笑顔の在り処
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「どーも! ○●です!」
「最近めっきり暑くなりましたなぁ」
「まだ冬真っ盛りですねぇ。それ言っときゃ済むと思うなよ」
今、船の上ではワノ国出身のクルーによるマンザイが行われている。
マンザイはワノ国の伝統芸能だという。
その絶妙な掛け合いに皆、笑いが止まらない。
ユキも一緒に楽しんでいたのだが、
「ユキって笑わないよなァ」
シャンクスの言葉がグサリと突き刺さった。
「今も笑ってるじゃん。ヤソップの落書きの時だって……」
「いや、なんて言うか……」
「笑顔が硬く感じるんだよ」
どもった続きを、ベックマンが引き継いだ。
「それ! それだよ。ユキの笑顔は心からの笑顔じゃないんだよ!」
「何それ」
と、言いつつも、彼らが言いたいことはなんとなく分かっている。
楽しいはずなのに、いざ笑おうとすると引きつってしまう。
どうしても笑顔が作れないのだ。
その原因はユキにも分からない。
これ以上詮索されたくないので、
「あ、今日、倉庫の掃除頼まれてたんだ!」
急ぎ足で船底に向かった。
あからさますぎるとは思ったものの、掃除を頼まれたことは事実だ。
「ああ、そうだったな」
ベックマンには勘づかれていそうだが、あっさりと見逃してくれたので、ユキは気にしないことにした。
梯子を伝って船底に降りると、三方面に巨大な扉がある。
向かって右が武器庫、正面が食料庫、左が倉庫だ。
よく物を出し入れする武器庫、食料庫とは違い、物置部屋となった左の部屋には、何が入っているのかクルーたちも分からないという。
意を決して扉を開くと、予想以上のガラクタで溢れかえっていた。
「これはヒドイ……」
所構わず投げ込まれた荷物たちが、山のように積み上がっている。
おそらく、これまでの航海で見つけたお宝の残骸だろう。
昔はきちんと整理されていたのだろう棚には、埃を被ったビンが並べられている。
中に何が入っているのか想像もしたくない。
「まずは分別だね」
このまま何でもかんでも放り込んでいたら、いつか船は沈んでしまうだろう。
燃えるゴミの袋と燃えないゴミの袋を用意する。
タオルで鼻と口を覆い、よしっ! と気合いを入れた。
掃除を始めて半時。
何年分もの色褪せた新聞を運び出そうと退けたところ、一冊の本が見つかった。
表紙の絵に惹かれて手に取った。
淡いピンク色の背景に、ひとりの女の子を囲むように7人の妖精が描かれている。
こんな可愛らしいものを、あのむさ苦しい男たちの誰が読むというのか。
内容が気になって、パラパラと捲ってみた。
実のところ、ユキは本が大好きだ。
ファンタジーでも、冒険ものでも、ミステリーでも、SFでも、恋愛ものでも、純文学でも、何でも読む。
本を読むことで、ユキはいつでも色々な世界に行けた。
いつだってユキは主人公になれた。
中でも一番好きだったのは、お姫様が王子様と素敵な恋をするお話。
柄ではないことは分かっているが、羨ましかったのだ。
みんなから愛されて、守られる、お姫様が。
まあ、そんな思いはとうの昔に捨ててしまったが。
その本は意外や意外、お姫様と王子様の恋物語。
だからこそ誰の持ち物か一層気になった。
しかし、物語はなかなか面白く、掃除のことも忘れ読みふけっていると、
「ユキ!」
シャンクスの大声が聞こえた。
「!!」
怒られたのだと思い、慌てて本を閉じて立ち上がる。
と、同時に、船が大きく揺れた。
「えっ」
突然すぎて踏ん張ることも出来ずに、壁にぶつかる。
その衝撃で積み上がったガラクタたちがぐらりと傾いた。
視界に影が差した。
ガラガラガッシャーン!!!
