境界線を越えて
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レッド・フォース号では、今日も今日とて宴が行われる。ユキもそろそろこのお祭り騒ぎに慣れてきたころだ。
「おれはな、昔、幼いガキと病気がちな嫁さんを村に残して大海原に出たんだ」
酒を飲むとヤソップは決まってこの話をする。
「だが! 後悔はしていない。海がおれを呼んでいたからだ!!」
なので、今日は踏み込んでみることにした。
「本音は?」
じっとヤソップの瞳を見つめると、彼はうっと苦虫を噛み潰したような顔をした。
「本当に後悔はない。……ただ、たまに考えるんだ。家族を置いていくような親父を息子はどう思っているのか……」
ヤソップらしくない萎びた声に、ユキは戸惑ってしまった。
「……大丈夫だよ」
自分で聞いておいて、月並みなことしか言えないことが腹立たしい。
「もし、あたしがヤソップの子どもだったら……嫌いになんかならない。自分の夢を追いかける父親は、かっこいいよ……!」
しどろもどろになりながらも、ユキなりの答えを伝える。
そんなユキを見て、ヤソップは荒っぽくユキの頭をなでた。
「優しいなぁ、おめェは」
首がもげそうな力強さに、ユキは上が見えない。
だがそれは、照れた顔を見られないためだということはなんとなく分かった。
「どうせならおれもこんなかわいい娘が欲しかったよ」
冗談交じりのヤソップの言葉に周りのクルーがすぐさま反応した。
「お前がユキの父親じゃ役不足だ。おれに任せときな」
「いやいや、お前じゃユキがかわいそうだ」
「なにを!?」
白熱しそうになった口論を、ユキが静かに鎮圧した。
「悪いけど、あたしの父さんはひとりだけだよ」
いくら冗談でも、これだけは譲れないのだ。
誇り高き竜。
それがユキの父親だ。
「悪かった。ただの冗談だから気にしないでくれ」
あっさりと非を認めることができるのが、ヤソップのすごいところだ。
なので、いつもユキは口ごもってしまう。
「いや……あたしも、ムキになってごめん……」
「いいってことよ!」
「それはお前が言うセリフじゃないだろう」
ベックマンの苦笑交じりのツッコミに場の空気はすっかり入れ替えられた。
「そういやさ、ユキの父さんってどんな人……いや、竜なんだ?」
唐突にルウが訊ねた。
「写真で顔は分かってるけど、それ以外なんも知らないし」
「お前……!」
シャンクスが慌ててルウの口を塞ぎに行く。
その慌てぶりから、ユキは、「ああ、気遣われてるなぁ」とひとりごちる。
もう、気遣わなくても平気だよ。
そんな意味を込めて小さく笑った。
「父さんは、優しくていつも笑ってた。厳しいところもあったけど、怒鳴ったことは一度もなかった……」
在りし日の父の姿を思い浮かべて、言葉が詰まりそうになる。
そこをなんとか堪えて続けた。
「それがあたしの誇りで、目指すべき存在。男手ひとつであたしを育ててくれて、人間としての生き方を教えてくれた。自分は竜で、人間のことなんか何も分からないくせに……」
そんな父が殺されたとき、ユキの心はどれだけ張り裂けそうになったことか。
あの日のことは今でも鮮明に記憶に残る。
だが、それは今ここで語ることではない。
自分の暗い過去でこの宴をぶち壊す気になどなれない。
「ユキの親父さーん!」
突然、シャンクスが夜空に向かって叫んだ。
「ユキは必ずおれたちが家に送り届けるからなー!!」
そして、星に向かって大きく手を振る。
その幼い子どものような仕草に苦笑する。
「何やってんの」
「親父さんへのメッセージだよ。ユキはおれたちが守るから心配すんなって」
「なにそれ」
呆れたように言ったが、内心嬉しかったのは秘密だ。
シャンクスの満面の笑みに、ユキもつられて顔を綻ばせた。
◆
宴も終わりに近づいたころ、シャンクスの姿が見えないことに気づいた。
