心を叫べ
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何が起こったのかしばらく理解できなかった。
ぬるりとした生温かい感触に、ユキは我に返った。
そして、目の前に広がる光景に言葉を失った。
手にべっとりと付いた血。
のしかかる重み。
血に濡れた竜王の鉤爪。
それがゆっくり引き抜かれるのは、
「シャンクス……?」
「やっと見つけたぞ、ユキ」
耳元で囁かれたその声は紛れもなくシャンクスのものだ。
だとしたら、まさか、この血は……。
シャンクスの身体がごろりと転がり、地面に仰向けになった。
その腹は真っ赤に染めあがっている。
「シャンクス!!!!」
ユキは金切り声で叫んだ。
あたしだ。あたしのせいでシャンクスは……!
大切な人が自分のせいで傷つき倒れる。
それはかつての光景と重なった。
視界がぼやける。
「なぜ、またしても人間が……!」
竜王が忌々しそうに唸った。
次々とやってくる邪魔にしびれを切らしたのか、
「皆の者! 一斉にかかれ!」
周りを取り囲んでいた竜たちが皆鉤爪を振り上げた。
迫りくる切っ先、視界いっぱいに広がる赤。
体中の血が煮えたぎるように熱くなった。
「もう、やめろおおおおおおおおお!!!!!」
ユキは喉が張り裂けるほど叫んだ。
あれほど誓ったのに涙が溢れて止まらなかった。
その瞬間、敵意を剥き出しにしていた竜たちが一斉に地に伏した。
竜王までもフラフラと足元がおぼつかない。
一体、何が起こったのか分からず、ただ呆然としていると、
「ユキ。顔をよく見せておくれ」
バーボンの巨大な鉤爪が器用にユキの前髪をかき分けた。
涙に濡れた紅い瞳と漆黒の瞳が合う。
バーボンは優しげに笑った。
「その瞳、その覇気。間違いない。お前さんはドラクニルの娘だね」
ドラクニル。
もうその名を聞くことはないと思っていた。
父の名である。
「なんで……」
バーボンが父さんを知ってる?
だがそんなことよりも今はシャンクスだ。
「シャンクス! 目開けてよシャンクス!」
この大怪我では揺さぶっていいものか、判断しあぐねて必死に叫ぶ。
ひらり、と弱々しく手が振られた。
「どうも、ユキのこととなると……余裕がなくなるみたいだ」
ユキを心配させまいと無理やり笑顔を作っていることが手に取るように分かった。
そんな顔で笑うな!
なんであたしなんかかばったんだ!
あんたはこんなところで死んでいい人間じゃない!
まだ、あんたを失いたくない!
みんなあんたが必要なんだ!
そう、怒鳴りつけてやろうと思っていたのに、
「生きて、シャンクス。……あたしと、一緒に」
心は正直だった。
ユキの瞳から涙が零れ落ちて、シャンクスの頬を流れる。
流れ落ちた場所からポゥと黄金の光が現れ、シャンクスの身体を包んだ。
すると、みるみるうちに傷が消えてゆく。
光はやがて泡のように消えてゆき、すっかり光がなくなったときには傷跡すら残っていない。
「ユキ」
シャンクスがつぶやいた。
「お前のためなら死んでもいいと思ってたんだけどな。助かったぜ」
へへっと照れ臭そうに笑うその顔に、リミッターが振り切れた。
「バカ……!!」
ユキはシャンクスの首に抱き着いた。
「おわ!」
思いがけない行動に支えきれず、ふたりで後ろに倒れこんだ。
「っと、悪い」
「いや、あたしも、ごめん」
すぐに我に返ったユキは慌てたようにシャンクスから離れた。
すっかり変化してしまったユキの頬を見て笑みをこぼすシャンクス。
「ユキ。無事でよかった」
真っ直ぐな視線が熱い。
だが、目は逸らせなかった。
「癒しの涙……」
響いた重音に2人の世界から抜け出し身構えた。
忘れかけていたが、ここは竜の国なのだ。
振り返ると竜たちは全員人間の姿に変化していた。
驚くべきことは、その全員がユキの前で跪いたのだ。
「数々のご無礼をお許しください。先代竜王、ドラクニルの娘よ」
「え?」
先ほどのバーボンの言葉もだが、なにが起こっているのか頭が追い付かない。
ひとつずつ彼らの話を思い返してみて、結論を出す。
「あたしの父さんはこの国の王様だったの?」
「ああ。そしてドラクニルはわしの息子だ」
次々と重なる新事実にユキは目を白黒させるばかりだ。
「じゃあ、バーボンはあたしの……おじいちゃん?」
「ああ、そうだよ。まさか会えるとは思っていなかったからね、とても嬉しいよ」
バーボンは親愛を込めた目でユキを見つめた。
「でも、父さんはそんなこと一言も……!」
「言わなかったはずだろう。この国の存在は決して知られてはいけない。それがこの国の掟だ。だからあいつが人間と恋に落ちてこの国を出ていったときは──驚いた。……こんなに立派な娘がいて、あいつは幸せ者だな」
これは、伝えたほうがいいのか。
父はもういないということを。
「あなたにこれを」
竜王が差し出したのは、今まで首にかかっていた宝玉のネックレス。
「本来ならば、竜王家に伝わるもの。私は力によって奪い取った。だが、あなたが現れた今、これを受け継ぐのはあなただ」
光の屈折で七色に輝く宝玉に目を奪われて思わず手を伸ばしかけた。
しかし、ふと気づく。
「もし、あたしがこれを受け取ったら、あたしはこの国の王になるの?」
「ああ、もちろんだ」
それならば答えはひとつだ。
「だったらあたし、要らないや」
竜王は顔をしかめた。
「なぜだ。これを持つだけで金も地位も名声も、すべてが手に入るのだぞ。宝玉を手にしようといったいどれほどの血が流れたと……」
「あたしとあんたじゃ求めるものが違うんだ。あたしはそんなもの要らない」
「だが、掟に従わなければ……」
新たな王の存在が発覚したことにより、あの高圧的な態度はどこかへ行ってしまったようだ。
「男がうじうじうるさい!!!! もういい、貸して!!」
怒り任せに怒鳴り、宝玉をひったくる。
少々心苦しいが、地面に叩きつけて粉々になるほど踏みつけた。
「これで掟はなくなった! あたしもあんた達もこれで自由! この国は自由だ!!!」
ユキの粗すぎる解決方法にあっけにとられる竜王たち。
堪えきれず吹き出したのはシャンクスだ。
「あっはっは! さすがユキ。もう立派な赤髪海賊団の一員だな」
「……まあね」
ユキはそっぽを向いて答えた。
その横顔に浮かんだ色は穏やかである。
「そういえば、ほかのみんなは?」
まさかシャンクスも流されて来たのか……?
「みんな船に待機させてるよ。ここにケンカをしに来たわけじゃないからな」
「そっか」
良かった、と思うと同時にたったひとり、自分のためだけに助けに来てくれたのかと思うと申し訳なくなるのだ。
「……ありがと」
聞こえるか聞こえないかくらいの声量だったがシャンクスはちゃんと届いたようだ。
「ほかのやつらにも言ってやれ。お前がいなくなって、みんな荒れ狂ってたからな」
帰るぞ、と差しだされた逞しい手。
躊躇していたユキの手は強引にシャンクスの手のひらに包まれた。