1 Who am I
Who am I 2
葛西臨海公園に現れた24人の存在は、瞬く間に話題になった。対応した警察官が彼ら23人の名前を公表せずにいてくれたせいか、身元不明の集団、としてマスコミに認知されることになった。だが、スサノオやエウリュノメーと名乗られて納得いく人たちばかりではないだろう。あの警察官二人の名前を公表しないという決断は、英断だったというほかない。
3日ほど、身元不明の集団の話題は続いた。それから次に、その身元が分かって縁者が引き取りに現れたらしいが、詳細は不明であることが話題になった。どうも謎の多い騒動に、現地の人々は興味津々といった様子である。
帝丹高校の2年B組に転校生がやって来たのは、そんな頃だ。
「二 明 です」
頬に傷がある女子高生が、教卓の前に立っていた。
ざわざわと騒がしくなる教室内。明こそが葛西臨海公園で倒れていた謎の集団の一人であるとは誰も知らないだろうが、中途半端な時期に転校してきたポニーテールの女子に、皆がヒソヒソと会話を始めた。
「怪我してるよ」
「背ぇ高っ」
「珍しい名字」
「どこから来たんだろう」
どこから来たんだろう、の一言には、明も思わず苦笑した。別の世界の東京からだなんて言っても、ポカンとされるだけだ。
あなたの席はここです、と担任に言われ、明は椅子を引いて着席した。
帝丹小学校の2年B組にも転校生がやってきたのは、偶然でもなんでもない。
「二 テスカくんです、みんな、仲良くしましょうね」
女性教師に言われ、はあい、と元気のいい声が返る教室。
子供姿のテスカトリポカが、赤いランドセルを背負って教卓の前に立っているのだった。二 の姓を名乗っているのは、名字を考えるのが面倒だったから以外の何物でもない。
子供たちは眼帯をつけて義足をはめているテスカトリポカの姿に興味津々といった様子で、長い髪も、その髪の色が途中で変わっていることも、すぐに話題にし始めた。変なの、という遠慮のない意見が聞こえたが、すぐに担任である教師の注意が飛んだ。
テスカトリポカはツンと澄ました顔をして、着席した。隣に座る女子生徒に「よろしくね」と小声で言われた際、小さく微笑んで首をかしげ、「こちらこそだ」とだけ囁いて、すぐに黒板のほうを向く。
その仕草に、周囲の女子生徒たちが目を見張り、今の見た? 大人っぽい……。などと噂をし始めた。「大人だよ」と返したいが、何とも言えないテスカトリポカである。
「二 さん、ちょっといい?」
帝丹高校2年B組。
明が座る席に、一人の女子生徒が近寄ってきた。やや鋭角に膨らみを持った髪型で、ロングヘアーの、可愛らしい見た目の女子だった。
「えっと……ごめん、名前なんだっけ」
「転校したてだもん、分からないよね。毛利。毛利蘭っていうの。よろしくね」
「ああ、よろしく、毛利さん」
そうとだけ挨拶をかわす。毛利蘭と名乗った彼女は、にこりと人好きのする笑顔を浮かべて、明に向かって話しかけてきた。
「今から学校を案内したいんだけど、いいかな? どこに何の部屋があるか分からないと、移動教室のとき困るかなって思って」
「あ、助かるよ。お願いしてもいいかな」
明は一も二もなく飛び付いた。毛利蘭。気遣いのできる人物である。
廊下を歩きながら、明と蘭は会話をしていた。何てことはない世間話だ。蘭は明の向かって右側の頬に走った2本の傷跡について、何も問うて来ない。腫れ物に触るかのような扱いというよりは、今はまだ話題に出さなくともいい、といった自然な配慮であるように感じられた。明から見れば、好印象である。
「ここが家庭科室ね」
「ああ、ここにあるんだ」
和気藹々 と会話を続ける二人は、鳴り響いたチャイムの音に顔を見合わせ、下校の時間だね、とどちらともなく頷いた。
高校から出て、小学校のほうへ向かって歩く。校門前に立っている少年たちを見つけた明は、その片方に向かって手を振った。テスカトリポカだ。赤いランドセルを背負い、金の髪飾りの代わりにシュシュで髪を結っている。
「二 さん、弟がいたんだね」
毛利蘭が明に向かってそう言った。
「弟……まあ、きょうだい、だな」
明が苦笑しながらテスカトリポカと手を繋ぐ。義足姿の2年生は、フハハ、と笑い声を上げている。
