つかんだ虚空
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空は快晴、波も穏やか、風も心地よく吹き渡る。
まさに絶好の船旅日和だ。
が、
「ユキ! 頼むから大人しくしてくれ!」
「大丈夫だって! ひとりでできるって!!」
朝から激しく言い合うユキとシャンクス。
しかして、その理由とは。
「赤ちゃんじゃないんだから、ご飯くらい自分で食べれるよ!!!」
「今の状態を考えろ! 両手使えないのにどうやって食べる気だ!?」
「どうにかして!!」
部屋の中にはお皿のスープを食べさせようとスプーンを構えるシャンクスと、それを全力で拒否するユキがいた。
両者一歩も引かない状態がかれこれ数十分続いている。
「スープなんだからこう、端をくわえてぐいっと……」
「それは女以前に、人として間違ってる!」
なんとか打開策を見出そうとするユキに、久々にシャンクスの天然が炸裂した。
「そもそも、なんでそんな食べさせてもらうのが嫌なんだよ。今は仕方ないだろう」
「そっ、んなの……!!」
恥ずかしいからに決まってる!
出かかった言葉はすんでのところで飲み込んだ。
抱きしめられたあの時から、変に意識してしまうのだ。
ユキが急に大人しくなったものだから、シャンクスはここぞとばかりにスプーンを近づけた。
が、すぐに拒絶される。
頑固なのもまったく困りものである。
「なにやってるんだ、お頭たち……」
あまりの騒ぎに部屋の外から様子をうかがっていたヤソップ、ルウ、ベックマンの3人。
一向に進まないやりとりにやきもきしている。
長年の仲間である彼らはシャンクスの天然さはよく知っている。
だが一方で、オトナな彼らにはユキの気持ちもよく分かっている。
「うまくいかないもんだなぁ」
ルウがしみじみと言った。
「ユキが折れてくれれば話は早いんだけどな」
「それは難しいだろうな」
「おれが食べさせにいってもいいけどな……」
「ヤソップからのほうが嫌だろ」
「それどういう意味だよ」
「そのまんまだろ」
言い合いになりかけたヤソップとルウ。
ふと、ベックマンが気付いた。
「ストローで飲めばいいんじゃないか? 味気はなくなるが」
すぐにコックからストローをもらいに行き、扉をノックする。
「埒が明かないだろう。これを使え」
ベックマンが差し出したストローに、ユキの顔にはようやく安堵の表情が浮かんだ。
ようやく食事も終わり、穏やかな昼下がりが訪れた。
動けないユキのために仲間たちが交代で部屋を訪れる。
今、ベッドの縁に腰掛け器用にリンゴを剥いているのはベックマンだ。
「みんなそんなにやってこなくてもいいのに……」
「みんなユキが心配なんだ」
ベックマンの手の中で、リンゴがくるくると踊る。
「ほら、できたぞ」
皿の上に並べられたリンゴは可愛らしい小動物を模した形に切られている。
「上手いね」
「まあ、昔はおれらが交代で料理してたからな」
「ふぅん」
「っと、そういえば腕は使えなかったんだな」
ベックマンはリンゴにフォークを刺してユキの口元に運ぶ。
シャクリ。
甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
「美味しい……」
「おれからだと食べるんだな」
ベックマンの言葉に、ユキの肩がビクリと跳ねた。
「えっ、と……! その……! ベックマンは自然な感じだったから……!!」
必死に言葉を探すユキを、ベックマンは微笑ましく思った。
「そんな慌てなくても、分かっているよ」
全てを見通すベックマンの灰色の瞳は、さも楽しそうに細められる。
「わ、分かってるって何を……!?」
ユキがお頭を好きだってことをだ。
そう、言ってやったなら、ユキはどんな反応を見せてくれるのだろうか。
いたずら心がくすぐられたが、怪我人であることに免じて、意味深な笑みを浮かべるだけに留まった。
「ま、何でもいいさ。とにかく、おれたちはいつでもユキの味方だってことだ」
「何ソレ……」
ジト目で見ても、ベックマンは何も言わない。
しばしの沈黙の後、ユキがぽつりとつぶやいた。
「あたし、もっと強くなりたい。誰かに守られる必要なんかないように、強くなりたい」
ベックマンは白髪の混じる頭をかいた。
「うーん。まあ、強くなる一番の方法はこれかな」
ベックマンが腕を前に出すと、その腕は黒光りを纏う。
「すごい。鋼鉄みたい」
「これは武装色の覇気といってな、生身より一段と威力が増すんだ。あとは見聞色の覇気ってのがあって、相手の気配をより一層強く感じることができる」
「ハキ……?」
「意志の強さの表れ、みたいなものだな。覇気にはもうひとつあって、覇王色の覇気だ」
明らかに強そうな名前にユキは瞳を輝かせたが、苦笑いのベックマンに釘を刺された。
「ただし、これは限られた人間しか持つことはできない。天性のものだ。可能性はなきにしもあらずだが、期待はするな」
「限られた人間って?」
「そりゃ簡単だ。お頭さ」
ユキは身震いした。
戦闘時のシャンクスは、まさに覇者という名に相応しい。
「覇王色は王の素質がある者だけに現れるんだ」
さすがに、自分が何かの王になれるとは思っていない。
それでも、憧れというものはある。
「……武装色だったらあたしでも身につけられる?」
ベックマンはフッと笑って答えた。
「そうくると思ったよ。もちろんだ。訓練は必要だがな」
「じゃあ……」
「ああ、教えよう。その前にしっかり休むことだな」
「ん」
「さあ、そろそろ疲れただろう。もうお休み」
ベックマンが布団を肩までかけてくれる。
「……お休み」
ユキはゆっくりと眠りについた。