こもれび
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ヒーローが飽和する社会。
それでも守れなかった命はこの世にごまんとある。
「ねぇ、相澤くんは幽霊って信じる?」
高校時代、同級生だった優香はいつの日かそう言った。
「さぁな。見たことないから分からん」
「そっか〜。でも信じないってわけじゃないんだ。意外〜」
ムッとした表情が出ていたのだろう。
優香はケラケラと笑って言った。
「だって相澤くん、すぐに合理的じゃないって言うじゃん」
「……否定はしないけど」
「けど?」
「……うるさいな。どうだっていいだろ」
「え〜、いいじゃん。聞かせてよ」
篠原優香は、山田ひざしの次にうるさい人間だと、相澤は思っている。
優香はどちらかと言うと派手なグループに属していて、自分の席で一人でいるような相澤とは真反対の性格だ。
そんな優香とよく話すようになったのは、授業で対人訓練を行ったときである。
二人一組になって行う対人訓練。
その時のペアのひとつが相澤と優香だった。
「手加減はなしだかんね!」
気合い十分に腕まくりをした優香。
「もちろんだ」
表情を一切変えずに言う相澤。
ピーっと笛の合図で訓練がスタートした。
「相澤くんの個性って“抹消”だよね。それ、見えなきゃ意味無いんでしょ?」
ただの挑発だと分かっているが、相澤はその言葉は嫌いだった。
「るっせェな……」
滅多に出ない荒い口調になる。
結論を言えば、優香の勝ちだった。
「やったあ!」
ぴょんぴょん跳ねる優香を横目に、必死に堪えていた相澤だが、悔しさが声に表れる。
彼は意外と負けず嫌いなのだ。
「さすが、だね……」
「でも、相澤くんの対人術には敵わないよ! 個性使ってなかったらあたしが負けてた!」
「そんな慰めいらねぇよ……」
不貞腐れたようにそっぽを向くと、優香は相澤に向かって手を差し出した。
「ねぇ、あたしと勝負しようよ。どっちが先にNO.1ヒーローになれるか!」
グイグイ来る優香に圧倒されて、思わず頷いてしまったのが、高校1年生のとき。
年を経て、同じようにヒーローになった優香は、持ち前の明るさと物怖じしない性格、高い能力で期待されておきながら、25歳の若さでその生涯に幕を閉じた。
◆
殉職だった。
火災現場で逃げ遅れた子どもを助けるために、無謀にも炎の中に飛び込み、崩れた家の下敷きになったのだ。
それが5年前のこと。
確かにあの時、優香は死んだのだ。
葬式にも行った。
ただ眠っているだけのような、綺麗に化粧された顔も見た。
一生分の涙を流した。
だから、今、目の前に彼女がいることは絶対に有り得ない。
「何で、優香が……ここに……」
「久しぶりだね、相澤くん!」
驚く相澤を他所に、優香はにこやかな顔で手を振った。
「どう? NO.1ヒーローへの道は順調そう?」
「はは……」
若かかりしころの甘い夢を今さら尋ねられて、相澤は苦笑いをした。
描いた夢を叶えられるのは、ほんのひと握りの限られた人間だけだ。
アングラ系ヒーローであるイレイザーヘッドは、No.1からはもっとも遠い存在である。
「今は教師もやってるんだって? 大丈夫? 生徒たちイジメてない?」
「それよりも、いいか?」
優香の言葉を遮るように、相澤は現状把握のために質問をした。
「お前は、死んだはずだろう。何でここにいる」
優香は少し考えるような素振りを見せた。
「そうだね〜。会いたい人を思い続けると、夢に出てくるって言うじゃん? そんな感じじゃないかな?」
あまりにも適当な理論に、相澤は目を尖らせる。
「真面目に答えろよ」
「全く、合理主義者め。君はあたしに逢いたくなかったの?」
「そんなわけないだろ」
どれだけ、事故が夢の中の出来事だったら、と思ったことか。
「えへへ、そっか。なんか安心した」
「それよりも、早く質問に答えろ」