「弟だなどと、甘く見られたものだよ! 私は言わば、明の保護者! こうして下校時間に共に帰ってあげているのが、何よりの証拠と言えんかね!」
「ああ、はいはい」
明、スルー。あまりのスルーぶりに、ぬああ! とテスカトリポカが衝撃を受けているほどである。二 テスカを名乗っているテスカトリポカは、嫌だ嫌だ、と頭を振って駄々をこね始めた。
「私が保護者では不満かね!? きょうだい!」
「元気だね、弟くん」
「毛利さんの弟くんは静かだね」
明が視線をチラリと向ける。ぎゃあぎゃあと駄々をこねるテスカトリポカに苦笑いしている、小柄な少年に。割合整った顔立ちの、眼鏡の少年だった。
「預かってる子なの。ね? コナンくん?」
「え? ああ、うん」
ふうん、と声を漏らす明は、コナンくんと呼ばれた少年をしげしげと眺めていた。どこか大人びた印象の子供である。しかし、何というか、やはり未成年は未成年、といった風な雰囲気も見受けられる。不思議な存在といったところだ。
そんなコナン少年が、あ、そうだ、と声をあげた。
そして明を見上げて問いかけてくる。
「お姉さん、本当にこのお兄ちゃんと兄弟なの?」
「というと?」
「いや、肌の色や髪の毛の色が違うから……」
「うーん」
軽く考え込み始めた明に、コナンは黙って待っていた。本当は、兄弟ならば遺伝するだろう髪の分け目なども言及したかったところだろう。しかしテスカトリポカの前髪は驚くほど短く、明はぱっつん気味にカットされており、分け目どころの話ではなかった。
ああ、と声をあげた明は、コナンを見下ろす。
「たぶん血は繋がってない」
「へ?」
「いや、うちのきょうだい、私だけだからね、他人なの」
……。
…………。
妙な、間が空いた。
変なことを聞いてしまったのか、と慌てて気遣おうとしてくる毛利蘭。それに、大丈夫大丈夫、と軽い調子で返す明。気にしていない様子の明に不満げなのは、テスカトリポカだった。
「他人とは何だね!? 私とあれほどの大戦争をしておいて! 今さら他人ぶるのかね! 君は私のきょうだいなんだぞう!? 血が繋がっているとかいないとか妙なことを言っとらんで、きょうだいの自覚を持ちたまえよ!!」
だ……大戦争?
コナンと蘭の目が点になる。
むぎゃぁー! と怒りを表明しているテスカトリポカに、二人に釈明する余裕などない。明は明で、何をどう取り繕えばいいかを知らない。混乱する蘭とコナンに、簡潔に教えてやれる者などいなかった。
葛西臨海公園に現れた24人の存在は、瞬く間に話題になった。対応した警察官が彼ら23人の名前を公表せずにいてくれたせいか、身元不明の集団、としてマスコミに認知されることになった。だが、スサノオやエウリュノメーと名乗られて納得いく人たちばかりではないだろう。あの警察官二人の名前を公表しないという決断は、英断だったというほかない。
3日ほど、身元不明の集団の話題は続いた。それから次に、その身元が分かって縁者が引き取りに現れたらしいが、詳細は不明であることが話題になった。どうも謎の多い騒動に、現地の人々は興味津々といった様子である。
帝丹高校の2年B組に転校生がやって来たのは、そんな頃だ。
「
頬に傷がある女子高生が、教卓の前に立っていた。
ざわざわと騒がしくなる教室内。明こそが葛西臨海公園で倒れていた謎の集団の一人であるとは誰も知らないだろうが、中途半端な時期に転校してきたポニーテールの女子に、皆がヒソヒソと会話を始めた。
「怪我してるよ」
「背ぇ高っ」
「珍しい名字」
「どこから来たんだろう」
どこから来たんだろう、の一言には、明も思わず苦笑した。別の世界の東京からだなんて言っても、ポカンとされるだけだ。
あなたの席はここです、と担任に言われ、明は椅子を引いて着席した。
帝丹小学校の2年B組にも転校生がやってきたのは、偶然でもなんでもない。
「
女性教師に言われ、はあい、と元気のいい声が返る教室。
子供姿のテスカトリポカが、赤いランドセルを背負って教卓の前に立っているのだった。
子供たちは眼帯をつけて義足をはめているテスカトリポカの姿に興味津々といった様子で、長い髪も、その髪の色が途中で変わっていることも、すぐに話題にし始めた。変なの、という遠慮のない意見が聞こえたが、すぐに担任である教師の注意が飛んだ。
