境界線を越えて
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「敵襲だァ!!!!!」
そんな大声に、シャンクスとユキは飛び起きた。
ドォーン!!
腹に響く大砲の音も聞こえる。どうやら戦闘はすでに始まっているようだ。
ふたりは体当たりをするようにドアを開け甲板へ。
剣を交える音が一気に大きくなる。
「船長はどこだ! 赤髪のシャンクスを殺しにきた!!」
甲板のど真ん中で声を上げるのは、いかにも海賊の風貌をした男。
「全く嬉しくないご指名だな。おれは今ものすごく機嫌が悪いんだ!」
「ただの二日酔いでしょ」
シャンクスの隣でユキが小さく呟く。
うるせぇ、とシャンクスも口を尖らせる。
「ずいぶんと余裕だな! おれの名は……」
名乗ろうとした男の声は銃声にかき消された。
「名前なんざ聞く必要もねぇ! 3秒で沈めてやらァ!! うぅ、頭に響く……」
ヤソップだ。こちらも二日酔いで死にそうな顔をしている。
よく見れば、赤髪海賊団のほとんどのクルーが二日酔いに苦しんでいる。
こんな情けない海賊団が他にどこにあろうか。
ユキはため息をついて、攻撃をしかけに飛び出した。
「あっ、ユキ!」
シャンクスの咎めるような声は無視して、男に向かって鉤爪を振りかざす。
「うわ、なんだてめぇ!?」
切り裂こうとしたが、横から現れた海賊1に阻まれた。
剣と爪が鈍い音を立てる。
「ちっ」
短く舌打ちをして、ユキは標的を海賊1に変えた。
お互いにじりじりと間合いを計って、同じタイミングで飛びかかった。
剣と鉤爪の打ち合いが続く。
「なんだよてめぇ! さっさとくたばれ!!」
海賊1がことさら大きく振りかぶった。
彼の渾身の一撃は、ユキの竜の腕を切り裂いた。
「くっ……!」
あまりの痛みに竜の腕が元に戻っていく。
服の袖は破れ、斬られた場所から血が流れる。
もうこれで左腕は使えない。
ユキはとっさに、あの日の拳銃をホルスターから抜き出した。
しかし、拳銃を持った手を蹴り挙げられて、あっさりと武器は海賊1の手の中に。
「このバケモノがっ!」
パン!
急に右足の感覚がなくなり、崩れるように倒れる。
太腿を撃ち抜かれたのだ。
「ぅあ……!」
今度は立ち上がろうとついた腕を撃たれる。
「ぐっ……!」
ユキから流れる血が、甲板に血溜まりを作っていく。
「ひゃっはっは! さっきまでの威勢はどうした!」
男が銃口をユキの頭に合わせた。
反撃したくとも、竜の腕は使えない。
火を吹こうにも、景色が揺らぎ狙いが定まらない。
竜の力がなければ、なんてあたしは弱い……!
ユキは悔しさに唇を噛み締めた。
「死ね!」
ズドン!!!
その引き金を引いたのは男ではなかった。
口から血を吹いてゆっくりと倒れる敵。
その向こうから現れたのは、
「シャン、クス……?」
「ユキ!!!」
いつもは余裕綽々な大海賊の船長が焦っている。
それがなんだか嬉しくて、言ってみた。
「ざまァ…みろ」
ついでにべぇっと舌を出すと、予想外のことが起きた。
シャンクスがユキの体を抱きしめたのだ。
仲間同士の抱擁よりも熱く、強く。
服に血が付くことも厭わずに。
彼の腕が心地好い。
ユキも腕を回したかったが、両腕は使い物にならない。
この感情を伝えられないのがもどかしかった。
「お前が強いことは知ってる。だけど、あまり無茶しないでくれ。頼むから、おれをあまり心配させないでくれ、ユキ」
その声色に、素直に謝罪の言葉が出た。
「ごめん、なさい……」
「ほんとにだ、バカヤロウ。ユキがいなくなったらおれは……」
キーン。
激しい耳鳴りのせいで、言葉の続きが聞こえなかった。
心臓はバクバクと早鐘のように鳴り、目の前の景色が徐々に色を失っていく。
シャンクスは、最後なんて言ったの……?
