4 SL同好会殺人事件
SL同好会殺人事件 3
警察が来るまでの間、参加者の3人は毛利小五郎に話を訊かれることとなった。無理もないことだ。侵入者はおそらくいなかった。ならば、この3人の中の誰かが犯人なのだから。
野根が口を開いた。
「安田は脅迫状に心底参っているようだったな……それで自殺したんだろうか? スマホにもそう書いてあったし」
ちょっと待って、と声をかけたのは沢田理花だ。噛みつくように野根に反論した。
「これから死のうって人がわざわざ探偵なんて雇うと思う?」
たしかに……。と納得したように頷く国谷が、ハッとした様子で思いつきを口にする。
「まさか、脅迫状を送り付けてきた犯人を探し当ててほしくて……命をかけた依頼をしたのかな?」
「犯人を探し当ててほしいのはわかるけど、それでどうして自殺を選ぶのよ?」
そんな事をしなくても探偵は仕事をしてくれるはず、という沢田の反論で、国谷はそれ以上何も言わなくなった。
あたりに沈黙が舞い降りる……。
その沈黙を破ったのは、用心棒として呼ばれていた二 明だった。
「床に書かれてたSLって、何なんだろう」
それもそうだわ、と沢田理花が声を上げた。
「安田くんって、いつもメールとかメッセージツールとかで用件を伝えてくるのよ。こっちが手書きの手紙を送っても、安田くんからは印刷された文書が返ってくるくらい機械に頼りっきりっていうか。……なのに、SLっていう謎の文字を直接床に書いていたのは……なぜかしら」
おかしいよね。と口にしたのは国谷だ。
「スマホにあった遺書の追伸にでも打ち込めばよかったのに、それとは別に床に書くなんて」
たしかにな、と言うのは野根である。眼鏡を人差し指でクイッと上げて、彼は言った。
「SL同好会なんだから、SLだらけなのにな」
警察は5分後にやってきた。
目暮警部、高木刑事、千葉刑事、その部下たちと鑑識が、安田の家に上がり込む。毛利小五郎は敬礼して迎え、3人の参加者……いや、容疑者たちの証言を、できるだけ詳しく刑事たちに伝えていた。
江戸川少年は事件の現場となった安田の寝室をチラリと見る。鑑識が作業をしている。むやみに立ち入ることはできなそうだ。
毛利小五郎は刑事たちと、事件の全体像を確認しあっている。
毛利蘭は不安そうに、しかし小学生であるコナンを守ろうと自分を律している。
二 明は困惑しながらも、自分に何ができるのか、何をしてはいけないのかを確かめようとしていた。
テスカは……こちらに向かって歩いてくる。
江戸川少年の横にビタリとついた褐色の少年は、「どうだね」と口にした。
「誰がやったか見当はついたかね、江戸川少年」
「……え? あ、な、なんで僕に聞くの? 探偵は小五郎のおじさんの方だよ、テスカ兄ちゃん」
「先日、私の事を詮索してきただろう、君ィ。その不躾な好奇心と手がかりを紐解く考察力は、こういった実践で磨き抜かれたものではないのかね?」
江戸川コナンは、一瞬、言葉を失った。テスカの言うことはほぼ正解だったからだ。テスカの方こそ何らかの思考能力が突出しているとも言えなくはないが、まだ謎の多い小学2年生を相手に、断言することはできない。
コナンは、渋々といったように口を開く。
「みんな、ある程度不可解な言動は取ってるんだよね」
「ふむ? もう少し3人から聴き取りを行った方が良さそうだね?」
小学生らしからぬ会話だ。
コナンとテスカは、沢田たちのもとへ向かうのだった。
「毛利探偵の助手なのかい?」
国谷が驚いたように言った。コナンたちと視線を合わせるためにしゃがんでくれる彼は、でも、子供を事件現場に居させるのはかわいそうたな……と心配までしてくれていた。
「安田さんって、どういう人だったのか聞いてこいって、小五郎のおじさんが」
そう言うコナンに、「ほぉう?」と声を上げたのは、テスカだ。半目でコナンを見つめ、そんな事を言っていたかね? と呟く。