金属のぶつかる耳障りな音が響いたが、痛みはない。
そろりと目を開けば、入ってきたのは鍛え上げられた腹筋。
「シャン…クス……?」
「大丈夫か、ユキ?」
頭の上から声がかかる。
視線を上に向けると、ユキに覆いかぶさるように壁に手をついたシャンクスがいた。
「大丈夫……」
に決まっている。
だってシャンクスが守ってくれたのだから。
守られるなんて、それはさながら……。
忘れていたはずの思いに至ったことに驚いて、ユキは強く頭を振った。
「それより、シャンクスこそ大丈夫なの?」
「大丈夫に決まってるだろ」
見くびるな、と頬をつねられた。
またこんな子ども扱いを……!
パシンとその手を叩いて、
「何があったの?」
シャンクスの服に着いた埃を払いながら尋ねる。
「急にイカの海獣が現れてな。もうデカイのなんの」
シャンクスはユキの手を取って立ち上がらせた。
「じゃあ、スルメにしてあげる」
「お! 酒のツマミに最高だな。……けど、一層汚くなったな」
シャンクスは散乱した部屋を見回して、頭をかいた。
「いや、そうでもないよ」
手近な床の上の分別はあらかた終わっていたが、奥に積み上がったガラクタは全く片付いていなかったのだ。
「そうか? ま、今日の所はこれくらいにして、一先ずイカを炙るぞ!」
「うん!」
先にユキが梯子に手をかけた。時に、あの本を一緒に持ってきていたことに気づいた。
すぐに置いていこうとしたのだが、
「何だこれ?」
それより先に、シャンクスがひょいっとユキの手から本を取る。
「……掃除してたら見つけて、読んでた」
本当は、バレたくなかったのに。
「へぇ。こんなの誰が持ってたっけ? それより、ユキは本が好きなのか」
本が好きだなんて、
「……似合わないでしょ」
口を尖らせたユキに返ってきた言葉は、意外なものだった。
「そんなことないだろ。おれだって本くらい読むさ」
瞳を輝かせたユキだが、
「まあ、数行で寝ちまうけどな!」
ガハハと笑うシャンクスに、その輝きは一気に失せた。
「……今まで退屈じゃなかったか?」
「全然」
ユキは即答した。
赤髪海賊団は皆陽気で、楽観的で、毎日が宴状態だ。
その上お節介で、嫌でも構ってくる。
退屈するわけがない。
「そうか」
今度こそ、ふたりは甲板に上がった。
「お頭、ユキ! 遅かったじゃねぇか!」
ルウが巨大なうねる触手と格闘しながら叫ぶ。
イカはハンマーのように自らの足を叩きつけ、クルーを絡めとり、ぶん投げる。
「みんな! 下がって!!」
ユキは巨大イカの目の前に躍り出た。
ユキの背丈と同じくらいのギョロギョロとした真っ黒の目を睨む。
イカもユキの姿をその目にを捉えた。
何本もの足が一斉にユキを襲う。
ゴウッ!!!
最大火力のブレスがイカを炙る。
「グギャアアアアアアア!!!!!」
鋭い断末魔を上げて、イカはみるみるうちに縮んでいく。香ばしい匂いもしてきた。
しかし、イカは最後の力を振り絞って、大量のスミを吐いた。
黒い雨がレッド・フォース号に降りかかる。
「ぶわっ!!」
「きったねぇ!!」
「くっさ!!」
船上はまさに阿鼻叫喚。
一番被害を受けたのは、イカの正面にいたユキだ。
頭の上から足の先までスミで真っ黒。
「ゔぇっ……」
およそ女子とは思えない声で呻いたユキに、仲間たちは大爆笑した。
ユキに美味しいところを持っていかれた腹いせでもある。
「あっはっは! ユキ、やったじゃないか。そのまま魚拓ならぬ、竜拓が取れるぞ!!」
特にヤソップは落書きの件もあり、余計に煽る。
「うるさいうるさいうるさーい!!!」
ユキはスミを散らしてヤソップを追いかけた。
「しかし、こうも汚れちゃあ、まずは風呂だな」
ベックマンが自分に付いたスミを拭いながら言った。
船に風呂というものはない。
普段は樽に溜めた雨水で身体を洗っている。
しかし、スミを落とすとなると、大量の水が必要になるだろう。
「次の島に着いたら銭湯探すぞ」