つかんだ虚空
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「島だ! 肉を大量に買えよ!」
「あと酒も忘れずにな!」
宴のために、船員の半分は買出しに出かける。
ユキもそのひとりだ。
シャンクス含め幹部たちは手配書で顔が割れているので、こんな大きな島ではあまり船を降りないようにしている。
「じゃあお前ら、ちゃんとユキを見張ってろよ!」
船の上からシャンクスが命令を出す。
「任せとけって!」
そう言って大きく手を振るクルーに蹴りを入れる。
「だからあたしは子どもじゃないってば!!」
ギラリと鉤爪を見せたユキだが、クルーは笑ってかわした。
島に上陸してすぐに、ユキの目に飛び込んできたものがあった。
赤と白の縞模様の円柱型のテント。
屋根の部分だけが尖っている。
「あれは?」
指を指すと、
「ああ、あれはサーカスだよ」
「サーカス?」
「知らないのか」
こくりと頷くと、クルーは教えてくれた。
「サーカスってのはなぁ──」
詳しく説明してくれているのだが、ユキの足はフラフラとテントに吸い寄せられていく。
「──まあ、最近は見世物小屋や闇オークションの場になってるものが多いけどな……ってあれ!? ユキ、どこ行った!?」
気がつけばそこにユキの姿はなかった。
クルーはキョロキョロと辺りを見渡すが、どこへ向かったのか影すら見えない。
「まずい……、お頭に殺される……」
クルーは青ざめた顔でユキを探しに島を奔走することとなる。
◆
そのころユキは、サーカスのテントの前にやって来ていた。
窓はないので、中を覗くことはできない。
薄い布の向こうからはかすかに人の声が聞こえる。
入口付近に行くと、両側に警備員らしき男がふたり立っていた。
「おや、お嬢さん……? 招待状は持ってるかい?」
向かって右側の男が訊ねた。
ユキはなにも言わず黙っていると、向こうからボロを出してくれた。
「今日は超目玉商品のオークションだからね。限られた人しかダメなんだ」
「超目玉商品って?」
「“呪いの隻翼”さ。なんでも、本物の竜の翼らしい。噂じゃ持った者には不幸が訪れるなんて言われてるが、真実は得た者のみが知るってんだ」
「おい!!」
おしゃべり好きな右側の男がうっかり口を滑らせたことに対し、左側の男が咎めるように声を荒らげる。
しかし、ユキはそれどころではない。
呪いの隻翼。本物の竜の翼。
背中がズクリと疼いた。
まさか……。
「あ、ちょっとお嬢さん!?」
「招待状がないなら立ち入り禁止だ! 止まれ!」
警備員の声など聞く耳を持たず、ユキは男たちの腕をくぐり抜けてテントの中に侵入した。
中央は商品を見せる舞台になっており、その周りを取り囲むように観客席が設置されている。
ぱっと見る限りでは、満席のようだ。
中央のシルクハットをかぶった、いかにもな男がマイクを持った上で叫ぶ。
「さあさあ! 次が最後の商品だよ! 世にも珍しき本物の竜の翼! 持った者は呪いによって死に、他に渡されてまた死んで、巡り巡ってこの場所へ! そんないわく付きの翼! それでは100万ベリーから!!」
110、150、200万ベリーと次々と値段が上がってゆく。
中央のガラスケースに至極丁寧に仕舞われた翼。
それを見てユキは確信した。
あたしの翼だ。
ユキの頬がバキバキと変化していく。
翼が奪われたことはもう気にしてはいない。
だが、売り物にされているとしたら話は別だ。
自分の一部を呪いだ何だとのたまい、尚且つ金にしようなど。
はらわたが煮えくりかえりそうだ。
「1000万ベリー! さあ、これ以上は!?」
「2000万!」
誰かが叫んだ。
静まりかえる会場。
シルクハットの男がハンマーを叩く音だけが響いた。
「ハンマープライス! ハンマープライス! 2000万ベリーで216番が落札です!!」
閉幕の気配がする。
このままじゃダメだ。
「ちょっと待っ……」
最後を言う前に口を塞がれた。
「待つのはお前だ」
先ほどの警備員だ。
文字通り、鬼の形相をしている。
「うわ、なんだこの頬は!」
触れた頬の奇妙な感触に、警備員が手を離した。
こいつは、確か左側の男だ。
「うるさい!」
ユキは鉤爪を出そうとして、思いとどまった。
ここで竜の力を出せば、こんなオークションなど容易くぶち壊すことができる。
だが、それではシャンクスたちに迷惑がかかるだろう。
それだけは避けたかった。
避けたかったのだ。
ザンッ!!
