4 SL同好会殺人事件

SL同好会殺人事件 2

「俺、ちょっとトイレに行ってくる」
 やがて、安田がそう言った。
 SLの魅力について語り合っていた4人は、それぞれ休憩の時間を取ることにしたようだった。
 今のところ、変わったことは起きていない。いや、SL同好会という非日常に招待されておいて「変わったことはない」と判断するのもどうかと思うのだが……それでも、不穏な空気は感じられなかった。
 野根の知識マウントに安田が刺々しくツッコミを入れたくらいか。
 ふう、と息をつく毛利小五郎は、参加者たちの行動を眺めることにしたようだ。

「じゃあ、あたし外に出てくるわ」
 沢田理花はそういうと、そそくさと安田宅の玄関から出ていった。
「俺も席を外すよ。SLのコレクションをもっと見ていきたいからね」
 野根は家の中を自由に歩き出す。
「国谷さんは行かないの?」
 江戸川コナンに訊ねられた国谷は、苦笑して首を横に振った。
「安田くんの家で同好会を開くのはこれが初めてじゃないからね。僕はどこに何があるか、もう知ってるんだ」
 ふうん、と頷いたコナンに、用心棒側のテスカがチラリと目を向ける。明は玄関に立っていた。自分を雇った女性を守るためか、それとも同好会全体を外的から守るためか。
 5分ほどして沢田が戻ってきた。小さく息を吐いている。明が沢田の後ろを守りながら、同好会のスペースへと戻ってきたのは、そのすぐ後の事だ。
「やあ、お帰り。どうだった?」
 国谷が心配そうに眉間にシワを寄せて沢田に問いかける。何が「どうだった」のか、探偵にも用心棒にも分からない問いかけである。しかし沢田は分かっていたのだろう。首を横に振った。
「何もなしよ。よかったんだか悪いんだか」
 それって、どういう意味?
 と、コナン少年が問いかけようとした、ちょうどそのとき。

「おい! 安田! 開けろ! おい!」

 ドンドンドンドン!
 野根の大きな声が、ドアを激しく叩く音と共に家中に響いたのだった。
 ドンドン、と扉を叩き続け、野根は何度も「安田! 安田!」と大声を上げていた。何事かと駆けつけた沢田と国谷、そして探偵と用心棒を前に、野根が言う。
「それが、いつまでたっても安田が戻ってこないから、心配してスマホに連絡したんだ。そうしたら、ちょうどこの部屋から着信音が聞こえてきて……でも、鍵がかかっててドアが開かない! 安田に何かあったのかもしれない!」
 え……と顔を青ざめさせたのは沢田だった。
 そんな……と声を詰まらせたのは国谷だ。
 小太りの国谷は、慌てて走り出した。江戸川コナンとテスカがそれを追いかける。国谷が向かったのは、この家のリビングだった。

「ええと……あの部屋はたしか、安田くんの寝室……」

 国谷が焦りながら、寝室の鍵を探そうとタンスの上部分にある小さな引き出しを開けていく。少しして鍵を見つけたのか、国谷は「あったよ!」とコナンとテスカに告げて、再び走り出した。
 どこに何があるか、もう知っている。
 国谷の言葉は嘘ではないようだ。

「野根さん、鍵を持ってきたよ!」
「ああ! 早く渡してくれ!」
 扉の前に陣取った野根が、手を伸ばして鍵を催促する。国谷は急いで野根に鍵を渡し、ことの次第を見守ることにした。
 野根も慌てているのだろうか、なかなか鍵穴に鍵が入らないようだ。ガチャガチャガチャ、ガチャガチャガチャ、とぶつかり合う音が嫌に響いていた。
 ガチャガチャガチャ……。
 ガチャガチャガチャ……。
 ガチャガチャガチャ……ガチャンガチャン!
 やっと鍵が開いたドアを、野根が慌てて体当たりするように開く。
「うむ?」
 テスカが眉を潜めて、首をかしげていた。
「安田、大丈夫か!?」
 部屋に突進していく野根に続いて、沢田と国谷も駆け込んでいく。
「ひっ……」
 沢田の声がひきつった。
「な……なんで」
 国谷の弱々しい声が漏れ出た。

 安田久は、腹に包丁を突き立てて、部屋の中央で、くの字に横たわって事切れていた。

「救急車と警察を呼ぶんだ!」
 毛利小五郎の声が飛ぶ。
 はっとした沢田と国谷が、自身のスマホで連絡をし始める。
 安田の腹からは微量の流血が見て取れた。
 その小さな血溜まりに指先をつけたのだろう。倒れている安田の鼻先の床に、赤い文字が残っている。安田の赤い指で書かれた文字。
「SL」
 と読めるそれは、ぽつねんと部屋の中央にあった。
「……みんな、これを見てくれ」
 野根が震える声で、床に転がる安田のスマホを指差す。安田が一時も手放さなかったそれは起動していて、メモ帳のアプリを開いていた。

「みんな、ごめん。疲れたから自殺する」

 簡潔なメッセージが、そこにあった。
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