赤に焦がれて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ユキは足が海に浸かった状態で、海岸に打ち上げられていた。
のろのろと立ち上がって軽く身体を動かしてみる。
幸いにも、身体のどこにも痛みはない。
ひとまず、海の反対側に広がる森に向かって歩いてみることにした。
森を奥に進めば進むほどユキは懐かしい気持ちがしていた。
だが、景色に全く見覚えはない。
もっとも、森の景色など見分けがつかないのだが。
ガサリ
茂みで何かが動いた。
「……誰か、そこにいるの?」
だが、返事はない。
風のせいかもしれない、と適当な理由をつけてユキは再び歩き出そうとした。
ガサガサ
間違いない。何かがいる。
ユキは意を決して茂みをのぞき込んだ。
そこには、トカゲを少し大きくしたような生き物がいた。
くりっとした瞳は真っ赤で、ウロコに覆われた皮膚は
太陽の光でギラギラと目に眩しい。
「……迷子?」
奇妙な生き物は首を傾げるようにユキを見た。
「キュイ?」
その鳴き声は小鳥のさえずりのようにも聞こえる。
だが、この四足歩行をする生き物が鳥であるはずもなく。
放っておけばいいものの、無性に気になって、ユキは恐る恐る奇妙な生き物を抱き上げた。
「キュキュ!」
生き物は嫌がる様子は見せず、むしろ喜んでいるようだ。
「もうちょっと警戒心もちなよ」
あまりにも無邪気な生き物に、ユキは母親のような気持ちで声をかけた。
言葉が通じていないからこそ言えた部分が大きいが。
「あんた家族はどうしたの? はぐれちゃった? それとも元々一人なの?」
いつも以上にしゃべる自分に気づいて、今、とても不安なのだと自覚した。
「……シャンクス」
「キュイ?」
真っ赤な瞳の中には、強張った表情のユキが映っていた。
◆
ふと、影が差した。
空を見上げてユキは開いた口が塞がらなかった。
木々の間から覗くトカゲの頭。
赤い瞳がこちらをギロリとにらんでいる。
「え……」
しかし、そのトカゲの頭はユキが瞬きをする間に消えてしまった。
「あんたは何か知ってるの?」
「キューイ」
奇妙な生き物は楽しそうに鳴いた。
そういえば、さっきの生き物と今この腕に抱く生き物。似ていた。
同じ種族であることは間違いない。
「あなた、ここらじゃ見かけない顔ね」
突然、人の声が聞こえた。
バッと振り向くと、林の中からひとりの女性がゆっくりと現れた。
「お家は? この辺りに住んでいるのかしら?」
まずい。
ようやく出会えた人間のはずなのに、ユキは本能的にそう感じ取った。
「あたしは、えっと……」
キョロキョロと視線だけ動かして辺りを観察する。
おそらくこの周辺にこの女性以外の気配はない。
何か悪いことが起こる前にこの奇妙な生き物を仲間の元へ返してやらなければ。
「散歩、してただけ……」
ジリジリと後ずさりをして距離を取ろうとするが、女性も大股で近づいてくるので一向に間合いは取れない。
「この辺りは危険な動物が住んでるのよ。さあ、こっちにいらっしゃい」
「大丈夫、です!!!」
ユキは思わず走り出した。
パキパキと小枝を踏み荒らしながら森の中を駆け抜けた。
ようやく森を抜けたところで、ユキの足はピタリと止まった。
目を疑うような光景に、口を開けて眺めることしかできなかった。
「嘘でしょ……」
そこは、奇妙な生き物の楽園だった。
巨木のような脚、見上げるほどの図体のものがいれば、ユキと同じくらいの背丈のもの、膝ほどの高さしかないものがいる。。
すべてに共通するのはギラつく赤い瞳とウロコに覆われた身体だ。
驚くべきことは、その数だ。
ザッと見ただけでも数十匹はいるだろう。
「あなた、ただで帰れるとは思わないことね」
いつの間にか、背後に先ほどの女性が立っていた。
「!!?」
ユキは慌てて距離を取る。
「どうやってやって来たのかは知らないけれど、ここは人間が踏み入れることのない土地。あなたはいわゆる漂流物。ゴミは始末しなくてはね」
バキバキバキ
身構えるユキの目の前で、女性の腕が驚くべき変化を遂げる。
奇しくも、その手はユキの竜の鉤爪と瓜二つだ。
しかし、女性の変化は腕だけに留まらない。
もう片方の腕が変わったと思うと、今度は足が変化し始めた。
そうして、女性の体はすっかり周りと同じ、奇妙な生き物になっていた。
すると、ずっと腕に抱いていた奇妙な生き物がもぞもぞと動いて、ユキの手を抜け出した。
そして、目の前の生き物に向かって嬉しそうに駆ける。
いや、これらは奇妙な生き物ではない。
ユキ自身もよく知っている。
「……竜」
「あら、よく知ってるわね」
女性の竜が子どもの竜に頬ずりしながら答える。
「ここは竜の王国。汚らわしき人間は消えなさい」
ゴウ!!!!
熱い熱い、炎のブレスは周りの木々を焦がした。
ユキとしても、早くシャンクスの元へ帰りたいのだが、帰り道も手段も分からない。
「次は本気で焼くわよ」
女性の竜が大きく口を開けた。
絶体絶命のその時、
「キュイ!!!!」
ユキの前に子どもの竜が立ちはだかった。
「あら、坊や。そんなところに立ってはだめじゃない。それともあなたごと焼きましょうか?」
赤い瞳は本気だった。
「あんたの子どもじゃないの……?」
「子どもだろうと何だろうと、私の邪魔をする者は容赦しないわ」
狂気さえも感じる竜の言葉に、ユキは身体の芯から冷える思いだった。
「あんたが殺したいのはあたしでしょう!」
震える身体に鞭打って、ユキは子ども竜から離れるように駆け出した。
無我夢中に走っているうちに、いつの間にか山の中に入っていた。
辺りはひんやりと涼しく、むしろ寒気がする。
枯れ落ちた葉を踏む音が嫌に耳につく。
追ってきている気配はないが、どうしても気になりチラチラと背後を窺ってしまう。
「わっ……!!」
後ろに気を取られすぎていて、前方が疎かになっていたユキは空を踏み抜いた。
ガサガサバキバキバキ!!!!
けたたましい音を立てて、崖を滑り落ちたユキ。
「いったぁ……」
顔やら身体やら、全身切り傷だらけ。
だが、ぐずぐずしてもいられない。
今この瞬間にでも、あの竜に見つかるかもしれないのだ。
「うっ……!」
立ち上がろうとして、ユキはすぐに右に転けた。
右足に鋭い痛みが走ったのだ。
ズキズキと骨の髄から痛むようだ。
見れば、恐ろしいほどユキの右足は赤く腫れ上がっていた。
踏んだり蹴ったりな出来事に、無性に泣きたくなった。
だが、ユキは泣かない。泣けないのだ。
「早く助けに来てよ、バカ」
無意識のうちに呟いた言葉は誰にも届くことなく、木の洞が吸い込んでいった。