「ギャアァァァ!!!」
血を流して倒れる警備員。
ユキの左腕は巨大な竜の腕に。
「っ! おい、大丈夫か!? こちらバート。会場内にて不審人物が出た。ギルもやられた。至急応援を頼む!!」
右側の男がすぐさま無線で連絡を入れた。
「ちっ! 余計なことを!」
身体中の血がドックドックと脈うっている。
理性など、どこかへいってしまった。
今はただ、本能に身を任せるのみ。
一振りで無線機をも壊す。
壊したところで増援は免れないが、今の状況を流されるよりはマシだろう。
「この! 大人しくしろ!!」
ガチャリとバートと名乗った男が拳銃を向けた。
「そんなもの……」
壊してやる!
そう思ったのに、身体が金縛りにあったように動かなかった。
思い出したのはあの燃えるような痛み。
「う、あ……」
血がどんどん下がっていく感覚をハッキリと感じる。
景色がぐるぐると回っている。
もう、自分が立っているのかどうかも分からない。
「なんだか分からねぇが、好都合!!」
バートが引き金に手をかけた。
「くたばれバケモノ!!」
「くたばるのはてめェだ」
ズドン!!!
白黒の世界の中に割って入ってきた声と銃声。
揺らぐ頭では現実のものかどうか定かではない。
徐々に、ユキの目に色が戻ってきた。
と、同時に今何が起こったのか理解した。
頭から血を流して地に伏しているバート。
消炎の残る拳銃をもったルウ。
自分を抱きかかえるシャンクス。
いつの間にかやって来ていた増援の警備員と戦っている仲間たち。
「みんな……」
「バカ野郎!!!! お前は一体いつになったら学習するんだ!!!」
シャンクスの本気の怒鳴り声。
だが、抱きかかえる腕は嘘のように優しい。
「……ごめん。でも、どうしても……我慢できなかったんだ……」
ユキは顔を隠すように腕で覆った。
また、迷惑をかけてしまった。
繰り返すように、ごめんをつぶやく。
謝ったところで許されるわけではないのだが。
「反省してるならいいんだ。だけど、頼むから、考えもなしに突っ走るんじゃない。せめて誰かに伝えてからにしてくれ。俺たち、ユキに何かあったらと気が気じゃないんだよ」
ユキはその言葉を噛み締めるように頷いた。
その合図を見て、シャンクスはゆっくりとユキを立ち上がらせた。
「歩けそうか?」
「……うん」
シャンクスの腕を借りて一歩一歩足を出す。
船に戻るまでの間、シャンクスはもちろん仲間の誰もユキの暴走の理由について何も聞かなかった。
なんて、心地良い。
◆◆
「ねぇ」
レッド・フォース号に戻った赤髪海賊団にユキが恐る恐る訊ねた。
「どうして、あたしがあそこにいるって分かったの……?」
「ユキのことならなんでもお見通しなのさ!」
ふふん、とウインクをキメたヤソップ。
「まあ、お頭はだいぶ狼狽えてたけどな」
「なにを。お前ら全員慌ててたじゃねぇか」
毎度毎度の言い合いに呆れたベックマンは、睨み合うふたりを放っておいて、ユキに1切れの紙を差し出した。
「これをいつも持っておくんだ」
「なにこれ」
「ビブルカードだ。本来ならば遠く離れた相手の居場所を示すものだが……、ユキにぴったりだろう。これならみんな慌てることもない」
「そこで闘ってでもしてたら意味無いけどな」
珍しい、ルウの厳しい言葉。
それだけ今回の暴走は迷惑をかけたということだ。
「……ごめん。ありがとう」
「以後、気をつけるように!」
軍曹のように威厳のある態度で言い放ったルウ。
しかし、次の口調は一転して明るくなる。
「それじゃあ、宴だぁ!」
もはやほとんどのクルーが忘れかけていたユキの快気祝いの宴。
だが、大食漢のルウが忘れるはずもない。
ベックマンが合図すると、キッチンから続々と料理が運ばれてきた。
「さあ、食うぞ! 飲むぞ!」
「全く、誰のための宴だか」
「宴はみんな平等なのさ!」
早くも肉を頬張るルウ。
「待て待て。大切なことを忘れているだろう」
シャンクスが樽のジョッキを片手に叫んだ。
「ユキの回復を祝って、乾杯!!!!」
「かんぱ〜〜〜い!!!!」
ジョッキがうち鳴らされる音。
ぐびぐびと飲み干す喉の音。
むしゃむしゃと料理を咀嚼する音。
陽気なクルーの歌声。笑い声。
誰も彼もが笑顔になる。
それはもちろん、ユキまでも。
「シャンクス、あたし今……楽しいよ」
「……ああ、おれもだ」
こうして、騒がしくも幸せな夜は更けてゆく。