埋まらない溝
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トントン。
ドアをノックして入ってきたのはユキだ。
中を窺うように、恐る恐る入ってくる。
「何の用……?」
「え?」
身に覚えのない質問にシャンクスは聞き返した。
が、すぐにベックマンの差し金ということに気づいた。
ユキの性格を考えて強行手段に出てきやがった。
つまり、早く仲直りしろとのことである。
しかし、シャンクスは困ったことに原因が分からないのだ。
なぜ、ユキは怒っているのか。
それが分からないことには、仲直りしようともできない。
こうなったら、
「ユキ。お前が何に怒っているのか知りたいんだ」
単刀直入に尋ねると、明らかにユキは嫌な顔をした。
「別に……」
「別にじゃないだろ!」
もう、曖昧には済まさせない。
嫌われる覚悟で聞き出すつもりだ。
ユキの肩を掴んで瞳をのぞき込むと、ユキの頬がパキパキと竜のウロコに変わっていく。
これは、どういう感情なんだ……?
感情が昂ると、怒りでも喜びでもユキの頬は変わってしまう。
この状況で喜びはありえないか。
冷静に考えて、シャンクスはユキの言葉を待った。
そうしてユキの口から出たのは、
「……マキノさんって、だれ……?」
◆
ユキは恥ずかしさで死んでしまいたいくらいだった。
いっそ誰か殺してくれ!!
心の中でそう叫ぶくらいには。
寝ているシャンクスの口からこぼれた女性の名前。
それに嫉妬するなど、
まるで、シャンクスに恋しているみたいじゃん。
“恋”
その単語が思い浮かんだとたん、早鐘のようになっていた鼓動が嘘のように落ち着きを取り戻した。
代わりに、顔が一気に赤くなるのが分かった。
「ありえないありえないありえないありえないありえない……」
ブツブツと繰り返していると、不審に思ったシャンクスがユキの額に手をおいた。
「大丈夫か? 顔も赤いし、熱でもあるのか」
「っ!!」
驚いて、その手を思い切り振り払った。
バシンと乾いた音が鳴る。
ユキは息を飲んだ。
しばしの沈黙。
しかし、シャンクスは何も無かったように、
「それより、お前そんなことで怒ってたのか」
そう言った。
「マキノさんは、おれたちが東の海を拠点にしてたころお世話になった酒場の店主だよ」
あまりにもあっさりとした答え合わせに、ユキは余計に恥ずかしくなった。
「気前のいい人でな、いつかユキにも会わせてやりたいな」
わしゃわしゃと荒っぽい手つきで頭を撫でる。
「ちょっ……やめてよ……」
「悪い悪い」
と言うものの、シャンクスは一向にやめる気配がない。
仕方なく、ユキは受け入れることにした。
「……東の海ってどんなところ?」
書物では平和な海だと書かれているが、実際にそうなのだろうか。
「いいところだぞー。とくにフーシャ村、おれたちが拠点にしてた村は良かったぞ。面白いガキもいてな」
「面白いガキ?」
「ああ。ルフィって言うんだ」
シャンクスは目を細めて、今は何もない左腕を見つめた。
「ルフィ……?」
「東の海にいたのはもう何年も前だからな。歳はユキより少し下か、同じくらいか。ガキのころから海賊になりたいってうるさくてな。力も何もないくせに、意志だけは強くて……」
シャンクスはここではない、どこか遠くを見ているようだ。
「……その子に腕を……?」
そう口に出して、後悔した。
聞かれたくない過去に決まっているのに。
シャンクスはあたしに何も聞かなかったのに。
なのにあたしは……。
「ああ。だからおれはルフィと約束したんだ。立派な海賊になって、おれの大事な帽子を返しに来いってな」
だが、シャンクスはあっけらかんと答える。
「帽子?」
「あ、そうか。ユキは知らなかったな──」
シャンクスは昔、かの有名な海賊王、ゴールド・ロジャーの船に見習いとして乗っていた。
そして、自分の船団を率いるときに、ロジャーの麦わら帽子を受け取ったのだ。
「……そうなんだ」
ユキも一度は耳にしたことがある。
世界一の犯罪者、海賊王ゴールド・ロジャー。
この大海賊時代を作り上げた男だ。
まさか、シャンクスが彼の船に乗っていたとは。
ユキは無意識のうちにシャンクスの顔を見つめていた。
その視線がムズ痒くなったのか、
「じゃあユキ。これで仲直りだな」
半ば無理やり話を終わらせた。
ユキとしてはケンカをしていたつもりはないのだが、これ以上ギクシャクするのは嫌なので、静かに頷いた。
「あと、ひとついいか?」
シャンクスは人差し指を伸ばした。
「笑顔ってのは、作るもんじゃない。自然となるものなんだ」
「自然と、なる」
言葉をなぞるようにゆっくりと繰り返す。
「そう、なるんだ。無意識のうちにふっとな」
「簡単そうに言わないでよ」
無理なものは無理なんだ。
「まあ、焦らなくていいさ。時間はあるんだから」
「……努力はしてみる」
「ああ」
ぐしゃぐしゃとユキの髪の毛をかき混ぜて、シャンクスは優しく微笑む。
胸の鼓動とともに、感じていた溝が埋まってゆく。