いつもはベックマンに強制終了させられるまで呑んだくれているはずなのに、どこへ行ってしまったのか。
そして、ふと気づいた。
「……なんであたしシャンクスを探してんの」
彼の姿が見えないだけで、探してしまうなど……。
意地っ張りなユキは、この感情を恋とは認めていない。
乙女思考を鎮めるために、人気の少ない船尾へと回った。
しかし、そこには酒瓶を抱えてぐーすかと眠る赤髪が。
酒に強いシャンクスにしては珍しいことだ。
余計な心配かもしれないが、こんなところで寝ていては風邪を引いてしまうかもしれない。
「ねぇ、シャンクス。こんなところで寝ないでよ」
肩を揺すって声をかける。
「う〜ん、ユキか。こんなところで何してんだ?」
「それはこっちのセリフ。ほら、風邪引くから寝るなら部屋戻りなよ」
「分かった分かった」
よいしょ、と掛け声を上げて立ち上がったシャンクス。だが、ふらふらと足元がおぼつかない。
「おっとっと……」
「あ、ちょっと……!」
倒れかけたシャンクスの腕を咄嗟に掴んだユキ。
しかし、力の入ってない男の体重を支えられるわけがなく、ユキも一緒に倒れ込んだ。
必然的にユキはシャンクスに覆い被さることとなる。
「ごめん……!!!」
慌てて離れるも、胸の鼓動は抑えられない。
落ち着け落ち着け落ち着け!!!!
必死に暗示して、呼吸を整える。
今のユキにとって、竜の頬は厄介以外の何物でもない。
しかし、次の瞬間、ユキは石のように動けなくなった。
先の衝撃でシャンクスの肩から落ちたマント。
初めて目の当たりにする左の虚空。
邪魔にならないようくくった袖が、現実を知らしめていた。
ユキの視線に気づいたシャンクスは、すぐに起き上がってマントを肩にかけ直した。そして、少し困ったように笑った。
「悪い。嫌なもん見せちまったな」
即座に頭を振るユキ。
「全然、嫌じゃない。嫌じゃないよ」
みんなあたしの異形を嫌がらなかったんだ。あたしが嫌がるわけがない。
無意識のうちに、ユキはシャンクスの左肩にそっと触れた。
「……大変じゃなかった?」
“大変”などという言葉では到底言い表せないだろうが、気づけば言葉が口から滑り落ちていた。
「まあな」
シャンクスはあっけらかんと言った。
「昨日まであったものが失いんだ。そりゃ戸惑うさ。最初は歩くのも精一杯でな。だけどみんなには迷惑かけたくないし、何よりルフィの心にもう傷はつけられない」
ユキの手に重ねるように左肩を掴んだ。
「でも、後悔はしていない。もしあの瞬間に戻れたとして、おれは同じ道を行くよ」
掴む手に力がこもる。
だが、シャンクスも無意識のことだったのか、慌てたように手を離した。
なので、ユキもパッと肩から手を離した。
生まれた沈黙を破るように話題を作る。
「……そんなにルフィってすごい子なの? 懸けるくらいに」
「なに、ユキ。嫉妬か?」
ニヤニヤ顔のシャンクスに竜の腕を出してみせると、真顔に戻った。
「あいつは、海賊王と同じこと言ったんだ。安心したよ。船長の意思はこんなところで受け継がれてるのかと。おれが尊敬する大海賊を殺すわけにはいかないだろう」
「シャンクスは意思を継いでないの?」
海賊王のクルーだったのに。
その言葉はなんとなく飲み込んだ。
「うーん、ちょっと違うんだよなァ」
曖昧に言葉を濁すシャンクス。こういうときは絶対に何も答えてくれないことをユキは知っている。
仕方なく話題を変えた。
「じゃあさ、ワンピースは目指さないの?」
ひとつなぎの大秘宝、ワンピース。
海賊はみなこれを求めて海に出たのだと思っていた。だが、シャンクスの口からこの単語を聞いたことがない。
「おれはこの広い海を信頼できる仲間とじっくり見て回れたらそれで充分だよ」
「ふぅん」
その“信頼できる仲間”に自分も入れていたらなぁ。
なんて、浮ついた考えはすぐに消した。
「ふわぁーあ。そろそろ寝るか」
シャンクスの大あくび。
つられてユキも大あくび。
ふたつの吐息は熱気の残る宴の夜に溶け込んだ。