4 SL同好会殺人事件

SL同好会殺人事件 1

「お前ほど愚かな男を私は知らない」
 A4のコピー用紙に印刷された文字が、毛利探偵事務所の接客用の机の上に差し出された。
「悔い改めろ、お前は地獄に落ちる」
 どれも機械的な文字で、差出人が誰であるかの判別はできそうにない。
「お前には裁きが下るだろう」
 三枚目の脅迫状・・・に目を通した毛利小五郎は、ふうむ、と悩ましげな声を出して、目の前の男を見つめた。

「脅迫状の送り主から、守ってほしいと?」

 毛利探偵の言葉に男は頷く。
「今度、知り合いたちと同好会の集まりを開くんです。こんな脅迫状を送りつけられて……何かあったら、嫌なんで」
 男……依頼人であるその人は、困った様子で毛利小五郎に相談していた。この脅しについて、同好会仲間の3人には相談済みだという。ボディガードや探偵を雇ったらどうかとアドバイスを受け、ここにたどり着いたのだそうだ。
「依頼の料金は、五割増しで振り込みます。どうかよろしくお願いします」
 頭を下げる依頼人、安田やすだひさしは、今度の週末に集まりがあることを告げ、開催場所である自宅の住所や電話番号を印刷した紙を置いて、事務所を辞したのだった。


 土曜日の昼間にその同好会は開催された。
 依頼を受けた探偵であることを告げると、安田が自ら出迎えてくれた。足を踏み入れた毛利探偵一行は、そこで5人の参加者と顔を合わせた。
「えっ」
 声をあげたのは毛利蘭と江戸川コナンの2名だ。5人の中に、見知った顔があったのだ。
 一人はしたなが明。そしてもう一人はテスカだった。
「そうか、呼ばれた探偵って、毛利さんだったか」
 明は納得した様子だ。なぜ明たちがここに? と困惑している蘭とコナンに、「そのうち分かるとも」と声をかけたのはテスカである。

 家の内装は、機関車一色だった。
 壁に飾られている額縁の中には、機関車のナンバープレートが大切にしまわれていて、他にも機関車の写真が飾られていたり、名称はよく分からないが細かい部品やグッズなどがガラスケースの中に鎮座していたりと、この同好会がどういったものなのかを雄弁に物語っている。
「ようこそ、SL同好会へ」
 依頼人の安田が、集まった客人たちに声をかけた。

 SL同好会の参加者は、主催を含めて4人だ。
 まず、安田久。30歳の男性である。この集まりの主催者で、中途半端に長い黒髪だ。
 次に、国谷くにたに鉄也てつや。32歳の男性で、小太りだ。
 そして沢田さわだ理花りか。30歳の女性で、気が強そうな顔立ちをしている。
 最後に野根のねしょう。35歳の男性で、眼鏡をかけている。SLの歴史同人誌を出したことが自慢らしい。

 そして、2年B組の沢田くんから「用心棒」として紹介されたしたなが明と、それについてきたのだろう、テスカの2人。
 毛利探偵事務所からは、小五郎、蘭、コナンの3人が来たというわけである。
「ちょっと物々しい雰囲気だけど、SL同好会を始めたいと思います……じゃあ、みんなよろしくな」
 スマホを片手に安田が言う。
 こうして趣味の集まりは開催される運びとなった。

「1776年にイギリスのJ・ワットによって蒸気機関が発明されたんですけど、それはご存じですよね?」
 野根が意気揚々と語る先にいるのは、機関車に興味などないだろう毛利小五郎。小五郎は目を点にして、はぁ、そうなんですか、と相槌を打っている。聞いてくれているだけ親切というものだ。
 だが野根は、そんな毛利探偵の反応など意に介さず、語りたいことを語りたいだけ語っていた。
「G・スティブソンのロケット号ってあるじゃないですか?」
「は、はぁ……」
「あれこそ蒸気機関車の祖というべき素晴らしい車両でして! あ、そういうことを書いてある書籍があるんですが紹介しましょうか?」
「あ、いや……」
「6.1t以下で20tの列車を牽引するなんて当時の車両では達成が難しくてですね……」
「野根、やめとけよ」
 眼鏡の男、SLの知識と歴史のマニアである野根に、ストップをかける男がいた。主催者の安田である。スマホをいじりながら、中途半端に伸びた前髪の隙間からこちらを見ていた。
「それ、知識マウントっていうんだぜ」
 きっぱりと言い放つ安田。野根が言葉に詰まるのが分かった。
「SLに興味がない人に向かって、一方的に捲し立てるのやめろよ。迷惑だろ、そういうの。大人なんだから人の迷惑を考えられるようになれよ、いい加減」
 ズケズケと物を言う男である。
 眉を潜める野根。若干、空気が悪くなる。それを察したのか、小太りの男、国谷が、慌てて写真を持って歩み寄ってきた。

「あ、え、えっと! 知識とかは分からなくても、ほら、SLの写真だったら楽しめるんじゃないかな?」

 国谷が見せてくれた写真は、見事なものだった。
 花畑の奥を走る機関車に、ススキが揺れる駅に停まる機関車。中にはナンバープレートを堂々と輝かせる車体の写真もあった。
「わ、すごーい! 格好いいね、コナンくん!」
 毛利蘭が興味を示したように声を上げる。江戸川少年も軽く頷いて、場の空気を取り持ってくれた国谷に感謝した。
 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす野根。
 そんな野根にチラリと視線を寄越してから、唯一の女性参加者である沢田が口を開く。
「ちゃんとマナー守って撮影した? 国谷くん、前にマナー違反して安田くんにものすごく怒られてたじゃない?」
「も、もう脚立は持ち込んでないよ! 嫌だなあ、僕だって学習はするさ!」
 茶々を入れられて困り果てたのか、国谷は八の字眉で沢田に言い返す。それを見て沢田はからからと笑い、ごめんごめん、と謝っていた。
 沢田の持っているカバンにはSLのキーホルダーがいくつかぶら下がっていた。どうやら、彼女はグッズコレクターのようである。

「テスカ、面白いか?」
 明があたりをキョロキョロと見回すテスカに向かって問いかける。褐色肌の小学2年生は、うむ、と答えて明を見上げた。
「なにかに夢中になる気持ちというのは痛いほど分かるからね。私もその昔、生け贄に夢中になって体を次々に捧げていったものだよ」
「同好会とかそういうレベルの話じゃないだろそれは」
「ただ、彼らは捧げるのではなく、溜め込む趣味のようだね?」
「まあ、好きなものを集めたいんだろ」
 用心棒として呼ばれた高校生は、何をしていいか分からず、とりあえず自分を呼んだ女性のことを見ていた。
 沢田理花。同級生の沢田くんの姉である。
 主催者である安田の身を案じ、弟にまでそれを相談していたという。その結果呼ばれたのが、転校早々引ったくりを蹴り飛ばした明なのだが……沢田理花は自身より背が高い明を見て「よろしくね!」と思いきり背中を叩いて頼み込んできた。豪快な部分があるらしい。

 安田はコナンがSLの部品を素手で触っても、嫌な顔ひとつしなかった。大切なものはケースの中に入れてあるから、と、それ以外を自由に触らせていた。
「SLに興味出てきたかい?」
「あー……うん、ちょっとね」
 江戸川コナンが愛想笑いを浮かべて答えると、安田は少年の頭を軽くポンポンと撫でて笑った。
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