テスカトリポカはツンと澄ました顔をして、着席した。隣に座る女子生徒に「よろしくね」と小声で言われた際、小さく微笑んで首をかしげ、「こちらこそだ」とだけ囁いて、すぐに黒板のほうを向く。
その仕草に、周囲の女子生徒たちが目を見張り、今の見た? 大人っぽい……。などと噂をし始めた。「大人だよ」と返したいが、何とも言えないテスカトリポカである。
「
帝丹高校2年B組。
明が座る席に、一人の女子生徒が近寄ってきた。やや鋭角に膨らみを持った髪型で、ロングヘアーの、可愛らしい見た目の女子だった。
「えっと……ごめん、名前なんだっけ」
「転校したてだもん、分からないよね。毛利。毛利蘭っていうの。よろしくね」
「ああ、よろしく、毛利さん」
そうとだけ挨拶をかわす。毛利蘭と名乗った彼女は、にこりと人好きのする笑顔を浮かべて、明に向かって話しかけてきた。
「今から学校を案内したいんだけど、いいかな? どこに何の部屋があるか分からないと、移動教室のとき困るかなって思って」
「あ、助かるよ。お願いしてもいいかな」
明は一も二もなく飛び付いた。毛利蘭。気遣いのできる人物である。
廊下を歩きながら、明と蘭は会話をしていた。何てことはない世間話だ。蘭は明の向かって右側の頬に走った2本の傷跡について、何も問うて来ない。腫れ物に触るかのような扱いというよりは、今はまだ話題に出さなくともいい、といった自然な配慮であるように感じられた。明から見れば、好印象である。
「ここが家庭科室ね」
「ああ、ここにあるんだ」
高校から出て、小学校のほうへ向かって歩く。校門前に立っている少年たちを見つけた明は、その片方に向かって手を振った。テスカトリポカだ。赤いランドセルを背負い、金の髪飾りの代わりにシュシュで髪を結っている。
「
毛利蘭が明に向かってそう言った。
「弟……まあ、きょうだい、だな」
明が苦笑しながらテスカトリポカと手を繋ぐ。義足姿の2年生は、フハハ、と笑い声を上げている。
「弟だなどと、甘く見られたものだよ! 私は言わば、明の保護者! こうして下校時間に共に帰ってあげているのが、何よりの証拠と言えんかね!」
「ああ、はいはい」
明、スルー。あまりのスルーぶりに、ぬああ! とテスカトリポカが衝撃を受けているほどである。
「私が保護者では不満かね!? きょうだい!」
「元気だね、弟くん」
「毛利さんの弟くんは静かだね」
明が視線をチラリと向ける。ぎゃあぎゃあと駄々をこねるテスカトリポカに苦笑いしている、小柄な少年に。割合整った顔立ちの、眼鏡の少年だった。
「預かってる子なの。ね? コナンくん?」
「え? ああ、うん」
ふうん、と声を漏らす明は、コナンくんと呼ばれた少年をしげしげと眺めていた。どこか大人びた印象の子供である。しかし、何というか、やはり未成年は未成年、といった風な雰囲気も見受けられる。不思議な存在といったところだ。
そんなコナン少年が、あ、そうだ、と声をあげた。
そして明を見上げて問いかけてくる。
「お姉さん、本当にこのお兄ちゃんと兄弟なの?」
「というと?」
「いや、肌の色や髪の毛の色が違うから……」
「うーん」
軽く考え込み始めた明に、コナンは黙って待っていた。本当は、兄弟ならば遺伝するだろう髪の分け目なども言及したかったところだろう。しかしテスカトリポカの前髪は驚くほど短く、明はぱっつん気味にカットされており、分け目どころの話ではなかった。
ああ、と声をあげた明は、コナンを見下ろす。
「たぶん血は繋がってない」
「へ?」
「いや、うちのきょうだい、私だけだからね、他人なの」
……。
…………。
妙な、間が空いた。
変なことを聞いてしまったのか、と慌てて気遣おうとしてくる毛利蘭。それに、大丈夫大丈夫、と軽い調子で返す明。気にしていない様子の明に不満げなのは、テスカトリポカだった。
「他人とは何だね!? 私とあれほどの大戦争をしておいて! 今さら他人ぶるのかね! 君は私のきょうだいなんだぞう!? 血が繋がっているとかいないとか妙なことを言っとらんで、きょうだいの自覚を持ちたまえよ!!」
だ……大戦争?
コナンと蘭の目が点になる。
むぎゃぁー! と怒りを表明しているテスカトリポカに、二人に釈明する余裕などない。明は明で、何をどう取り繕えばいいかを知らない。混乱する蘭とコナンに、簡潔に教えてやれる者などいなかった。