心を叫べ
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海岸に、すっかり見慣れた竜の船首が目に入った。
その船の上で仲間たちが大きく手を振っている。
「おーい、ユキー!!」
遠目からでも分かる、ルウの巨体とヤソップのドレットヘアが見えたとたん再び涙が出そうになった。
船に戻ると、仲間たちは笑顔でユキを迎え入れてくれた。
「おかえりユキ」
「……ただいま」
ベックマンが荒っぽくユキの頭を撫でた。
煙草の香りがした。
「こらこら、ヘビースモーカーは離れな。ユキの害になるだろ」
「ベックマンのやつ、せっかく禁煙してたのにユキがいなくなったせいで逆戻りしてたんだぜ。毎日煙たくって参ってたよ」
ルウとヤソップがふたりの間に割って入った。
「お前こそ、狙撃手としての腕が落ちてたじゃないか。アリの眉間にも弾丸をぶち込むことができるって言ってたのはどこのどいつだ」
冷静に切り替えせるのはさすが、と言ったところか。
「さあ、出航の準備だ! 持ち場に戻れ!」
後からやってきたシャンクスが大声を上げた。
「おい、あれ見ろよ!」
同時に大声を上げたのはヤソップだ。
指差す方向を振り向けば、そこにいたのは竜の姿になったバーボンと竜王だった。
「ユキ、会えて良かった」
「……あたしも」
バーボンはユキに頬を寄せた。
ゴツゴツとしたウロコが少しだけ痛かった。
「数多くの無礼、本当に申しわけありませんでした」
竜王が頭を低くして伏し目がちに言う。
「もういいって」
「せめてもの償いに、あなたたちを目的地までお送りしましょう」
突然の申し出にユキはシャンクスを振り返った。
「……ちょうど良かったじゃないか。これで帰れるな、ユキ」
「……うん」
ずっと望んでいたはずなのに、ちっとも嬉しくはなかった。
◆
「では、船内に入るか、どこかにしっかり掴まっていてください」
本物の竜に運んでもらえるとなると、クルーのほとんどが甲板に出て船縁に立った。
「船縁は危険なので、できれば内側に」
「大丈夫。おれらを舐めんなよ!」
ガハハと笑うクルーに、竜王は、忠告しましたからね、と一言。
「それでは、お気を付けて」
竜王が大きく息を吸った。
ゴオォォォォォォォ!!!
竜の息吹は竜巻となり、レッド・フォース号を浮き上がらせた。
「うわぁぁぁあ!!!」
「なんか思ってたのと違う!!!!」
絶叫するクルーたち。
先ほどの余裕は何処へ。
「お前ら振り落とされるんじゃないぞ!!」
文字通り、風の速さで船は空を航海する。
「面舵いっぱーい!!」
さすがのヤソップはドレッドヘアをなびかせて楽しそうに舵を切る。
ユキは強風に目を凝らしながら、必死にメインマストにしがみつく。
「やばい……」
耐えられなくなり、手がマストから離れた。
身体が後ろに流れる。
ガシリ。
力強く抱きとめられた。
見上げればもちろん、赤髪だ。
「っと、気をつけろよ」
「……ごめん、ありがと」
シャンクスは風などものともせず、威風堂々と立っている。
彼の腕の中はどこよりも穏やかだった。
ただ、ユキの頬だけはなかなか落ち着いてくれなかった。
どれくらい経っただろう。
そろそろ気恥ずかしさに耐えられなくなってきたころ、
「着水するぞ! 構えろ!」
ベックマンの声が聞こえた。
シャンクスはユキの肩をより一層強く抱いた。
バシャン!!!
衝撃、後、水飛沫。
空にかかる虹はユキを嘲笑う。
着水した場所はあの日と同じ崖の下。
なんて、素敵な偶然だ。
吐き捨てるように心の中で呟く。
「長いこと、悪かったな」
シャンクスはわしゃわしゃとユキの頭を撫でた。
「ほんとにね」
最後まで素直になれない自分が、嫌いだ。
◆◆
竜王に飛ばされて、とうとう着いてしまった。
ユキの住む島へ。
崖の下から砂浜の近くへと船を動かし、錨を下ろした。
元から何も持たずやって来たユキだ。
去るのも身ひとつという身軽さである。
「じゃあみんな、……サヨナラだね」
ひたすら気上に振舞おうとするユキ。
なあユキ 、お前今自分がどんな顔してるのか分かってんのか。
シャンクスはとっくの昔にユキの気持ちにも、自分の気持ちにも気づいていた。
だが、ユキが言い出さない限り、気持ちを伝える気はなかった。
できればユキには真っ当な道を歩んでほしい。
巻き込んだ自分がそんなこと言える立場ではないのかもしれないが。
「ああ、サヨナラだ」
ゆっくりとユキが船を降りていく。
砂浜に降り立つ。
一度だけユキは振り返って──笑った。
笑えないと嘆いていた少女はもうどこにもいない。
心臓がえぐり取られるような痛み。
大切なものを失くしてしまったような悲しみ。
仲間を失ってしまうような虚しさ。
シャンクスは爪がくい込むほど拳を握りしめた。
「おれたち、女々しいお頭なんか知らねぇよ」
隣に立つヤソップが唐突に言った。
「逃した魚はでかいって言うよな」
ルウが続ける。
「後悔だけはしないことだな」
ベックマンの諭しに、シャンクスは覚悟を決めた。
まったく、優秀すぎる部下なこった。
船から飛び降りて、まだそう遠くない背中を追う。
「ユキ!!」
見た目以上に細い腕を掴む。
「放せ!」
叫んでもごまかせていない、震える声がシャンクスの心を締め付ける。
「無理するなよ」
掴む腕に力を込めた。
「無理なんか…してない」
振り向いたユキの顔は濡れていた。
「嫌だったら、拒めよ」
シャンクスはユキをマントの影に包んでキスをした。
バキバキと一瞬で変化した頬にそっと触れる。
「ユキ。おれと一緒に来てほしい」
ユキを笑顔にしてやりたい。
他の誰でもない、このおれが。
「命を懸けてユキを守るから」
もう、泣かせたりなんかしない。
持てるすべてを懸けてでも。
「ユキがいなきゃダメなんだ」
こんな言葉を言う日が来るとは思っていなかった。
「お前が好きだ」
思いを言葉にしたとたん、ユキが飛びついてきた。
「あたしも……! あたしもまだみんなといたい! ずっとずっと、シャンクスと一緒にいたい! シャンクスが好き。大好き!」
無口で意地っ張りな彼女の愛の言葉。
これを愛おしいと思わずにいてどうする。
「ああ、もう逃さないからな」
大人をここまで本気にさせたんだ。
太陽が砂浜にふたつの影を落とす。
遠くから聞こえるのは波のささやきか、仲間の野次か。
「帰るか」
「うん」
差し出した手は、ごく自然に繋がった。