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3 少年問答

少年問答 1

したながテスカくん、いますか?」
 小学校の中休み。やや猫なで声で2年生に訊ねる少年が1人。江戸川コナンである。
 2年B組であることは知っていたので、休み時間に訪ねることにしたのだ。テスカのクラスメイトだろう少女は、呼んできてあげる、と言って教室内に引っ込んだ。
「テースカくーん!」
 少女の声が響く。それから、1年生の子が来てるよ、という報告が聞こえた。
「ふむ……ありがとう、千歌ちかくん」
 落ち着いた声が返った。テスカのものだ。まるで大人のような……大人でなくとも、小学校の高学年か中学生か、そんな落ち着き払った声音である。
 千歌くん、と呼ばれた少女が嬉しそうに頬を赤らめて、離れていくのが見えた。
 したながテスカは机の間を進み、廊下に出てきた。向かって左の義足に、眼帯。緑色の瞳がコナン少年を捉える。
「おや。1年生は校庭でドッジボールに熱中しているかと思ったが……君は遊び相手・・・・を私と定めたかね?」
 子供らしからぬ言い回しだ。
 尊大かつ、その尊大さが許される何かを感じる。
 江戸川少年は、自分より少し背の高い褐色の少年を見ると、「ちょっといいかな?」と声をかけた。
「図書室に行かない? 訊きたいことがあるんだ」
「行かない」
「……え」
 即答するテスカ。目が点になるコナン。テスカは意地悪でそう返したわけではないらしい。不思議そうにしていた。
「会話を禁忌とする場所へ赴いて訊くも何もなかろうよ? 人に聞かれると良くない問いかけでもするのかね? ならば残念なことに、学校内は甚だ不適切と言えよう。どこで誰が聴いているか分かったものではないからね」
「それは……そうだけど」
「だろう? で、どうするね?」
 先程から、大人びた……という印象を通り越した、古めかしさの混ざった口調で話すテスカである。江戸川コナン少年は少し考えて、それから、すぐに口を開いた。
「じゃあ……今日、一緒に帰ろうよ、テスカ兄ちゃん」
「ほう? 良かろう。訊ねたいことというのは、道すがら口にしても良いものなのだね?」
「ううん。できればテスカ兄ちゃんの家に上がらせてもらえない? テスカ兄ちゃんの部屋ある? 話はそこで」
「ふうん? ……君とそこまで仲良くなった覚えはないが……良かろう。思いきりのいい者は嫌いではないぞう、君ィ!」
 ンハハハ! と途端に上機嫌になるテスカに、江戸川少年は苦笑いを一つ。ではまた、放課後に。というテスカの言葉に頷いて、教室へと戻っていった。

 テスカによって、事前に連絡が入っていたらしい。したなが明は毛利蘭に、「今日はうちのテスカが江戸川くんと遊ぶそうだから」と、江戸川少年の外出許可を取っていた。
 暗くなる前に帰すし、帰るときには送っていくから、と言う明に、蘭はニコリと微笑んで了承してくれる。
 明は、テスカとコナン少年が2人で何をするのかは知らなかった。テスカからの連絡には、そういった詳細の説明はなかったからだ。
 今から訊ねても遅くはないだろう、と口を開き、
したなが!」
 クラスメイトの声に邪魔された。
「……沢田くん」
「おう! なあ、お前ってけっこう強かったよな?」
 唐突に訊ねられ、明は目を丸くした。おそらく引ったくりの逮捕劇を見ていたからそんなことを言えるのだろうが……それにしても突然すぎる。
「別にそこまで強くはないよ」
「いやいや、お前って背ぇ高いし躊躇なくバイク蹴るし、めっちゃ頼りになるだろ! なあ、姉貴に紹介していいか? 姉貴、用心棒がほしいって言っててさ」
 用心棒。
 その言葉の突拍子の無さに、再び目を丸くする明である。
 何だ、用心棒とは。蘭のほうへ視線を向けると、彼女もまた困惑しているようである。こういった話はそうそうあるものではないらしい。
 力になれるものならなりたいが、用心棒が必要になるほどの厄介事に関わるのはちょっと……。
 戸惑っている明に、「なあ、頼む! 1回だけでいいから!」と沢田くんは食い下がった。
「考えさせてくれないか」
 難しい表情で明は言う。
「考えてくれるのか! サンキュー!」
 沢田くんは嬉しそうに返した。
 妙に噛み合わない会話だ。それじゃあ、また明日な! と走り去るクラスメイトの男子に、明はポカンとしていたし、テスカは何やら興味深そうだった。