国谷は毛利小五郎からの指示だと素直に信じてくれたのか、証言を始めるのだった。
「安田くんはね、けっこうズケズケ言ってくるタイプだったよ。僕は撮り鉄なんだけどさ、一度、脚立を持ち込んでマナー違反をしちゃったことがあって……その時はすごく怒られたな。遠慮なく物を言う人だったよ」
そうそう、と同意するのは、野根である。
「ていうか、何をどう言ったら相手が傷つくのか、いまいち分かってない奴だったんじゃないかな。そういうところが無頓着で無神経っていうか? わざと喧嘩を売ってるのかって思ったこともあるよ。けど……まあまあ良い奴だったんじゃないの?」
沢田はため息混じりに言う。
「安田くんは誤解されやすい性格だけど、ちゃんと好かれもしていたわよ。裏表がない人だったからね。ついでに言うと、スマホのフリック入力がものすごく速くて上手。機械に頼りっきりなだけあるわね」
「でもさ、安田って少し僻みっぽいところがなかっか? 知識を語るだけでマウントだマウントだってうるさかったし」
野根が眉をひそめて言うのに、それはあなたが高圧的に喋るからじゃない? と沢田が言い返していた。
江戸川コナンは、万年筆で手帳に証言をメモしていく。小学生がする動作ではない。テスカは興味深そうにコナンを眺め、ふうん、と声を漏らしていた。
今までの手がかりを総合すると、怪しいのは……。
顎に指を当てて考え込む江戸川少年に、テスカが声をかける。
「あとひと押し、何か情報がほしいところだね?」
コナンは毛利小五郎のほうを見た。真剣に考え込んでいるらしい毛利探偵は、そこにあったソファに座り、俯くようにしている。
「遺書が偽造の可能性もあるんですよ」
小五郎は目暮警部にそう告げていた。
江戸川コナンは、そこで沢田理花の言葉を思い出した。機械に頼りっきりで、印刷した文書で手紙を送ってくるという安田の特徴を、そこで意識したのだった。
遺書が偽造の可能性。
スマホに打ち込むという、誰でも隙を見つければできる方法での遺書だったからに他ならないだろうが、コナンにとって良いヒントとなったらしい。
コナンは駆け出した。安田の寝室に向かって飛び込んでいく。
「あ、困るよ君!」
鑑識が抗議の声を上げるのに、ごめんなさい! ととりあえず謝って、コナンは安田が使っていただろうベッドの横にある小さな机を見つけた。鑑識が既に調べていたようで、何もなかったが……。
「鑑識のおじさん! この部屋にノートとかメモ帳とかなかった?」
江戸川少年の問いかけに、鑑識の男性がため息をついて答えた。
「ああ、あったよ。でもね、僕。勝手に現場に入ってきちゃいけないよ」
コナンを抱き上げて、部屋の外に出す鑑識。
証拠品なら高木刑事に渡したよ、という情報に、コナンはありがとう! とひとまず礼を言って、再び駆け出した。
高木刑事に、ノートやメモ帳を見せてもらう必要があった。
「江戸川少年」
急ぐコナンに声がかけられる。テスカの声だ。
今は相手にしている場合ではない。無視して通りすぎようとしたとき、テスカの手がコナンの襟首を後ろからひっ掴んだ。
「ぐえっ!」
「現場を荒らし回るのはいいがね、少しリビングに行こうではないか」
「リビング……?」
国谷が部屋の鍵を探しに行った、あのリビングだ。
そこにも鑑識はいるし、現場の写真も撮影しているだろう。
テスカに手を引かれてリビングまで来たコナンは、そこでテスカの放った台詞に納得した。
「毛利探偵のお使いで来たのだが、江戸川少年がこれから言うものはここにあったかね?」
毛利小五郎がいない場所でしか、お使いであるという嘘はつけないのだ。
江戸川コナンは鑑識に、安田が使っていたと思われるノートはないかと訊ねた。もしコナンの推測が当たっているなら、安田が機械に頼りっきりで連絡を取っていたのも、頷けるというものだから。
