赤に焦がれて
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永遠にも感じるような時が過ぎて、夜がやって来た。
だが、ユキは未だその場所から動けないでいた。
ピューイピューイ、と怪鳥のような鳴き声が耳をつんざく。
風が木々を揺らす音にさえユキは身を硬くする。
闇はこんなにも人を不安にさせるのか。
萎えそうな心に必死に空気を送り込む。
大好きな紅いあの瞳、いつの間にか拠り所になっていたあの赤髪。
それらがユキの恐怖を和らげる。
「大丈夫、大丈夫。きっとどうにかなる」
ユキは自分で自分の言葉をなぞるように言い聞かせた。
父を失うという、人生最大の危機もどうにか乗り越えたじゃないか。
あの恐怖に比べれば、たったひとり見知らぬ土地に流れ着いたことなど……、
ガサガサガサ
突然、草木をかき分ける音がした。
ユキはぐっと息を潜める。
何かは分からないが、早くどこかへ行ってくれ!
そんなユキの願いは虚しく、無情にも音はこちらへと近づいてくる。
「もし、そこの者」
穏やかなおじいさんの声。
だが、おそらく人間ではないのだろう。
「こんなところでどうしたんだい?」
闇のおかげで姿はよく見えないが、その声色はユキを気遣っているようだ。
返事をしようか考えたが、ヘタなことをするよりかはじっとしていたほうがいくらかはマシだろう。
「……」
沈黙を貫いていると、急にぼんやりとした光に包まれた。
「おや、怪我をしているじゃないか」
逆光を作っているのは懐中電灯だ。
眩しさに顔を歪めていたユキだが、おじいさんは少し困った声色になった。
「そんなに嫌そうな顔をしないでおくれ。とって食おうってわけじゃないんだ」
この、少々抜けているところはどことなくシャンクスと似ている。
「手当てをしてあげよう」
見知らぬおじいさん。人間とも限らない。
それでもその厚意に甘えようと思ったのは、きっと……。
◆
「ここがわしの家だ。さあ、入りなさい」
おじいさんの家は山小屋のようで、ユキが1人で住んでいた家と少し似ている。
「おじゃまします……」
薪のくべられていない暖炉、その前に敷かれた白い絨毯とロッキングチェア、片側の壁を埋め尽くしている本棚、四人掛けのテーブル。
それらは、このおじいさんのイメージに似合わない。
不思議な感覚にとらわれながらも、勧められた椅子に座った。
手際よい処置で、ユキの足はすぐに固定され、顔の擦り傷には丁寧にガーゼが貼られた。
「折れてはいないようだから、2,3日安静にしていればじきに治るだろう」
「……ありがとう」
「顔に傷が残らなければいいのだが……」
「そんな大した顔じゃないから大丈夫だよ」
「何を言う。きみは女の子だろう」
女の子。
ユキの最も嫌う言葉。
だが、手当をしてくれた者に嫌な顔などできるはずもなく。
ユキは曖昧に笑った。
「おや、もうこんな時間か。隣の部屋にベッドがある。歩けるかい?」
「うん」
少しだけおじいさんの手を借りて部屋を移る。
窓際のベッドはふかふかだが、どこか落ち着かない。
ああ、そうか。広すぎるのだ。
「寒いなぁ……」
ユキは布団を手繰り寄せ、孤独を埋めるように、丸まって眠りについた。
──パチリ。
突然、ユキは覚醒した。
むくりと上半身を起こすと、膝元に白いタオルが落ちてきた。
「?」
拾いあげてぼーっと見つめる。
なぜ、こんなものが?
そうしてだんだん、昨夜のことを思い出してきた。
そして自分の浅はかさを呪った。
いくらなんでも、見知らぬおじいさんの家に泊まるなど。
以前のユキなら考えられなかったことだ。
いつかの大怪我と同様、ユキの足はすっかり腫れも引いて元通りになっていた。
だが、ここで元気になっていれば怪しまれるかもしれない。
一方で、竜ならば治っているのが当たり前かもしれない、と迷走し始めてもいる。
コンコン
控えめなノックが聞こえた。
反射的に返事をすると、おじいさんが扉の隙間からひょっこり顔をだした。
「ああ、よかった。目覚めたかい?」
何がよかったのか、少し首を傾げると、おじいさんは安堵の表情で言った。
「お前さん、ひどい熱でな。3日間眠り続けていたんだ。記憶はあるかい?」
「3日……!!?」
珍しく素っ頓狂な声を上げたユキ。
もちろん、その間の記憶などない。
それほどひどい熱だったということか。
おそらく、おじいさんはずっと看病してくれていたのだ。
呪うべきは己の浅はかさではない。
ユキは真摯な瞳でおじいさんを見て、言った。
「助けてくれてありがとう。……あたし、ユキ…です」
「わしはバーボンだ。ユキが元気になって良かったよ。気分が悪くなければ朝ご飯にしようじゃないか」
ユキはコクリと小さく頷いた。
バーボンの用意してくれた朝食は病み上がりのユキのためか、軽めのものだった。
温かいコーンスープに胸の奥が震えた。
「おいしい……」
「そうか。それは良かった」
バーボンはしわを寄せて笑った。
「量ならあるから、ゆっくり食べなさい」
その言葉に甘えようと思ったわけではないが、気がつけばユキは2杯のおかわりをペロリと完食していた。
「ごちそうさま」
「わしも久しぶりに誰かと一緒のご飯で嬉しいよ」
「バーボンは、ずっとひとりなの?」
「……いいや。わしにも家族はいたが、今はみんないなくなってしまってな」
「そうなんだ……」
余計なことを言ってしまった、と後悔しているユキを他所に、バーボンは切り出してきた。
「それより、お前さんが熱でうなされている間、ずっと誰かの名前を呼んでいたが……」
彼は片側の頬を上げて続けた。
「シャンクス、とはユキの大切な人の名かな?」
思わぬ爆弾発言にユキは堪らず食後のお茶を吹き出した。
同時に、頬が変化しそうになり、とっさに顔を覆い隠した。
バーボンにはそれが照れた反応に見えたようで。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。愛するのはいいことだ」
「……愛じゃない、はず」
そのはずなのだ。
確かにシャンクスは大切な人であることに間違いはない。
だが、愛となると、それは少し違う気もするのだ。
「そうなのかい? ……まあ、何にせよ後悔だけはしないようにな」
バーボンの笑みはとても寂しそうに見えた。
彼も何かを後悔しているのだ。
ユキは刹那的にそう感じた。