 蘭と別れ、明とテスカ……そしてコナンは、明たちが暮らす一軒家に向かった。一軒家は2階建てだ。生活空間は1階に、個人の部屋は2階にある。
 お邪魔します、と礼儀正しく頭を下げるコナン少年に、お利口さんですね、と返すのはショロトルである。毛利小五郎とほぼ同じ声で言われるものだから、なんだか薄気味悪い気持ちにもなったが、コナン少年は愛想笑いを返すだけにとどめた。
「2階には部屋が6つある。そのうち、最も手前にあるのが私の子供部屋だとも」
 テスカに案内されるまま、コナンは階段を上がっていった。5人家族で個室が6つなら、1つは物置部屋にでもなっているのだろうか? それに、テスカの言葉に少し引っかかった。
 私の子供部屋。
 そこは「子供部屋」か「私の部屋」かの、どちらかだけで良い筈だ。考え過ぎだろうか? と首を傾げながら、コナンはテスカに問いかけた。
「私の子供部屋って……それじゃあまるでテスカ兄ちゃんの部屋は子供部屋だけじゃないみたいだね?」
「ああ。そうだよ。大人の私が使う部屋も含めて6室だからね」
 さらりと返された情報に、コナンは一瞬、何を返せばいいか分からなくなった。
 大人の私、とは何なのだ。当たり前のように言うが、いまいち意味が分からない。テスカに嘘をついている様子はなく、また、誤魔化そうとする様子もない。
 純然たる事実を口にしただけ、という雰囲気に、上手い対応のしかたが思いつかない。
「大人の部屋、見てみたいな……?」
 そう誘いをかけてみれば、
「フフ、訊きたいことがあるのだろう? 脱線してもいいのかね? まずは本題に入ろうじゃないか。おまけは後でも良かろうよ」
 おかしそうに返された。

 子供部屋に通されたコナンは、少しだけ視線を彷徨わせた。勉強机とベッドが部屋の奥の壁際に設置されていて、部屋の中央にはローテーブルが鎮座しており、手前の壁際には小さい本棚とタンスが据えられている。
 クローゼット収納もあった。中を見る無作法は流石に働けなかったが。
「子供部屋が珍しいかね?」
 フフ……と小さく笑うテスカの言葉に、コナンは笑顔で取り繕う。
「僕がお世話になってる家は子供部屋なんてないから」
「たしか、居候なのだったね?」
「うん。だから僕の部屋はなくて当たり前なんだ」
 ふうん、と声を漏らして、テスカはベッドに腰掛けた。コナンがローテーブルの前に座るのを見ると、ベッドの上にあったクッションを1つ投げる。
「尻の下に敷きたまえよ。正座じゃ足が痺れる」
「ありがとう」
 それからショロトルが紅茶と洋菓子をトレイに載せて部屋を訪ねてきて、ついでに宿題も終わらせて帰ったらどうですか? と提案してきた。
 テスカは気分を害したと言わんばかりの渋面を作り、「お遊びの時間に嫌なことを言うね、君」と返していたが。
 口を尖らせて拗ねるテスカを見て、江戸川少年はますます訳が分からなくなった。
 目の前の褐色肌の少年は、振る舞いが子供のようで、しかし尊大な大人のようである。大人の私、というセリフから考えるに、彼は純粋な子供ではないのだろうか……?
 紅茶をすすりながら考えるコナン少年。
 そんな彼に、テスカは口を開く。
「それで? 訊きたいこととは何だね?」
 あっ、そうだ。
 我に返った江戸川コナンが、テスカをまっすぐ見た。
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