鑑識は指紋がつかないよう透明な袋に入れた日記のようなものを手渡してくれた。これを毛利探偵に渡すのかい? と訊ねられ、コナンは笑顔で頷いた。
警察が来るまでの間、参加者の3人は毛利小五郎に話を訊かれることとなった。無理もないことだ。侵入者はおそらくいなかった。ならば、この3人の中の誰かが犯人なのだから。
野根が口を開いた。
「安田は脅迫状に心底参っているようだったな……それで自殺したんだろうか? スマホにもそう書いてあったし」
ちょっと待って、と声をかけたのは沢田理花だ。噛みつくように野根に反論した。
「これから死のうって人がわざわざ探偵なんて雇うと思う?」
たしかに……。と納得したように頷く国谷が、ハッとした様子で思いつきを口にする。
「まさか、脅迫状を送り付けてきた犯人を探し当ててほしくて……命をかけた依頼をしたのかな?」
「犯人を探し当ててほしいのはわかるけど、それでどうして自殺を選ぶのよ?」
そんな事をしなくても探偵は仕事をしてくれるはず、という沢田の反論で、国谷はそれ以上何も言わなくなった。
あたりに沈黙が舞い降りる……。
その沈黙を破ったのは、用心棒として呼ばれていた
「床に書かれてたSLって、何なんだろう」
それもそうだわ、と沢田理花が声を上げた。
「安田くんって、いつもメールとかメッセージツールとかで用件を伝えてくるのよ。こっちが手書きの手紙を送っても、安田くんからは印刷された文書が返ってくるくらい機械に頼りっきりっていうか。……なのに、SLっていう謎の文字を直接床に書いていたのは……なぜかしら」
おかしいよね。と口にしたのは国谷だ。
「スマホにあった遺書の追伸にでも打ち込めばよかったのに、それとは別に床に書くなんて」
たしかにな、と言うのは野根である。眼鏡を人差し指でクイッと上げて、彼は言った。
「SL同好会なんだから、SLだらけなのにな」
警察は5分後にやってきた。
目暮警部、高木刑事、千葉刑事、その部下たちと鑑識が、安田の家に上がり込む。毛利小五郎は敬礼して迎え、3人の参加者……いや、容疑者たちの証言を、できるだけ詳しく刑事たちに伝えていた。
江戸川少年は事件の現場となった安田の寝室をチラリと見る。鑑識が作業をしている。むやみに立ち入ることはできなそうだ。
毛利小五郎は刑事たちと、事件の全体像を確認しあっている。
毛利蘭は不安そうに、しかし小学生であるコナンを守ろうと自分を律している。
テスカは……こちらに向かって歩いてくる。
江戸川少年の横にビタリとついた褐色の少年は、「どうだね」と口にした。
「誰がやったか見当はついたかね、江戸川少年」
「……え? あ、な、なんで僕に聞くの? 探偵は小五郎のおじさんの方だよ、テスカ兄ちゃん」
「先日、私の事を詮索してきただろう、君ィ。その不躾な好奇心と手がかりを紐解く考察力は、こういった実践で磨き抜かれたものではないのかね?」
江戸川コナンは、一瞬、言葉を失った。テスカの言うことはほぼ正解だったからだ。テスカの方こそ何らかの思考能力が突出しているとも言えなくはないが、まだ謎の多い小学2年生を相手に、断言することはできない。
コナンは、渋々といったように口を開く。
「みんな、ある程度不可解な言動は取ってるんだよね」
「ふむ? もう少し3人から聴き取りを行った方が良さそうだね?」
小学生らしからぬ会話だ。
コナンとテスカは、沢田たちのもとへ向かうのだった。
「毛利探偵の助手なのかい?」
国谷が驚いたように言った。コナンたちと視線を合わせるためにしゃがんでくれる彼は、でも、子供を事件現場に居させるのはかわいそうたな……と心配までしてくれていた。
「安田さんって、どういう人だったのか聞いてこいって、小五郎のおじさんが」
そう言うコナンに、「ほぉう?」と声を上げたのは、テスカだ。半目でコナンを見つめ、そんな事を言っていたかね? と呟く。
国谷は毛利小五郎からの指示だと素直に信じてくれたのか、証言を始めるのだった。
