デフォルトでは「神庭(かんば)実里(みのり)」になります。
恋とは何か
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チャイムと先生の言葉で、教室が一気に喧騒に包まれる。一緒にお弁当食べよう、早くしないと焼きそばパンが、と、皆が忙しなく動き始める。少しぼーっとしていると、自分もやらなければいけないことがあったと思い出して慌てて教室を出た。何せ事件が事件だから、お昼を食べる時間が残ってくれればいいのだが。人混みを掻き分けて、いつもなら朝と放課後に向かう委員会室へと足を進める。そこは丁度購買の真逆で、行くまでの道に教室があるため空腹を満たそうと急ぐ人をと反対に進むしかないのだ。何度も肩をぶつけて、その度に謝る自分は我ながら滑稽に見えた。学校が風紀委員会室の近くの非常階段を解放してくれさえしたらこんなことをしなくても良いのに。
ドン、とまた誰かにぶつかってしまった。けれど、それはいつもぶつかる場所よりはいくらか低い場所だ。
「…っと、すみません」
「こっちこそごめん、ちょっと急ぐから!」
律儀にペコリと頭を下げた少年は、彼の友達らしき人に呼ばれて走っていく。髪形が風紀委員の立場から見るとアウトだけれど、この人混みで取り締まろうなんて馬鹿なことはできない。また人の合間を縫って進みはじめ、早くピークが過ぎてくれることをただただ祈るばかりだった。
「アハ、アハハ、金だあああ…」
いつもの扉をくぐって、真っ先に飛び込んできたのは変わり果てた先輩の姿だった。ぐにゃりと歪んだ口元、そして焦点の合っていない目。いったい何があってここまで短い間で変わってしまったのだろう。そりゃあ、この人はもともと性格はあまりよろしくはなかったけれど、ここまで金に執着がある人でもなかったはずだ。金よりもスリルを好む好戦的な性格で苦手だった。あの人のセクハラで女子も何人か被害を受けていたし、ある意味罰を受けたのだと言えるだろうけれど、いくらなんでもやり過ぎに思えた。何故こうなったのかを知らないから、理由を知ればきっと相応しい罰なのだろう。
「皆、お昼に呼び出してすみません。知っているかもしれないだろうけれど、牛尾くんがこうなってしまったから、副委員長は委員長に至急変わってください。結構委員長が関わる処理があるから、新しい委員長には今週中残ってもらうことが多くなると思うけど、よろしくお願いします。今の副委員長は…山本さんですね、自分の都合を優先してくれて構わないので、ちょっと忙しくなりますがよろしくお願いします」
山本先輩がわかりました、としっかり返事をする。彼は文武両道の優等生で、かつイケメンの部類に入る。部活はサッカー部部長で、リーダーシップも兼ね備える彼はよくおふざけで人外と呼ばれていた。無論モテるわけだが、先生としても委員としてもそんな彼が風紀委員長になることは安心だった。牛尾先輩の時より良くなることは皆容易に予想できる。彼は委員全員を見渡すと、皆を奮い立たせるように強く言った。
「皆、急にこんなことになって混乱していると思う。でも、こんな時こそ風紀委員である僕達がしっかりしなくちゃいけない。僕も三年だから短い間になるだろうけど、よろしく」
それは場の雰囲気を変えるには十分な言葉だった。少し淀みのあった空気は今やすっきりと締まっている。やはり彼こそ風紀委員長になるべきだったのだ。何故牛尾先輩があれほどの圧勝で委員長になれたのか不思議なほどだ。
「じゃあ今週中に次の副委員長を決めておいて下さい。決めたらすぐに報告をお願いします。では、解散です。委員長さんだけ残りをお願いします」
先生のその言葉で、ありがとうございました、といくつかの声が響く。昼休みが予想より残っていることに安堵して、委員会室を後にしようとした時。
山本先輩と、パチリ、と目が合った。彼はそれに気付いてさっと目を逸らして、今はもう先生のほうを向いている。彼のその反応に何故だか恥ずかしくなってしまって、無意識のうちに足を速めた。
