1 Who am I

Who am I 3

「えっと、じゃ、じゃあさ」
 話題を変えるつもりなのだろうか、コナン少年は笑顔を作って明に問いかける。
「お姉さんって、新潟の人なの?」
「新潟? なんで?」
 明はぱちくりと目を瞬かせ、コナンと視線を合わせるために屈んで首をかしげた。えっとね、とコナンは言う。そして、明を指差してこう言うのだ。
「さっき蘭ねーちゃんが、お姉さんのことしたながさんって言ってたじゃない? したながっていう名字は、全国でも珍しくってね? 青森と新潟にいるらしいってことしか分かってないんだ。でも青森のほうは二木さんの誤記だっていう話があって……じゃあ、新潟の人か、新潟に親戚がいる人なのかな? って思ったんだ」
「ふうん」
 明は素直に声をあげた。
 とはいっても、明が新潟の人なのか、新潟に親戚がいるのか、それを一番知りたいのは明だ。なぜなら、
「知らないな。私、そういう記憶がないから」
 さらりと返した明に、蘭とコナンの空気が固まり、凍りつくのが嫌でも分かった。
「自分が何者なのか、いまいち知らないんだよね。それにしても君、詳しいね。調べるの好きなのか?」
 明がコナンに問いかける。
 コナンは、頷いた。とてもぎこちなく。
 記憶がないから。
 そんなことをあっさり返す人物にであったのは、これが初めてなのだろう。

 米花町のとある広めの一軒家に、明はたどり着いた。
 先にこちらの世界に飛ばされたイツァムナーとテスカトリポカが借り受けた家だった。ここに5人で住んでいる。イツァムナー、テスカトリポカ、ケツァルコアトル、ショロトル、そして明。エルドラドのきょうだいたちの家である。
「お帰り、明よ、テスカトリポカよ」
 リビングのソファに腰掛け、絵画の雑誌に目を通していた老人が、腰を上げて出迎えてくれた。白髪を後ろでハーフアップのように結っており、大きな腹と穏和な表情、少し険しい目付きと、ナマズのように垂れ下がったヒゲを持つ。彼がイツァムナーである。
「テスカトリポカよ、学校で宿題が出たであろう。早く終わらせてしまうといい」
「まったく、子供扱いをしてくれる……」
 口を尖らせ、遺憾の意を表明するテスカトリポカに、イツァムナーは柔らかな笑い声をあげた。明と合流するまで、この家で二人暮らしだったのだ。真の保護者はイツァムナーなのかもしれない。
「なぜ人間の姿になったのかは分からんが、しばらくこちらで暮らすことになりそうだのう」
「閉鎖領域が存在しないということは、戦闘行為をしても時は巻き戻らない、と見たほうがいいだろうね。厄介な話だよ」
 イツァムナーとテスカトリポカの話を聞きながら、明はどうすべきかを考えていた。一人で考えても埒が明かないが、ケツァルコアトルが帰ってきたら有用な意見が聞けるかもしれない。
 明は、帰宅途中にコナンとかわした会話を思い出していた。
 テスカトリポカとは本当に兄弟なのか。
 したながという名字は珍しいものだ。
 そう言われても、特に返せるような情報は持っていないのが明だ。

 誰なんだろうな、私は。

 確かな身元がないのは。確かな身元がほしいのは。
 明のほうである。
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