世界がどんどん遠ざかってゆく。
ユキの意識はそこでぷっつりと途切れた。
◆
ガクンとユキの身体から力が抜けた。
シャンクスの腕がなければ、このまま倒れていたところだ。
「ユキ? おい、ユキ!?」
必死に呼びかけるも、返事はない。
ユキの顔色は真っ白になっていた。
「みんな、どうしよう!! ユキが!!!」
「狼狽えるなお頭! ケガ人をそんなに揺さぶるんじゃない!!」
ルウの一喝に、シャンクスは大人しく船医を待つ。
ちなみに、戦闘は宣言通り3秒でカタが付いている。
大きな救急バッグを持って駆けつけた船医。
甲板に寝かされたユキを手際よく手当していく。
「止血はした。貧血になっているが、脈は安定している。あんまり心配しなくても大丈夫だ」
船医の言葉でシャンクスは胸をなでおろした。
「よかった……」
「ところでお頭、さっきの言葉、本当か?」
ユキの無事が確認できるや否や、ヤソップがニヤニヤ顔で尋ねてきた。
キザなポーズで先ほどのシャンクスの言葉を繰り返す。
「ユキがいなくなったらおれは気が狂っちまいそうだ……! やっぱりお頭は言うことが違うねぇ!!」
「んなっ!?」
驚いて目を白黒させるシャンクス。
よく見れば、クルー全員がヤソップと同じようにニヤニヤ顔をしている。
「そんなに驚くことか。丸聞こえだったぞ」
「なんだよ、お前らだって真っ青な顔してただろう!!」
「だけどなぁ、抱きしめたりしちゃってさ!」
「仲間同士じゃよくあることだろ!!!」
珍しく顔を真っ赤にして怒鳴るシャンクス。
しかし、
「人を愛することは悪いことじゃない。だが、お頭の思いがどこにあれ、自分の立場を忘れるなよ」
ベックマンの言葉に、シャンクスは押し黙った。
そして、静かに告げた。
「分かってるよ。おれはユキを好きにはならない……なれないんだ」
自分の首にかかった賞金。
興味はないが、相当の額があるはずだ。
もし、ユキの存在が大切になってしまったら?
もし、ユキが弱点になってしまったら?
もし、それが敵にバレてしまったら?
ユキは巻き込まれた、いわば被害者だ。
本来ならばこんな戦闘に加わり、血を流すこともなかったのだ。
おそらく残ってしまう戦闘の傷跡も、背負うことなかったのだ。
ユキをこんな目に合わせたのは紛れもない、自分自身。
シャンクスは、まだ自分を許せないでいる。
◆◆
「おれはユキを好きにはならない……なれないんだ」
覚醒していない意識の中で、その言葉だけがいやにハッキリ聞こえた。
ズキリと痛む胸。
怪我の痛みとはまた違う。
「うっ……」
少し身じろぎをしただけで、四肢に激痛が走った。
「ユキ、気がついたか!? 無理して動かなくていいぞ」
薄らと目を開けると、飛び込んできたのはシャンクスの顔。
「ちょっと、近い……」
首を背けるのにも精一杯な身体の鈍さが鬱陶しい。
シャンクスの声に、仲間たちがすぐに駆け寄ってくる。
そして、すぐにベックマンの説教が始まった。
「お前が血の気が多いことは周知の事実だが、勝手に飛び出すのは止めるんだ。ユキは女の子だろう」
女の子。
その言葉に、ユキは隠しもせずむくれた。
それに気づいたベックマンはくしゃりとユキの髪をかき乱した。
「おれたちはお前をこんなところで死なせるわけにはいかないんだ。分かってくれ」
「……分かってるよ」
どれだけ彼らが自分のことを大切にしているか、嘲るために“女の子”という言葉を使っているわけではないということをユキは痛いほど分かっている。
それでも、どうしても。
ユキは彼らと対等でいたいのだ。