「…ねぇ、実里ちゃんは副委員長になる気ある?」
同じ風紀委員である千紗がいきなり質問を投げかけてきて、思わず目を丸くする。口の中に含んだお弁当をごくりと飲み込んで、ぷはぁ、と息を吐いた。
「うーん、微妙かな。推薦で決まったらやるけど、基本やらない方向だよ。副委員長って結構大変そうだし」
そう、と彼女は少し暗い顔をした。丸眼鏡に三つ編みおさげという昭和チックな髪型の彼女だが、それさえ似合う事実がますます彼女が美人だということを引き立てている。眉を下げて目を瞬かせる姿さえも愛らしく思えた。
「千紗ちゃんこそ副委員長やったらいいんじゃない?二年生の中で一番責任感強いし真面目だし。ちょっと抜けてるところもあるうっかりさんだけど、きっと山本先輩が上手くフォローしてくれると思うよ」
「え、ええ…っ!実里ちゃん、なんてこと…フォ、フォローなんてそんな…!山本先輩に迷惑掛けられないよ…!」
顔を真っ赤にして慌てふためく彼女に確信する。前々からそうかとは思っていたけれどやっぱりか。二人ならお似合いだ。
「それに千紗ちゃん、好きなんでしょ? 応援するよ、委員長のこと」
「ななな実里ちゃん!?な、何言ってるの!!私は委員長さんなんて、な、何とも思ってないよ!?」
「えええええ!?千紗さんって牛尾先輩が好きだったのかよ…!!」
隣で遊んでいた男子達がすっとんきょうな声をあげる。山本先輩が委員長になったのついさっきのことで、勘違いするのも無理はない。肝心の彼女はち、違うの…!そうじゃなくて…!と頑張って否定しているが男子達の拡散力は恐ろしいくらい素晴らしかった。「あの千紗は牛尾先輩が好きだった」というあられもない噂が瞬く間に広がっていく。気の弱いところのある彼女は涙目で、ぎゅっと拳を握りしめている。
「…どうしよう、山本先輩に知られちゃったら…」
悔しそうに俯く彼女に、何も出来ない自分が不甲斐なくなる。ここまで広がった噂は消せないけれど、せめて山本先輩には勘違いして欲しくない。ひとつだけアイディアならあるけれど…。
「…千紗ちゃん、山本先輩のところに行ってみよう」
彼女は目を見開いて、涙は今にも溢れてしまいそうだ。彼女は震えた声で私の言葉に答える。
「何言ってるの実里ちゃん、そんなことできるわけないよ…それに行ったって、どうするっていうの…?」
「このまま先輩に勘違いされて間が空くより、千紗ちゃんがすぐ誤解を解いたほうが良いと思う。でも私も押し付ける気はないから…もし行くのなら、周りの野次馬は任せて」
彼女はまた俯いたが、右手が唇の下に近付けられる。彼女の考える時の癖だ。しばらく彼女はそのままで、返答をただ待った。そして右手がそこから離される。…決まったようだ。彼女がおもむろに口を開いた。
「…実里ちゃん、私、行く。でも、一人で行く勇気がないんだ…その、だから…」
そこまで聞いて、彼女の手を取った。ニッと笑ってみせると、彼女はクエスチョンマークを浮かばせている。
「勿論手伝うよ、行こう!」
*
委員会室の前で彼女は深呼吸を何回か繰り返した。その背中をさすれば、彼女は申し訳なさそうに苦笑いする。
「…もう大丈夫。実里ちゃん、そろそろ戻らないとだよ。お昼まだ食べてないでしょ」
「でも、一人で大丈夫?」
「うん。むしろいつも実里ちゃんに頼ってばっかりだから。これくらいは一人でやらないと」
「…そっか、わかった。千紗ちゃんならきっと大丈夫だよ、頑張って」
「うん、ありがとう」
彼女の返事を聞いて振り返り、そうして足を進める。どうか彼女の願いが叶いますように。
教室はざわざわとどよめいていた。千紗が牛尾先輩を好きだったという噂はあっという間に全校に広まったけれど、それ以上のスクープが発生したからだ。
千紗が、おさげを外した。
それはたくさんの人を魅了できるような可愛さで、いつもの気弱さはどこへやら、男子達に向かってきっぱりと私が好きなのは牛尾先輩ではないと否定した。
