと、となりの千紗が立ち上がったと思うと、その言葉を残してバタバタと帰って行く。本当に急な出来事に、理解するまでいつもより少し多くの時間を要した。
彼女は今日、何かするつもりなんだろうか。例えば先輩と一緒に帰るとか。でも、だとしたら皆がいなくなってから少し待っていてなんて付け足すのはおかしい。だとすれば、私に何かしようとしているのだろうか。…これでは考えても無駄だろう、とりあえず彼女の言う通りしばらく待っていよう。人が動くのを見るのは好きだ。
*
今の気分を一言で言えば、飽きた。10分以上待っているのに、何か起こる気すらしない。千紗はどうしているのだろう。もうそろそろ帰ってもいいだろうか。
「…あの~、実里先輩ですか?」
やっとだ。やっと何かが起きる。そう思って振り返ると、教室の入り口にいたのは自称超能力者だった。千紗ではなかった落胆と、何故彼がここにいるのかという驚きに包まれていく。
「そうだけど、何かあったの?」
「いえ、千紗先輩から伝言を預かってるんですよ…フフフ…」
ぴくり、と彼の言葉に反応する。千紗は誰かを介して何かを伝えるような回りくどいことはいつもしないはずで、そんな違和感を感じながら彼のほうに近付いていく。
「伝言って?」
「はい、これを鼻に付けろと…フフフ…」
彼は不気味に笑いながら、真っ白でシンプルなハンカチを取り出した。それを受け取ってみても、特に何の変哲もないもののようだが。
「本当に千紗がこれを?」
「あ、当たり前じゃないですか! 急いでるのでなるべく早くお願いしますよ~!」
「そ、そう、わかった」
大声を出した彼にびくりと肩が跳ねた。急に焦り始める彼にますます疑念を抱くが、まあ匂いを嗅ぐくらいでは特に何も起きないだろう。言われるままハンカチを鼻に近付けた。
途端、急激に眠気が襲った。朝方の眠気とも違う、ただただ眠たいだけの感覚。
ぼやけていく視界に、あの一年生が写っている。
伸ばした手はそれに届かず、空を切るだけだった。