こもれび
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「かっちゃん! 今度の日曜日、暇でしょ! 買い物に行くよ!」
梅なのか桜なのか、見分けの付かない桃色の花が窓の外で揺れている。
そんなある日の午後。
部屋のベッドで寝転がっていた爆豪に、そう宣言した優香。
満面の笑みを浮かべるその顔は、やんちゃな少年のようにも見える
「何でてめぇが俺の予定を勝手に決めてんだ」
ただでさえ吊っている目尻がさらに吊り上がる。
だが、優香には彼を手なずけることなど朝飯前だ。
「えー、いいじゃん! あ、そっか。かっちゃん人混み苦手だよね」
「んだとコラ! 誰が苦手だよ! 人混みなんざ蹴散らしてやらァ!!」
やっぱかっちゃんチョロいわぁ。
と、優香はニヤニヤするのを必死に堪える。
ここで笑ってしまえば、爆破されるのは目に見えている。
「決まりね! じゃあ日曜の午後1時に玄関で!」
それだけ言うと、優香はさっさと出ていってしまった。
まるで台風のようだ。
インターネットが普及している現代に、わざわざ直接約束を取り付けに来る女。
爆豪のもう一人の幼なじみである。
「めんどくせー女」
そう言いつつも、きっちり5分前には集合場所に来ているのが爆豪勝己という男である。
◆
そして約束の日曜日。
「お、さっすが! かっちゃんはいつも早いよね」
優香が1時丁度に家を出ると、爆豪は塀にもたれるようにして待っていた。
「てめぇが遅いだけだ、ノロマ」
「なるほどその発想はなかった。それじゃあ行こっか」
爆豪の嫌味ったらしい言葉も、のらりくらりとかわしていく。
何も考えていないのか、はたまた計算の上なのか。
「かっちゃんとの買い物久々だね〜」
ウキウキと足取り軽く前を歩く優香。
爆豪は面倒くさそうにポケットに手を突っ込んで歩く。
「ったく、何買うんだよ」
「この機会に新しいカバン買おうと思って。リュック登校憧れてたんだー!!」
くるりと体を反転させて、爆豪と向かい合うように後ろ歩きを始めた優香。
まだ見ぬリュックサックに思いを馳せて、どんな色がいいだの形はどうだのと一方的に話す。
「おい、ちゃんと前向いて歩けよ」
「だって、かっちゃんが後ろ歩いてるから」
「俺は、危ねぇから言ってんだよ」
「何だかんだ、かっちゃんって優しいよね」
荒々しい見た目と言動。
傍若無人な態度を取るが、その裏に隠された彼の信念。
幼なじみの自分だけが理解している爆豪の優しさ。
それが、どこか嬉しいのだ。
「……帰る」
「わー!! うそうそごめん! いや、優しいって言われて怒るのもよく分かんないんだけど、とりあえず謝るから一緒に行こうよ!!!」
慌てて爆豪の腕を掴んだ優香。
鬱陶しそうにするが、振り払うことはされなかった。
「……んでデクに頼まなかったんだよ」
「出久くんはトレーニングで忙しいんだって」
「何だよそれ」
「さあ。あたしにも詳しくは教えてくれなかったよ」
彼らがその意味を知るようになるのはもっとずっと先のこと。
◆◆
電車に乗り、大型ショッピングモールへ到着したふたり。
日曜日ということもあり、たくさんの人で賑わっていた。
エスカレーターを上り、目的の店に行こうとした途中、
「わぁ! かわいい〜!!」
シューズショップのショーウィンドウに飾られていた赤いハイヒールに目を止めた優香は、張り付くように眺める。
「おい、リュック買うんじゃねぇのかよ」
「いいじゃん、ちょっと見るくらい!」
「……そういえば、お前昔からこういうの好きだったよな」
ふと、思い出したように爆豪が言った。
「ウチのババアの靴勝手に履いて、転けて水たまりに突っ込んで大泣きしてたよな」
爆豪から、ハハッと思い出し笑いが漏れた。
「めっずらし〜。かっちゃんが笑うの久々に見た」
「あ゙? 俺だって笑うわ!」
しかし、すぐに仏頂面に戻る。
「最近は、人を馬鹿にしたような笑い方ばっかだった。あんなの笑うって言わないよ」
「どう笑おうと俺の勝手だろ!?」
「かっちゃんは意地悪だし口悪いけど、そんな笑い方はしなかった」
幼なじみだからこそ分かる、その変化。
少しだけ、優香の表情が歪んだ。
「何が言いてぇ?」
眉間にシワを寄せた爆豪。
優香はボソリと呟いた。
「寂しいよ」
一度零せば、次々と言葉が溢れてくる。
「いつまでも子どものままじゃいられないのは分かってるけど、あたしは大人になんてなりたくなかった」
いつまでも、何も知らない子どものままでいたかった。
今にも泣きそうな優香の声に、爆豪は周りの視線を気にし始める。
「かっちゃんも出久くんも雄英行って、将来はヒーローになって。一緒に歩いて来てたはずなのに、いつの間にかあたしはおいてけぼりだ」
そしてツンツン頭をガシガシと掻きむしった。
「……その靴、いつか買ってやるよ」
「……いつかって、たぶんその頃には売られてないよ?」
変なところで鈍い優香に、爆豪の手のひらが爆発する。
「そんなガチのはいらねぇんだよ!」
その手で優香の頭を掴んだ。
「俺は変わらねぇし、お前を置いていかねぇ! 言葉の裏を読めクソが!」
爆破されるのかと思い優香は首を竦める。
が、爆豪は軽く頭を叩いただけ。
「まあ、今のまんまじゃ到底ハイヒールなんか似合わないだろうけどな」
「はあ!? 何それ今言うこと?!」
「せめてサルから人間になれ」
「ムッキー!!!」
腕を振り上げた優香。
爆豪はひょいとかわして道を進んだ。
一瞬だけ見せた爆豪の顔は、昔と同じ笑顔だった。
fin.