彼女は自分なりのけじめだと言う。その言葉と悲しそうな笑みから、何が起こったのかを察した。ああそうか、彼女はそこまで頑張ったのか。千紗ちゃん、と何か言おうとしても言葉が出てこない。だが彼女は何も言わないで、と首を振る。すぐにチャイムが鳴り、教室内の喧騒は授業によって消えていった。
千紗と私は家は近くないものの方向は同じで、いつも一緒に帰っていた。真面目な彼女は私が寄り道しようとするといつも注意してくるのだが、そんな彼女が珍しく、公園に行かないかと誘ってきた。彼女の指す公園は家とは真逆の、生徒も全く通らないような公園で、私は何故彼女がそこを選んだのかがわかった気がした。言われるまま公園への階段を登っていき、やっと着いたそこは夕焼けに包まれていた。
「…ここ、この季節の夕焼けが堪能できるんだ。街が全部見渡せる穴場で…ああでも、これ前も話したっけ。…私は変わらないなぁ…」
「……そんなことない。変わったよ、千紗ちゃんは」
彼女は背を向けたままで、どんな顔をしているのかはわからない。彼女がひゅう、と息を吸った。
「…私ね、今日…山本先輩に告白したんだ。そしたらあっけなくふられちゃった。今まで先輩にどれだけ振り回されたか知らないのに、それが一瞬だよ? 勝手に振り回されたのなんてわかってるけど、私なんだかむかむかしちゃって」
彼女の張り詰めた糸がほつれて、声は震えていく。
「…ずっと、好きだったの。入学した時からずうっと。風紀委員になったのも先輩がいたから。こんな不純な理由で入る委員会を決めて、朝苦手だけど頑張って早起きして…なんか、馬鹿みたいでしょ」
「っ、馬鹿みたいじゃないよ!」
伝えたいことがあるけれど、それをどうやって言葉にすればいいのかわからない。
ふわり、と風が吹いて、彼女の三つ編みで少し癖のついた髪がなびき、黄金色に輝く。
「…だから、私ね、決めたの…ふったこと、後悔させて、やれるくらいに、なるんだって…そっちから告白してきなさいって、示してやるんだ、って…っ!」
彼女は髪をなびかせたまま振り返った。オレンジに縁取られた端正な顔は少しずつ歪んでいって、お世辞にも綺麗とは言えなかったけれど、でも私はそんな彼女を美しいと思った。ああ、恋をするとはこういうことなんだろうか。ぽたりぽたりと雫を落とす彼女を抱き締めながら、そんなことをぼんやりと思った。
(でも、私には…)
私にはきっと、無縁の話――。
恋とは、人を美しく、醜く、幸福に、苦痛に、勇敢に、臆病に、謙虚に、貪欲にさせるもの
ドン、とまた誰かにぶつかってしまった。けれど、それはいつもぶつかる場所よりはいくらか低い場所だ。
「…っと、すみません」
「こっちこそごめん、ちょっと急ぐから!」
律儀にペコリと頭を下げた少年は、彼の友達らしき人に呼ばれて走っていく。髪形が風紀委員の立場から見るとアウトだけれど、この人混みで取り締まろうなんて馬鹿なことはできない。また人の合間を縫って進みはじめ、早くピークが過ぎてくれることをただただ祈るばかりだった。
「アハ、アハハ、金だあああ…」
いつもの扉をくぐって、真っ先に飛び込んできたのは変わり果てた先輩の姿だった。ぐにゃりと歪んだ口元、そして焦点の合っていない目。いったい何があってここまで短い間で変わってしまったのだろう。そりゃあ、この人はもともと性格はあまりよろしくはなかったけれど、ここまで金に執着がある人でもなかったはずだ。金よりもスリルを好む好戦的な性格で苦手だった。あの人のセクハラで女子も何人か被害を受けていたし、ある意味罰を受けたのだと言えるだろうけれど、いくらなんでもやり過ぎに思えた。何故こうなったのかを知らないから、理由を知ればきっと相応しい罰なのだろう。
「皆、お昼に呼び出してすみません。知っているかもしれないだろうけれど、牛尾くんがこうなってしまったから、副委員長は委員長に至急変わってください。結構委員長が関わる処理があるから、新しい委員長には今週中残ってもらうことが多くなると思うけど、よろしくお願いします。今の副委員長は…山本さんですね、自分の都合を優先してくれて構わないので、ちょっと忙しくなりますがよろしくお願いします」
