一年生夏編 恋人と過ごす夏

「ごめんなさいねセリスちゃん。本当は手料理を振る舞いたかったの。けれどワタクシ、お掃除と洗濯はなんとか自分でできるようになったのだけど、お料理だけはどうしても上手くできなくて」

 ディアナちゃんは申し訳なさそうに言います。 

「いえ。お世話になる立場なので、お気遣いいただけただけで充分です」
「でもね、ここのパンとスープはすごく美味しいから、ぜひセリスちゃんにも食べて欲しいな」

 テーブルに並ぶのは、ランヴァルドさんが買ってきてくれた夕食です。
 甘いミルクがたっぷり染み込んだトースト、ベーコンの冷製スープ。ラベンダーのハーブティー。そしてデザートにはシロップがかかったタルトケーキ。食欲をそそるいい香りがします。

「ありがとうございます。いただきます」

 食卓につくのは私とディアナちゃんだけ。
 ランヴァルドさんも夢魔だから、お食事は魔力と生気なんですって。

 

 食事を終えてから、リビングでお話をうかがいます。
 長椅子に並んで座るランヴァルドさんとディアナちゃん。私とイワンは二人と対面の椅子に座ります。

「アラセリスさんは魔族のつがいになることについて、どこまで知っているかな」
「人間で言うところの夫婦。イワンに魔力と生気を分け与える存在、ですよね」
「それは全体から見てごく一部の話だな」

 ランヴァルドさんは自分を手のひらで指して言います。

「俺の出身国アウグストは国民の大半が魔族なんだ。魔族は人間より遥かに長く生きる。夢魔ならゆうに六百年。エルフなら短くても千年。人間は長くても八十年かそこら。確実に人間が先に死ぬ。この寿命差を埋めるにはどうすればいいと思う?」 
「……わかりません」

 私は長くても八十年。イワンは残る五百年を一人で生きていくことになるのでしょうか。

「つがいと魂を共有すれば、差を埋められる」
「魂の、共有?」
「そう。共有。つがいに命を分ける。魔族同士なら六百年かそれ以上。相手が人間なら、寿命は約半分になる。その代わりつがいも、自分と同じだけ生きる。魂が繋がっているから、俺の命が終わるときディアナの命も終わる」

 人間をつがいにした夢魔の平均寿命は、三百五十年ほどだそうです。
 だから、ディアナちゃんも夫ランヴァルドさんの時間に合わせた成長になっている……そういうことらしいです。

「なら私も、イワンと同じだけ生きるんですね」
「……詳しいことを聞いて、やめたくなったか?」

 イワンは不安を滲ませた声音で聞いてきます。自分は化物なのだと言った、あの日と同じ表情で。

「いいえ。むしろ嬉しいです」

 お父さんが病で先立ってしまったのは、私が物心ついたばかりのときです。
 お母さんは時々遠くを見て、悲しそうな顔をします。
 残されるのはとても辛いこと。そしてきっと、残して逝くのも同じだけ辛い。

「お父さんが死んでしまってから、ずっと思っていました。生きるのも死ぬのも、愛する人と同じ時間がいいって」

 普通の人間より老化が遅いため、人間の国だと同じところに長くいられない。三年ほどで転居するのだと二人は言います。
 けれど、ディアナちゃんとランヴァルドさんを見ていると、とても幸せそうです。
 一緒にいられる幸せに勝るものはないのだと、そう思えます。

「ありがとう、アラセリスさん。イワンのつがいが君で良かった」

 ずっと孫を心配していたんでしょう。ランヴァルドさんは穏やかにそう言いました。 



 話が終わり、本日泊まるお部屋に案内されます。
 ……イワンと一緒の部屋でした。

「この小さい家に、二部屋も余分にあるわけないだろう」
「それは、そうですけど」

 イワンはテーブルにバッグを置いて、髪を解きネクタイを緩めベストを脱ぎます。完全にくつろぐモードに突入してますね。

 戸惑っているのは私だけなんですか。
 ベッドが一つしかないです。
 婚約してるから問題ないのかもしれませんけれど、でも、その。

「オレと寝るのが嫌なら床で寝ればいい」
「私を床に寝させる選択肢が出るあたりがイワンですよね」

 イワンはさっさと布団をめくって、ベッドに横になります。
 床かイワンと同じベッドか二択しかないなら、一緒に寝るしかないじゃないですか。
 観念してベッドに乗ります。

「アラセリス。今日はまだ魔力と生気をもらっていなかったな」 
「そ、そう、ですね」

 イワンに引っ張られて腕の中に収まりました。自分の心臓の音がいつもよりうるさいです。
 手を重ねて、唇を重ねて。
『一番効率のいい魔力と生気の渡し方』を手解きされることになって。



 この夜、私たちは本当の意味でつがいになりました。

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