つかんだ虚空
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盛大な宴の翌日。
ガシャン!
大切にしていた年代物のボトルをうっかり落として割ってしまったときから、嫌な予感はしていた。
赤い液体が床に不気味な染みを作る。
「なんの音?」
荒々しい音に、ユキが訝しげに顔をのぞかせた。
「いや、なんでもないさ」
シャンクスは静かに破片を拾い集めた。
宴の次の日は、決まってみんな気分が悪い。
その上、ジリジリと照りつける太陽が船上を熱し、クルーのほとんどが船内で過ごしていた。
だからなのか、東からやって来る脅威の発見が遅れた。
あれだけ主張していた太陽はあっという間に姿を消し、代わりに分厚い雲が空を支配する。
気がつけば激しい風雨が甲板を叩いていた。
船のキッチンで談笑していた幹部とユキは、ひどい船の揺れに慌てて甲板へ飛び出した。
「大嵐だ!!」
「帆をたため!!」
「船体にしがみつけ! 振り落とされるんじゃねぇぞ!!!」
風の音に負けないように、クルーたちの大声が甲板を飛び交う。
「酷でぇ風だな」
「立ってるのもやっとだな」
「ユキ、船室に戻れ……ってどこいった!?」
「あそこだ」
遠い目でヤソップが指さしたのは、メインマストの上。
他のクルーと一緒になって帆をたたんでいる。
「また勝手に……!!」
だが、この暴風ではうまく帆をたためない。
船の揺れは益々酷くなっていく。
ユキは必死にマストにしがみつく。
ギシギシと船が軋む。
あまりの強風に帆を繋いでいたロープが嫌な音を立てて千切れた。
そして、鞭のようにしなり、あろうことかユキ目掛けて襲ってきた。
振り落とされないようにするのが精一杯で、避ける術もなく、ユキは真正面から衝撃を受けた。
吹き飛ばされた身体は船の向こう側へ。
「ユキッ!!!!!!!」
シャンクスが腕を伸ばす。
ユキもまた腕を伸ばす。
伸ばしたふたりの指先は、すんでのところで、
───交わらなかった。
◆
「ユキ! ユキッ!!」
シャンクスが船縁から身を乗り出すように海に叫ぶ。
慌ててベックマンがシャンクスの身体を引き戻した。
「くそ! 放せベックマン!」
その腕を荒々しく振り払ったシャンクス。だが、
「ここでお頭がいなくなったら残りの者はどうなる! お頭の命は、もう自分ひとりの物じゃないんだ!!」
ベックマンの珍しすぎる怒鳴り声に、シャンクスは強く唇を噛み締めた。
同時に、爪がくい込むほど右の拳を握り締める。
「ユキ……!」
──なんとか嵐を抜け、穏やかな海が戻ってきた。
しかし、船上は殺伐としている。
誰もが声を出すタイミングを見計らっているようだ。
「……おれはユキが大切だ」
初めて、シャンクスの口からはっきりとした感情を聞いた。
「大切で、大切で、大切で、戦闘なんかしてほしくなかった。だけどユキが望むのなら、と見過ごしてた。……でも! こうなるくらいなら、おれは何と思われようともあいつを部屋に閉じ込めておくべきだったんだ」
シャンクスの悲痛な叫びにヤソップが励ますように言葉を続けた。
「なにもユキを大切に思ってるのはお頭だけじゃないぜ。おれたち全員、あいつが大切だった。責任はおれたちにもある」
だが、もうどうすることもできないのだ。
荒れた海の機嫌は誰にも分からない。
絶望的な状況を突き破るように、ベックマンが明るい声を出した。
「落ち込むのはまだ早いぞ。まだ、希望はある」
ベックマンが見せたのはビブルカード。
彼の手のひらで何かに吸い寄せられるように動いている。
消えかけてもいない。
それはつまり……、
「こいつが示す先にユキはいる。ユキはまだ、生きている」
全員の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「助けに行こう!」
「ああ、もちろんだ!」
誰からともなく言葉が交わされた。
レッド・フォース号は進路を変えて、目指すはユキのいる場所へ。