彼らは手を繋がない
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あの日のことは、今でも昨日のことのように思い出せる。
彼らと出会ったことで、ユキの運命が大きく変わってしまった。
あれだけ嫌だったはずなのに、彼らの優しさに触れていつの間にか絆されていた。
離れられなくなっていた。
好きになっていた。
こんな未来があるなんて、あの頃はまったく想像もしていなかった。
なんて、もう、思い出はなくなった島を見送りながらユキは感傷に浸る。
「おーい、ユキ! 宴始めるぞ!!」
「こんな真昼間から?」
「宴はいつやってもいいんだよ! なんなら毎日が宴さ!!」
それもそうか。
妙に納得して、ユキは宴の行われる甲板へ向かった。
やはりそこにはすでに出来上がったクルーたちの姿が。
「おせーぞユキ!」
「待ちくたびれて飲んじまったよ!」
主役が居ようが居まいが、勝手に始めてしまうのも、また彼ららしい。
「おら、ユキが来たんだ。仕切り直しだ!」
「今日から正式なおれたちの仲間、ユキに乾杯だ!!!!」
「改めて、ようこそユキ、赤髪海賊団へ!」
クルーたちが高々とジョッキを掲げる。
「よろしく」
今更言うのも照れくさく、はにかみながらユキも少しだけグラスを掲げた。
「いやー、まさかユキとお頭がなぁ」
ヤソップがニヤニヤとふたりを交互に見る。
「いや、だいぶ前から互いに意識し合ってただろう」
「鈍感な野郎だとは思ってたが、気づいてなかったのか……!?」
「いやいや、あれはさすがに気づくって! おれはあのままお頭が自分の気持ちに蓋をしちまうんじゃないかって、心配だったんだよ」
「ちょっと待って!」
ユキが叫んだ。
「みんな、気づいてたの……?」
これには全員が呆気にとられた。
「逆に、あれで気づかれてないとでも思ってたのか」
穴があったら入りたい、とは正にこのことだ。
誰にも知られていないと思い込んで、実際はバレバレのところで踊っていたのだ。
恥ずかしいにもほどがある。
「いつから……」
「ん?」
「いつから気づいてたの!!?」
ユキにしては珍しい大声だ。
ヤソップがやはりニヤニヤして答えた。
「そりゃあ、ユキがお頭と同じベッドで寝るようになってからかな」
「……最初からじゃん」
つまり、そんなころからユキの心はシャンクスに向いていたのだ。
もはや怒鳴り返す気力もなく、ガックリとうなだれた。
「これからは隠さず、堂々とできるんだ。良かったじゃないか」
ベックマンまでもがからかい口調である。
と、
「そろそろ、からかうのは止めてもらおうか」
恐ろしいほどの笑みを浮かべたシャンクスがユキを包み込むように後ろから抱きしめた。
「おお、まさに堂々だ」
「公認カップルになったとたんこれかよ」
「イチャイチャは時と場合を選ぶように!」
「お幸せにな!」
各々の祝福の言葉も今のユキには聞こえていない。
「ちょっと! 止めてってば!!」
変化した頬を見るまでもないゆでダコっぷりに、クルーたちはお腹いっぱいだ。
「あーあ、見せつけちゃって」
ルウは食べるところのなくなった肉の骨を髄までしゃぶる。
「ほどほどにしといてやれ。爆発してしまうだろう。野郎どもが」
「煽ったのはお前らだろうが」
シャンクスの目が本気で鋭くなる。
仲間たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
一気に静けさがやって来た。
「なあユキ」
静けさの中の甘い囁き。
「次の島が見えたら、出かけないか?……ふたりで」
「……うん」
頬の疼きは抑えられないようだ。
◆
ふたりで出かけることは今までにもあった。
しかし、もう今は事情が違う。
ユキはクローゼットの中身とにらめっこをしていた。
「何着よう……」
持っているものといえば、体のラインが出ないようなだぼっとした服、それも男物がほとんどだ。
デートに着ていく服としては激しく間違っている。
まさかこんな未来があるなんて思ってなかったからなぁ。
好きな人がいて、思いが通じ合って、デートをする。
こんなの恋愛小説の中だけの話だと思っていた。
恨めしく色気のない服たちを見つめる。
そうしてまた、ため息をつくのだ。
悩んで悩んで悩んだ結果、いつものパーカーとジーンズになった。
「おーい、そろそろ準備できたか?」
扉の向こうからシャンクスの声が聞こえた。
返事の代わりにユキは扉を開けた。
「行くか」
差し出された手に、そっと自分のを重ねた。
今回赤髪海賊団がたどり着いた島は、ハンドアイランドという職人たちが集まる島だ。
名の通り、島は手の形をしている。
「前に1度訪れたことがあるんだがな、いい島だぞここは」
勝手知ったるようにシャンクスは町並みを歩く。
道沿いに並んでいる店たちは、何を売っているのか分かりやすいような看板が掲げてある。
「どこか入りたい店があったら言えよ」
「うん」
とは言ったものの、ユキはたいして物欲がない。
あてもなくただブラブラと、こうして町を歩くのも悪くはない。
ふと、ある店が目に止まった。
店に掲げられた看板は、ダイヤの指輪とブレスレット。
ジュエリーショップだ。
ショーウィンドウに飾られたハート型のデザインのイヤリング。
だが、あまりにも柄ではないので、ユキはそっと目を外した。
それに目ざとく気づくのがシャンクスだ。
「入ってみるか?」
尋ねる口調だが、足は完全にジュエリーショップに向いている。
「えっ、ちょっと……!」
戸惑うユキを他所に、カランコロン、と心地よいベルの音を鳴らして店内に入る。
「いらっしゃいませ」
ショートカットの上品な女性店員の声が迎えた。
イヤリングだけでなく、ネックレスやブレスレット、指輪など、様々なアクセサリーが置いてある。
無難にハートを型どった小ぶりな花をあしらったものや、可愛らしい鳥の形。
「お客さんたちは海賊?」
店員の女性が気さくに声をかけてきた。
「まあな」
シャンクスは短く答えた。
「では、こちらなんてどうです?」
店員が示したのはペアネックレス。
銀のチェーンに片方はボルト、もう片方はナットがぶら下がっている。
「これは、本当に船で使われていたボルトとナットなんです。いくつもの海を渡っても決して離れることのなかったふたつ。転じてふたりの絆を表していて、カップルにとても人気なんですよ!」
他人から改めて言われることで、余計に意識してしまう。
周りから見ればカップルなのだ。
「へぇ。どうだユキ?」
「素敵だね」
ネックレスに込められた意味もそうだが、デザインもユキ好みだ。
「じゃあ、こいつをくれるか?」
「ありがとうございます!」
「えっ、いいよ……」
「おれがプレゼントしたいんだよ」
やはり、女の子扱いは慣れない。
俯きながらレジに向かったとき、事件は起きた。