と、今まで真っ白だった風景が急に雄英高校の教室の風景に変わった。
相澤も優香も、いつの間にか制服姿になっている。
まるで、あの頃に戻ったようだ。
「高校の時にさ、夢枕って習わなかった?」
優香が目の前にいること以上に驚くことのない相澤は、冷静に過去の記憶を探り出す。
「寝ている人間の枕元に、死んだ人間が出てきて危険なんかを知らせるってアレか」
「そうそれ! まさに、今のあたしはそのためにここに来たの」
「……てことは俺は、危険な目に遭うのか?」
「残念! もう、相澤くんは危険と出会ってる。正確には、相澤くんは死に凄く近い状態。このままだと、死んじゃうかもね」
「はあ……?」
冗談じゃない。
相澤の眉間に寄ったシワに、優香は人差し指を当てた。
「そんな顔しなくても大丈夫。何のためにあたしがここにいると思ってんの」
所詮夢なのだ。
目の前の優香は時は自分が作り出した幻想にすぎない。
「いい? きみはまだ死ぬには早い存在だよ」
「だったら優香は死ぬには早すぎた」
「んもう、うるさいなぁ。言葉のアヤだよ!」
なのに、ころころと表情を変える優香は、幻想とは思えない。
本当に、高校生の頃に戻ったようだ。
まだ真っ白な未来に夢を描いていたあの頃に。
「俺は、優香と生きたかった」
「ダーメ。もうあたしは死んだの。いくら願っても、あたしはもういない」
優しい口調が、余計相澤の心に刺さる。
「だったら何で……」
子どもみたいに駄々をこねそうになって、相澤は口を閉じた。
「もちろん、相澤くんを助けにだよ」
「夢なのにか」
「夢だからね」
あたしに任せて! と、何を根拠にそう言うのだろうか。
いささか疑問だったが、自信たっぷりに胸を叩く優香に、相澤は諦めて、笑った。
「さあ、立って!」
優香は相澤の手を取った。
夢じゃない、本物の手の感覚だ。
「ここは……」
連れてこられたのは、体育館。
あの日、対人訓練を行った場所だ。
「手加減はなしだかんね!」
あの日と同じセリフを言う優香。
ただ、あの日よりも相澤は強く逞しく成長した。
簡単に優香を地面に倒す。
大の字になった少女は清々しい顔で笑った。
「あはは! やっぱり勝てないか! ──強くなったね、消太」
優香の瞳が艶を帯びる。
首の後ろに手を回されて、唇が重なった。
「こんな陳腐な言葉、本当は好きじゃないけど……。生きて。あたしの分まで」
真っ黒い優香の瞳には相澤が映り込んでいる。
「優香……」
「大好きだよ」
そう囁く声は、耳鳴りにかき消された。
◆
「……! ……太! ……しょーた! 消太!!!」
目を開けなくても分かる。
プレゼント・マイクの大声で相澤は意識を取り戻した。
「……うるさい」
そう呻いて重たすぎる目を開くと、見慣れたサングラスと金髪が視界に飛び込んでくる。
「お前は、ほんとにうるさいな……」
起き上がろうと思ったが、全く動けない。
視線だけを動かして見ると、全身に包帯が巻かれていた。
「しょーた!! お前、ほんと……!! もう、二度と目を覚まさないんじゃないかと……」
顔を歪める友人を見ながら、相澤は段々と記憶を取り戻してきた。
雄英高校を襲った大事件。
ヴィラン連合の強襲。
生徒たちを守ろうと立ち向かったが、ある奇妙な生物にボロボロにされたのだ。
「あんだけやられて、よく生きてたな……!!」
なるほど。
優香の言葉が思い起こされる。
死の一歩手前とはそう大袈裟なことでもなかったらしい。
「……お前は、幽霊って信じるか?」
「はぁ?」
マイクは、何でこんな時に、と片眉を釣り上げる。
「幽霊はいるんだよ」
「おいおい、いったいどうしたんだよ。頭までイカれたのか?」
本気で心配するマイク。
「こっちの話だ」
相澤は包帯の下で笑みをもらした。
fin.
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