一年生秋編 交換留学生が来る秋、イワンのいない秋。

  放課後。
 生徒会室の会議スペースで、私とミーナ様、セシリオ様、そしてヴォルフラムくんは話し合いをはじめました。

 緊迫した空気の中、まっさきに口を開いたのはヴォルフラムくんでした。


「フムフム。ギジェルミーナは僕に追われたくないから話し合いをしたいのカ。そんなに心を読まれると困るのカナ」
「ええ、とっても。おもしろ半分にわたくしを追うのはやめていただきたいの」

 単刀直入に本題を出すミーナ様。ヴォルフラムくんは机に両手をついて、身を乗り出します。

「おもしろ半分、ちがう。僕ら悪魔は珍しいもの、きれいなものに惹かれる。人間で言うなら好意。人間も好きな人のこと知りたいデショ」
「ヴォルフラム。昨日も言っただろう。ギジェルミーナは貴族の跡取り娘だ。好意であろうと迂闊について回っていい相手ではない。わたしの目には、ヴォルフラムの行動は好意でなく好奇心にみえる」

 セシリオ様はヴォルフラムくんの肩を掴んで止めに入ります。
 一歩引いて、ミーナ様は身震いします。
 大丈夫ですよ。という気持ちを込めて、私はミーナ様の手を握ります。
 私の手を握り返して、ミーナ様は深呼吸しました。

「わたくし、魔族に興味を持ってもらえるような素晴らしい人間ではなくてよ。ただ、人より少し未来が見えるだけ」
「知っている。ギジェルミーナが未来を知っているコト、命が二度目であるコトを隠したいと思っているのも全部、僕には聞こえている」

 命が二度目であること、そこはセシリオ様には説明しなかった部分です。

 ヴォルフラムくんの肩を掴むセシリオ様の目が、驚きに見開かれました。

「オヤオヤ。アラセリスは知っているのに、セシリオは知らなかったのかな。仲間はずれ?
 このギジェルミーナはこの世界を観測していた人間が死んで生まれ変わった存在だと、知らされてナカッタんだネ」

 挑発するように、ヴォルフラムくんはセシリオ様を見上げます。
 これは、まずいのではないでしょうか。

 ミーナ様の顔も青ざめます。

「ふうん。イワンという夢魔でなく、セシリオがアラセリスの婚約者になる未来があったんだね。あるいはローレンツが。アラセリスはこの世界において、いくつもの未来を持つ不思議な存在だった」

 ヴォルフラムくんはミーナ様の右腕を掴んで瞳を覗き込みます。
 心を、記憶を、読み取っているのでしょうか。
 ミーナ様は目に涙をためて、振りほどこうと必死になっています。

「だめです、ヴォルフラムくん。やめてください。ミーナ様を傷つけないで!」
「ひどいな。怪我させてないじゃナイ。心を見ているだけ」

 これは夢魔としてのイワンと同じ感覚、価値観でしょう。人と魔族はそもそもの価値観が違う。
 違うから許していいということにはなりません。

 私はもう一度、はっきり言います。

「心を覗き見られること、人間にとってひどく傷つく行為なんです。だから誰に対してもしちゃだめです!」

 私の言葉を引き継ぎ、セシリオ様もヴォルフラムくんを説得します。

「人間は誰にだって、知られたくない、隠したい心はある。魔族はどうか知らないが、人間は全部さらけ出して生きていられるほど器用じゃないんだ。だからヴォルフラム。アルコンの生徒でいるうちは誰の心も覗かないでくれ」

 セシリオ様は、先程のヴォルフラムくんの挑発に流されるようなことはありませんでした。
 ミーナ様が言わなかったのは、知られるのが怖かったからだと、理解してくれていたんですね。


「……ちぇ。みんながそう言うなら、仕方ないな」

 ヴォルフラムくんはちょっとだけ気落ちしたようにつぶやきます。

「セシリオ。無理やり暴くのでなければいい? 話して、本人が話したいって言ったナラ」
「ああ。それが交流というものだ」
「そっか。なら、ギジェルミーナ。僕、いい友だちになれるようにがんばるから、そのときは教えて。僕、本当に、君の魂に惹かれているんダ」

 諦めきれないみたいで、ヴォルフラムくんはミーナ様の手を取ります。

「そうですわね。無理やりでないなら、考えておきますわ」

 苦笑交じりに、ミーナ様は答えました。
 最悪の事態は免れた、と思いますが。
 ミーナ様の心労はまだまだようです。


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