山本先輩がわかりました、としっかり返事をする。彼は文武両道の優等生で、かつイケメンの部類に入る。部活はサッカー部部長で、リーダーシップも兼ね備える彼はよくおふざけで人外と呼ばれていた。無論モテるわけだが、先生としても委員としてもそんな彼が風紀委員長になることは安心だった。牛尾先輩の時より良くなることは皆容易に予想できる。彼は委員全員を見渡すと、皆を奮い立たせるように強く言った。
「皆、急にこんなことになって混乱していると思う。でも、こんな時こそ風紀委員である僕達がしっかりしなくちゃいけない。僕も三年だから短い間になるだろうけど、よろしく」
それは場の雰囲気を変えるには十分な言葉だった。少し淀みのあった空気は今やすっきりと締まっている。やはり彼こそ風紀委員長になるべきだったのだ。何故牛尾先輩があれほどの圧勝で委員長になれたのか不思議なほどだ。
「じゃあ今週中に次の副委員長を決めておいて下さい。決めたらすぐに報告をお願いします。では、解散です。委員長さんだけ残りをお願いします」
先生のその言葉で、ありがとうございました、といくつかの声が響く。昼休みが予想より残っていることに安堵して、委員会室を後にしようとした時。
山本先輩と、パチリ、と目が合った。彼はそれに気付いてさっと目を逸らして、今はもう先生のほうを向いている。彼のその反応に何故だか恥ずかしくなってしまって、無意識のうちに足を速めた。
「…ねぇ、実里ちゃんは副委員長になる気ある?」
同じ風紀委員である千紗がいきなり質問を投げかけてきて、思わず目を丸くする。口の中に含んだお弁当をごくりと飲み込んで、ぷはぁ、と息を吐いた。
「うーん、微妙かな。推薦で決まったらやるけど、基本やらない方向だよ。副委員長って結構大変そうだし」
そう、と彼女は少し暗い顔をした。丸眼鏡に三つ編みおさげという昭和チックな髪型の彼女だが、それさえ似合う事実がますます彼女が美人だということを引き立てている。眉を下げて目を瞬かせる姿さえも愛らしく思えた。
「千紗ちゃんこそ副委員長やったらいいんじゃない?二年生の中で一番責任感強いし真面目だし。ちょっと抜けてるところもあるうっかりさんだけど、きっと山本先輩が上手くフォローしてくれると思うよ」
「え、ええ…っ!実里ちゃん、なんてこと…フォ、フォローなんてそんな…!山本先輩に迷惑掛けられないよ…!」
顔を真っ赤にして慌てふためく彼女に確信する。前々からそうかとは思っていたけれどやっぱりか。二人ならお似合いだ。
「それに千紗ちゃん、好きなんでしょ? 応援するよ、委員長のこと」
「ななな実里ちゃん!?な、何言ってるの!!私は委員長さんなんて、な、何とも思ってないよ!?」
「えええええ!?千紗さんって牛尾先輩が好きだったのかよ…!!」
隣で遊んでいた男子達がすっとんきょうな声をあげる。山本先輩が委員長になったのついさっきのことで、勘違いするのも無理はない。肝心の彼女はち、違うの…!そうじゃなくて…!と頑張って否定しているが男子達の拡散力は恐ろしいくらい素晴らしかった。「あの千紗は牛尾先輩が好きだった」というあられもない噂が瞬く間に広がっていく。気の弱いところのある彼女は涙目で、ぎゅっと拳を握りしめている。
「…どうしよう、山本先輩に知られちゃったら…」
悔しそうに俯く彼女に、何も出来ない自分が不甲斐なくなる。ここまで広がった噂は消せないけれど、せめて山本先輩には勘違いして欲しくない。ひとつだけアイディアならあるけれど…。
「…千紗ちゃん、山本先輩のところに行ってみよう」
彼女は目を見開いて、涙は今にも溢れてしまいそうだ。彼女は震えた声で私の言葉に答える。
「何言ってるの実里ちゃん、そんなことできるわけないよ…それに行ったって、どうするっていうの…?」
「このまま先輩に勘違いされて間が空くより、千紗ちゃんがすぐ誤解を解いたほうが良いと思う。でも私も押し付ける気はないから…もし行くのなら、周りの野次馬は任せて」