「安田くんはね、けっこうズケズケ言ってくるタイプだったよ。僕は撮り鉄なんだけどさ、一度、脚立を持ち込んでマナー違反をしちゃったことがあって……その時はすごく怒られたな。遠慮なく物を言う人だったよ」
そうそう、と同意するのは、野根である。
「ていうか、何をどう言ったら相手が傷つくのか、いまいち分かってない奴だったんじゃないかな。そういうところが無頓着で無神経っていうか? わざと喧嘩を売ってるのかって思ったこともあるよ。けど……まあまあ良い奴だったんじゃないの?」
沢田はため息混じりに言う。
「安田くんは誤解されやすい性格だけど、ちゃんと好かれもしていたわよ。裏表がない人だったからね。ついでに言うと、スマホのフリック入力がものすごく速くて上手。機械に頼りっきりなだけあるわね」
「でもさ、安田って少し僻みっぽいところがなかっか? 知識を語るだけでマウントだマウントだってうるさかったし」
野根が眉をひそめて言うのに、それはあなたが高圧的に喋るからじゃない? と沢田が言い返していた。
江戸川コナンは、万年筆で手帳に証言をメモしていく。小学生がする動作ではない。テスカは興味深そうにコナンを眺め、ふうん、と声を漏らしていた。
今までの手がかりを総合すると、怪しいのは……。
顎に指を当てて考え込む江戸川少年に、テスカが声をかける。
「あとひと押し、何か情報がほしいところだね?」
コナンは毛利小五郎のほうを見た。真剣に考え込んでいるらしい毛利探偵は、そこにあったソファに座り、俯くようにしている。
「遺書が偽造の可能性もあるんですよ」
小五郎は目暮警部にそう告げていた。
江戸川コナンは、そこで沢田理花の言葉を思い出した。機械に頼りっきりで、印刷した文書で手紙を送ってくるという安田の特徴を、そこで意識したのだった。
遺書が偽造の可能性。
スマホに打ち込むという、誰でも隙を見つければできる方法での遺書だったからに他ならないだろうが、コナンにとって良いヒントとなったらしい。
コナンは駆け出した。安田の寝室に向かって飛び込んでいく。
「あ、困るよ君!」
鑑識が抗議の声を上げるのに、ごめんなさい! ととりあえず謝って、コナンは安田が使っていただろうベッドの横にある小さな机を見つけた。鑑識が既に調べていたようで、何もなかったが……。
「鑑識のおじさん! この部屋にノートとかメモ帳とかなかった?」
江戸川少年の問いかけに、鑑識の男性がため息をついて答えた。
「ああ、あったよ。でもね、僕。勝手に現場に入ってきちゃいけないよ」
コナンを抱き上げて、部屋の外に出す鑑識。
証拠品なら高木刑事に渡したよ、という情報に、コナンはありがとう! とひとまず礼を言って、再び駆け出した。
高木刑事に、ノートやメモ帳を見せてもらう必要があった。
「江戸川少年」
急ぐコナンに声がかけられる。テスカの声だ。
今は相手にしている場合ではない。無視して通りすぎようとしたとき、テスカの手がコナンの襟首を後ろからひっ掴んだ。
「ぐえっ!」
「現場を荒らし回るのはいいがね、少しリビングに行こうではないか」
「リビング……?」
国谷が部屋の鍵を探しに行った、あのリビングだ。
そこにも鑑識はいるし、現場の写真も撮影しているだろう。
テスカに手を引かれてリビングまで来たコナンは、そこでテスカの放った台詞に納得した。
「毛利探偵のお使いで来たのだが、江戸川少年がこれから言うものはここにあったかね?」
毛利小五郎がいない場所でしか、お使いであるという嘘はつけないのだ。
江戸川コナンは鑑識に、安田が使っていたと思われるノートはないかと訊ねた。もしコナンの推測が当たっているなら、安田が機械に頼りっきりで連絡を取っていたのも、頷けるというものだから。
鑑識は指紋がつかないよう透明な袋に入れた日記のようなものを手渡してくれた。これを毛利探偵に渡すのかい? と訊ねられ、コナンは笑顔で頷いた。