一年生春編 運命に翻弄される春

 今日は担任のステイシー先生の授業、魔法実技です。
 実技が得意な先輩が一人、補助として同席しています。

「それでは皆さん、隣の人と二人一組になって、先ほど説明したように魔力の存在を確かめてください」

 私はクララさんと向かい合います。

「まず、わたしから送りますね。魔力を感じると触れた部分があたたかく感じるはず」
「はい、お願いしますクララさん」

 クララさんが私の手に手のひらを重ねます。
 体温のあたたかみとは別の、ほんのり熱い熱が手のひらを通して私の手に宿るのを感じました。

 血液が循環するように、指先を通じて熱い何かが私の中を巡る。

「これが魔力……? なんて熱い」
「初めてで感じ取れるなんて、アラセリスさんはセンスがあるのね」
「そういうものなんです?」
「ええ。何年訓練してもうまく扱えない人もいれば、数日でコツを会得する人もいる。それに、貴族であっても必ず魔法士が生まれるわけではないの。五人兄弟がいて一人も魔法を使えない、という家もあれば、兄弟二人とも魔法士という家もある」

 魔法の適性というものが、そんなにも貴重なものだなんて知りませんでした。貴族の皆さんは誰もが魔法を使えると思っていました。
 それは私の思い込みでした。

「さぁ、アラセリスさん、次はあなたの番です」
「はい」

 ステイシー先生の教えを頭の中で念じます。
 体の中に眠る魔力を感じ取ったら、それを手先に動かす。意識を集中させる。

「うまく、できているでしょうか」
「大丈夫、きちんとわたしの手に届いているわ。アラセリスさん」

 うまくいったようで良かったです。
 私たちの隣では、一人唸っている人がいました。

「ふんぬぅーー! どうりゃあああ!! どっせええい!!」

 補助に来ていたセシリオ様がローレンツ様と組んでいます。
 先ほどからローレンツ様が目一杯叫んでいるのですが、セシリオ様は眉一つ動かしません。

「ローレンツ。なにも伝わってこない。うるさいだけだ」
「そんなはずねぇ。これでうまくいかないなんてことになったら親父にどやされる」
「魔法士団長は怒りはしないと思うが」
「いんや、親父なら『恥をかかせるな』って言うに決まってる!」

 魔法士団は、魔法の才に優れた者のみが就ける王国守護職です。その団長ともなるとルシール王国随一の秀才。
 クララさんが教えてくれたことから考えて、秀才の息子だからといって魔法が得意とは限らないのですね。

「初心者のアラセリスが初日で魔力を感じ取れるようになったのに、オレができないなんてカッコ悪いだろ」
「かっこいい悪いの問題ではないだろう、ローレンツ。わたしがやったように魔力の流れをだね……」
「わからねー」

 セシリオ様が説明しても、ローレンツ様の眉間のシワが深くなっていくばかり。

「男《わたし》相手だからだめなのかな。セリスくん、少し手を貸してくれないか」
「はい、でも、あの。私でお役に立てるのでしょうか」
「君がいいんだ」

 これは、不幸になるイベントとは関係ない。
 そばに行くと、セシリオ様は私の手を握りました。
 男の人と手を繋ぐなんて初めてのことで、少しびっくりしました。幼い頃に父を亡くしているので、お父さんと手を繋いだ記憶は思い出の彼方。

「あ、おいセシリ……殿下!」
「セリスくん。ローレンツと反対側の手を」
「はい」

 セシリオ様、私、ローレンツ様で円になるように手を繋ぎました。

「わたしがセリスくんに魔力を流す。セリスくんはそれをローレンツに流す。ローレンツはわたしに返す。わかったね?」
「わかりました」

 私は仲介すればいいようです。クララさんと手を重ねた時のように、魔力が私の手のひらを介して流れてくる。
 私は水の流れを意識して、ローレンツ様と繋いでいる手に渡します。

「熱っ」
「ふむ。うまく行ったようだね。ローレンツ、そのままわたしに返して」
「あ、あぁ」

 戸惑うローレンツ様の手からセシリオ様へと魔力は循環したようです。

「ステイシー先生、こちらは問題ないです」
「ありがとう、セシリオさん。それでは次の実技に移りましょう」

 学院内にいる間、セシリオ様は学生。先生は特別扱いしていません。
 先生のところに戻るのかと思ったら、セシリオ様は私の手を握ったまま。

「あ、あの。セシリオ様?」
「君は素直で良い子だね。そういう子は好きだよ」

 私の手の甲に唇を落として、颯爽と教壇に戻っていきました。

「アラセリス。手を洗え。今すぐに」
「え、でも授業中ですし」
「いいから」

 ローレンツ様がポケットからクシャクシャのハンカチを出して、私の手の甲を乱暴に拭います。

「油断し過ぎなんだよお前!」

 ……私はなぜ怒られたのですか。


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