彼女はまた俯いたが、右手が唇の下に近付けられる。彼女の考える時の癖だ。しばらく彼女はそのままで、返答をただ待った。そして右手がそこから離される。…決まったようだ。彼女がおもむろに口を開いた。
「…実里ちゃん、私、行く。でも、一人で行く勇気がないんだ…その、だから…」
そこまで聞いて、彼女の手を取った。ニッと笑ってみせると、彼女はクエスチョンマークを浮かばせている。
「勿論手伝うよ、行こう!」
*
委員会室の前で彼女は深呼吸を何回か繰り返した。その背中をさすれば、彼女は申し訳なさそうに苦笑いする。
「…もう大丈夫。実里ちゃん、そろそろ戻らないとだよ。お昼まだ食べてないでしょ」
「でも、一人で大丈夫?」
「うん。むしろいつも実里ちゃんに頼ってばっかりだから。これくらいは一人でやらないと」
「…そっか、わかった。千紗ちゃんならきっと大丈夫だよ、頑張って」
「うん、ありがとう」
彼女の返事を聞いて振り返り、そうして足を進める。どうか彼女の願いが叶いますように。
教室はざわざわとどよめいていた。千紗が牛尾先輩を好きだったという噂はあっという間に全校に広まったけれど、それ以上のスクープが発生したからだ。
千紗が、おさげを外した。
それはたくさんの人を魅了できるような可愛さで、いつもの気弱さはどこへやら、男子達に向かってきっぱりと私が好きなのは牛尾先輩ではないと否定した。
彼女は自分なりのけじめだと言う。その言葉と悲しそうな笑みから、何が起こったのかを察した。ああそうか、彼女はそこまで頑張ったのか。千紗ちゃん、と何か言おうとしても言葉が出てこない。だが彼女は何も言わないで、と首を振る。すぐにチャイムが鳴り、教室内の喧騒は授業によって消えていった。
千紗と私は家は近くないものの方向は同じで、いつも一緒に帰っていた。真面目な彼女は私が寄り道しようとするといつも注意してくるのだが、そんな彼女が珍しく、公園に行かないかと誘ってきた。彼女の指す公園は家とは真逆の、生徒も全く通らないような公園で、私は何故彼女がそこを選んだのかがわかった気がした。言われるまま公園への階段を登っていき、やっと着いたそこは夕焼けに包まれていた。
「…ここ、この季節の夕焼けが堪能できるんだ。街が全部見渡せる穴場で…ああでも、これ前も話したっけ。…私は変わらないなぁ…」
「……そんなことない。変わったよ、千紗ちゃんは」
彼女は背を向けたままで、どんな顔をしているのかはわからない。彼女がひゅう、と息を吸った。
「…私ね、今日…山本先輩に告白したんだ。そしたらあっけなくふられちゃった。今まで先輩にどれだけ振り回されたか知らないのに、それが一瞬だよ? 勝手に振り回されたのなんてわかってるけど、私なんだかむかむかしちゃって」
彼女の張り詰めた糸がほつれて、声は震えていく。
「…ずっと、好きだったの。入学した時からずうっと。風紀委員になったのも先輩がいたから。こんな不純な理由で入る委員会を決めて、朝苦手だけど頑張って早起きして…なんか、馬鹿みたいでしょ」
「っ、馬鹿みたいじゃないよ!」
伝えたいことがあるけれど、それをどうやって言葉にすればいいのかわからない。
ふわり、と風が吹いて、彼女の三つ編みで少し癖のついた髪がなびき、黄金色に輝く。
「…だから、私ね、決めたの…ふったこと、後悔させて、やれるくらいに、なるんだって…そっちから告白してきなさいって、示してやるんだ、って…っ!」
彼女は髪をなびかせたまま振り返った。オレンジに縁取られた端正な顔は少しずつ歪んでいって、お世辞にも綺麗とは言えなかったけれど、でも私はそんな彼女を美しいと思った。ああ、恋をするとはこういうことなんだろうか。ぽたりぽたりと雫を落とす彼女を抱き締めながら、そんなことをぼんやりと思った。
(でも、私には…)
私にはきっと、無縁の話――。
恋とは、人を美しく、醜く、幸福に、苦痛に、勇敢に、臆病に、謙虚に、貪欲にさせるもの