優しさは、いらない
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──キュウキュウ。
いつもと違う鳥の鳴き声にユキは目を覚ました。
「……朝」
寝ぼけ眼でベッドから這い出し、顔を洗おうと部屋を出た。
とたんに潮の香りに包まれて、ここが船─それも海賊船─の上だということを思い出した。
「おはよう、寝ぼすけ。頭すごいことになってるぞ」
朝一番にそうヤソップに言われた。
ぶすっとした顔で適当に手ぐしで整える。
「待て待て。ユキは女の子なんだから」
どこからともなく現れたベックマンが、ポケットから櫛を取り出してユキの髪をすき始めた。
「自分でやる!」
子ども扱いするな! と睨んでもベックマンは笑顔でかわした。
「おーい、ユキ。朝メシまだだろ?」
そこへ、ルウがサンドイッチの山盛りになった皿を担いでやって来た。
「あたしこんなに食べないよ」
「残ったらおれが食べるって」
むしろ残してくれ、と言わんばかりに口からヨダレが垂れている。
ユキは手にひとつずつ持って、残りは全てこの大食漢にあげた。
まるで飲み物のようにサンドイッチを食べるルウを横目に、ベックマンに訊ねた。
「ねぇ、あたしが手伝えることって何かある?」
服と食べ物、寝床を与えてもらって何も返せないのは、ユキのプライドが許さない。
かと言って、航海術も帆走術も何も知らない。
仕方なく、訊ねるしかなかったのだ。
そうだな、とベックマンは顎に手をやった。
「だったら、掃除を頼めるか?」
「うん」
一人暮らしは長かったので、家事は一通りできる。
ベックマンに連れてこられたのは、クルーたちの寝室だという。
天井からはハンモックがいくつも吊り下がっているが、それだけでは足りないのだろう。
床にも沢山布団が散らかっている。
「こうも男所帯だとな、掃除っていう概念がなくなってくるんだよ。だが、おれもそろそろ綺麗な部屋で寝たいしな。助かるよ」
ユキは耳をうたがった。
「ベックマンもここで寝てるの?」
彼は副船長なのだから、個室くらいあると思っていた。
「ああ。一人ひと部屋なんてスペースはないからな。この大人数だと余計に」
「じゃあ、あたしの部屋は……?」
ここと同じくらいの広さがあるあの部屋は、大きなベッドが置いてある。
海賊船に客室があるとも思えない。
明らかに違いが分かるあの部屋は、もしかして……。
「お頭の部屋だよ」
「っ!!」
まさか、関係のないベックマンに当たるわけにもいかないので、然るべき人を見つけに踵を返した。
掃除のことはすっかり頭から消えている。
何でもお見通しなベックマンはユキの背中に声をかけた。
「あんまり怒ってやるなよ。お頭もユキのことを考えてだな……」
「だからだよっ!」
ベックマンの言葉を遮るようにしてユキは怒鳴った。
大頭がクルーに部屋を譲る。
普通はそんなこと有り得ない。
シャンクスなりの気遣いなんてことは分かっている。
だからって……、
◆
甲板に、青い海と対照的な赤髪を見つけた。
シャンクスもユキに気づいて手を挙げたが、それを無視して怒鳴った。
「あたしを、特別扱いするな!!!!」
他のクルーと同じように接して欲しかった。
優しさなどいらない。
そんな優しさを投げかけられて、彼らに心を許してしまいそうになるのが怖いのだ。
相手は海賊。
ユキの敵。
いつ手のひらを返されるか分からない。
なのに、ズカズカとユキの懐に踏み込んでくるこの海賊たちを嫌いになれない自分がいるのだ。
仕方ないじゃん。
だって、いくら突っぱねても構いにくるんだもん。
だって、異形の姿について何も聞かないんだもん。
今まで誰も、そんなやつはいなかったのに。
嬉しいって、思っちゃうじゃん。
これを嫌いになれというほうが難しい。
「そうは言っても、あんな大勢の男の中で女ひとり寝かせるのは道徳的にもなぁ」
「海賊が道徳とか気にしなくてもいいでしょ」
「まあ、単純におれが心配なんだよ」
ほら、またこういうところが。
ユキの頑なな心を解いていく。
「……シャンクスって父さんみたい」
「……せめて兄さんにしてくれよ」
おそらく、ユキの意味合いとシャンクスの意味合いは違っている。
だが、ユキは説明してやらない。
苦笑いでわしわしと頭を撫でるシャンクスの手つきは、父親と似ている。
だけども少しだけ、親子のものとは違うような気もした。
シャンクスへの怒りはいつの間にか消えていた。