埋まらない溝
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窓から差し込む朝の日差しが眩しくて、寝返りをうとうとしたら身体が動かなかった。
何事かと思い目を開けると、目の前に幸せそうに眠るシャンクスの顔があった。
ユキは驚いて頭を仰け反らせた。
ガン!
「いったぁ……!」
したたかに壁に頭をぶつけた……と思ったら違った。
これはベッドの脚だ。
どうやらユキは、夜中の間にシャンクスの抱き枕となり、彼の寝相の悪さに伴い、床に落ちたらしい。
「ねぇ、ちょっと離してよ」
怒鳴ればいいものの、この幸せそうな顔を見ると何となくそれは憚られて、ユキの声はヒソヒソ声となる。
シャンクスは一向に起きる様子がない。
むしろユキを抱きしめる腕を強めて、寝言を言った。
「う〜ん、マキノさん。……いいだろぉ…むにゃ……」
ズキン!
急に心臓が押し潰されたかのように痛んだ。
ユキの知らない痛みだ。
「何これ……」
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
息が苦しくなる。心臓がもたない。
もう、お願いだから……、
「離せっ!!」
鉤爪をブスリとシャンクス顔に突き立てた。
「ギャアアアア!!?」
顔面を押さえてのたうち回るシャンクス。
その隙に、ユキは腕を逃れて部屋を出た。
短い廊下を歩いていると、悲鳴を聞きつけたのであろうベックマンが船室に入ってきた。
「おはよう、ユキ。お頭はどうしたんだ?」
うっ、と言葉に詰まるユキ。
「……部屋に行けば分かるよ」
怒られるのは、後でいい。
それだけ呟いて、ドアノブに手をかけたところで言い忘れていたことを思い出した。
「おはよう、ベックマン」
◆
ベックマンが、今はユキとシャンクスのものとなった部屋に入ると、額から血を流すシャンクスが目に飛び込んできた。
悲惨な状態にも関わらず、彼は幸せそうな顔をして眠っている。
「お頭、そろそろ起きろ」
肩を揺すると、
「ゔっゔ〜ん」
呻き声のようなものをあげて、むくりと起き上がった。
「お前が起こしにくるなんて久しぶりだな」
ボサボサの赤髪をかきむしるこの男は、今自分の身に何が起こっているのか分かっていないようだ。
大きなあくびをひとつして、キョロキョロと辺りを見回した。
「あれ、ユキは?」
マヌケな発言に、ベックマンはため息をついた。
「すごい顔をして甲板に行ったよ。お頭、また何かしたんじゃないのか?」
「またってなんだよ、またって!」
「お頭はユキを怒らせる天才だからな」
感情を表に出せるほど懐いている、とも考えられるのだが、ユキが聞いたら全力で否定しそうだな、とベックマンは心の中で苦笑いした。
「……夜中、酷くうなされていたんだ」
突然のシャンクスの真剣な声に、ベックマンも心を引き締めた。
主語はないが、誰のことを言っているのか明白だ。
「あいつは一時的な船の一員だから、全てを打ち明けろとは言わねぇ。だけど、ここにいる間くらい、あいつの抱えるものの少しくらいは持ってやりたいと思うんだ」
だが。
シャンクスは自分の手のひらを見つめて、握りしめた。
きっとまだユキはこの手を拒むだろう。
◆◆
「ユキ。お頭とケンカしたらしいじゃないか」
ヤソップがユキを肘でつつく。
船のネットワークは凄まじい。
ものの数十分で船で起こった出来事は全クルーに伝わってしまう。
「別に、ケンカじゃない……」
そう、あれはケンカではない。
ユキの一方的な当てこすりだ。
「じゃあちょっとお頭呼んできてくれよ」
「え゛」
あからさまに嫌そうな顔をしたユキに、ヤソップはにやにやと煽る。
「ほら、やっぱりケンカしてんだろ〜。早く仲直りしとけよ〜」
あまりのしつこさに、苛立ちを隠せないでいると、
「そのくらいにしといてやれ」
ベックマンが静かな圧でヤソップを止めた。
彼の視線は怒鳴られるよりよっぽど怖い。
「分かったよ。悪かったな、ユキ」
あっさりと自分の否を認めたヤソップ。
「……いいよ」
もごもごと口の中でユキも許した。
船という狭い空間で誰かがケンカしていては、この船全体の雰囲気が悪くなってしまう。
ヤソップはそれを心配してユキにしつこく言っていたのだ。
ユキもそのあたりの機微は分かっている。
「それと、ユキ。お頭が呼んでたぞ」
ベックマンの言葉にもユキはだんまりを決め込む。
「……」
「少しの拗れが大きな歪みに繋がることもあるんだぞ」
ベックマンの深みのある声に、ユキは渋々と頷いた。
「船長室にいるからな」
ここまで言われてしまっては、行くの選択肢しか残されていない。
ユキはゆっくりと踵を返した。