3 少年問答

少年問答 2

「テスカ兄ちゃんって……何者なの?」

 単刀直入に発せられたコナン少年のセリフに、テスカは軽く目を見開いた。「ふむ?」と声をだし、それから江戸川コナンをじっくり注視する。
 何かの証拠や証言を掴んで結論に行き着いた顔ではない。最初の最初。テスカたちの存在を認識しようとしている、そんな段階に思えた。
「何者、とは……随分と曖昧な問いだね、少年?」
「ああ、僕もそう思う。けどね、そう訊ねる以外にないんだ……今のところはね」
「私が何者であるかは質疑応答を繰り返せば分かることだろうよ。次の問いは用意してあるかね?」
 テスカは動じた様子もなく、次を促す。
 コナンはその言葉にはぐらかす意図がないか用心深く考え込んでから、口を開いた。

「じゃあ、アトラトルはどこで習ったの? ずいぶんと上手だったじゃない?」

「習った? あれを?」
 テスカがおかしそうに笑う。紅茶を一口すすった褐色肌の少年は、長い髪をかき上げてコナンを見ると、そうだな、と呟く。
 答えを待っている少年に、言った。
「気づけば習得していた、というのに近いね。私は戦争も司るから、戦いの技術は他の者より抜きん出ている自覚があるとも」
 ……何だそれ。
 それがコナンの、正直な感想であった。
 常識の埒外からの答えだ。小学生の妄想と呼ぶにふさわしい。しかし、荒唐無稽で支離滅裂かと言われると……まだ、そうとは言い切れない。
 だが、戦争も司るなどと言われて、そうか、そういう人なのか、と納得するわけがなかった。

「……明ねーちゃんとは、どういう理由で家族になったの?」

「ノーコメントだ、江戸川少年。なんでも教えてやれるわけでない。特に、明に関してはね」
「明ねーちゃんが、鍵を握ってるってことだね」
「いいや、それは違う。逆に質問させてもらおうか、江戸川少年? ……毛利蘭。彼女の生年月日と血液型、それから好きなもの、嫌いなものでも教えてはくれまいかね?」
「……なんで?」
 空気がピリリと引き締まった。
 コナンが警戒してテスカを見据える。
 テスカは紅茶を飲み、洋菓子を一口かじると、再び紅茶を口にした。そうして、言葉を待つ好奇心の塊に向かって、ね? と首を傾げた。
「自らの家族や、それに近しい存在の個人情報を、おいそれと他者に渡す愚策を犯す者などおるまいよ」
「……なるほど。分かった。じゃあ、次の質問に移っていいかな?」
 江戸川少年の言葉に、テスカは片方の眉を上げて、次ぃ? と声を漏らした。答えてくれなそうな雰囲気を感じたコナンが口をつぐむと、テスカはそんな少年に言葉を投げかける。
「我々の事情をすべて曝け出さねばならぬ理由が見当たらんのだが……まだ訊くかね?」
「……ごめん。もう少し訊かせて」
「ふうん? ……良かろう。ならば次の問いに移り給え、少年」
 ベッドで足を組み、こちらを見下ろしてくる長髪の褐色肌に、コナンは息を吸い込んだ。

「エルって、何?」

「エル?」
「前に訊いたよね。どこの出身? って。その時、エル、って言いかけたのは、テスカ兄ちゃんだよ?」
「ああ、エルドラドのことだね? たしかにエルドラドは国ではない」
 エルドラド。
 黄金郷を意味する言葉である。
 国ではない、とするなら、エルドラドという黄金を有した地域からやってきたということになるのか?
 ……どこのことだか、まったく分からない。
 ここまで訊いておいて、コナンが持つ「常識」では、何も推し量ることができていない。テスカはいったい、なんの話をしているのだろうか。嘘をついている者特有の仕草は見られないし、有耶無耶なことを言って煙に巻いている風でもない。

「どうだね? 私が何者か分かったかね、江戸川少年?」

 テスカがコナンを覗き込んだ。
 コナンは、紅茶をぐっと呷ると、首を横に振る。
「駄目だ。全然分からないよ……テスカ兄ちゃんたちが、偽名を名乗ってるってこと以外はね」
「偽名?」
 だって、そうじゃない。とコナンは言った。
「テスカ兄ちゃんの家族には、ケツァル、ショロトル、イツァムナーって名前の人たちがいるよね」
「ああ、いるとも。みな私のきょうだいだ」
 兄弟。
 その響きに、コナンは一瞬詰まった。
 ケツァル、ショロトルと名乗る青年たちと兄弟なのは、年が離れている、という解釈ができる。
 しかし、イツァムナーという老人とまで兄弟なのは……流石に不自然ではないか。
 追求したくなる気持ちをぐっと抑え込み、コナンは言葉を続けた。

「調べたんだ」

「うん?」
「ケツァルは、ケツァルコアトル。テスカはテスカトリポカから取った名前なんでしょ? それは神話に出てくる神様の名前だよ。それを名乗るなんて、偽名としか思えないってわけ……違う?」
「フフ! 違う!」
 コナンは……目を丸くして、テスカを凝視した。
 違う、と笑いながら即答したテスカは、楽しそうである。そのまま、ンハハ、と笑い声を上げ、江戸川少年に向かってこう返した。
「私はテスカトリポカそのものだとも!」

 コナン少年が、呆れたようにテスカを見た。

 そんなわけがあるか。
 神の名を名乗るのも大概だが、神そのものだと主張するなんて、痛々しい妄想でしかないだろう。
 江戸川コナンは、今まで蓄積してきた問答が、まるで無駄だったように思えた。真面目な雰囲気で誤魔化されていたが、この少年の壮大な神様ごっこに付き合わされていただけなのかもしれない。
 だが、偽名を名乗るメリットは見当たらない。何か罪を犯して逃げている、という見方をしようにも、家族ぐるみで犯罪を行えば嫌でも目立つ。偽名程度で誤魔化せるものではないだろう。
 ならば本名なのか。いわゆる、ドキュンネームや、キラキラネームといった類の? 老人であるイツァムナーまでキラキラの範疇なのは、どういうことだ?
 コナンは。
 大きなため息を一つ、吐き出した。

「ふざけてないよね?」

「失敬だなぁ、君ィ。至って真面目だとも!」
 ならば、なおのこと分からない。
 コン、コン、と扉がノックされた。
「コナンくん、そろそろ帰る時間だよ」
 明が部屋の扉を開けて、そう言った。
 どうやらタイムアウト、この不思議な家族についての謎解きは終了、ということらしい。
「色々と詮索してごめんね、テスカ兄ちゃん」
「子供の好奇心とは時に不躾なものだよ。気にすることはない」
 テスカに見送られ、コナン少年は明と共に、毛利探偵事務所へと帰っていったのだった。
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