一年生春編 運命に翻弄される春

 生きている間にお城に来ることがあるとは思いませんでした。
 学院もだいぶ敷地が広いですが、ここはもっと広いし、見上げても最上階が見えません。
 セシリオ様、こんなすごいところに住んでいるんですね。

 イワンにエスコートされて会場入りしました。
 新入生歓迎会の比じゃない人がいます。
 大半は同年代の人ではなく、大人の方々。お母さんくらいの年齢の人から、おじいちゃんくらいの人まで。
 国政に携わる方や企業の方、貴族の当主などだとイワンが話してくれます。

 人が多すぎて、ひとりひとり説明されてもちっとも覚えられそうもありません。

 白髪にヒゲを蓄えたおじいさんが、イワンに話しかけてきました。

「これはこれは。ラウレールの若君ではありませんか。久しいですな」
「お久しぶりです、セレッソ伯。お元気そうで何よりです」

 イワンが丁寧にお辞儀をします。
 今わかりました。品行方正なイワンは猫かぶりではなく、社交界・外交用。
 偉い方の前で普段の態度をしていたら怒られます。私も先生の前だとシャンとする。そういうことですね。

 私もイワンに事前に教わった通り、ドレスの裾を持ち上げてお辞儀します。

「こちらのお嬢さんは? 社交界で見たことのない顔じゃが」
「ぼくの婚約者で、アラセリスといいます。アラセリス。こちらは君の級友、クララさんのお祖父様だ」

 挨拶しつつも、私にも相手が誰なのかわかるようにさり気なく教えてくれました。
 ありがとうイワン。今イワンが神様に見えます。

「お初にお目にかかります。アラセラスと申します。クララさんには普段から良くしていただいていて、とても助かっています」

 クララさんのお祖父様、クララさんと一緒でとてもお優しそう。

「ほう、では君がクララが言っていた友人か。話はクララから聞いているよ。魔法学に触れるのは初めてなのに、試験で次席を取ったんだって?」
「ギジェルミーナ様やイワン様が、授業の時間外にも勉学を教えてくださったからです」
「ほっほっほ。アレスター家の令嬢とも交流があるとは、存外顔が広い」

 ひとしきりおしゃべりに花を咲かせて、クララさんのお祖父様は他の方のもとへご挨拶に行きました。

「い、息が止まるかと思いました……。貴族の皆様、毎回こんな緊張感のある会話を必要とされるのですか」
「慣れだ。回数を積めば嫌でも慣れる」
「大変なんですね」

 目上の方の失礼にならないよう、細心の注意を払って喋るのは疲れるものですね。学院で先生と話すのと緊張感が違います。

 緊張のあまり、のどがカラカラです。

「喉が乾いたなら、あそこに行くか。未成年には水をくれる」

 イワンが示す方に立食スペースがあります。何人か大人の方々が談笑しています。

 給仕をしていた男性を呼び止め、お水をいただきました。お水をワイングラスで飲むなんて初めてですよ。
 どう持つのが正しいんですか。

 戸惑う私を見かねてか、イワンも水を注文して見せてくれました。

「細い部分をステム、水が入っている部分をボウルという。ボウルを包むように持て」
「はい。ありがとうございます」

 私にはわからないことだらけ。水の飲み方一つとっても、学ぶことがたくさんありますね。
 一休みしていたら、ダンスしている人の中にミーナ様の姿が見えました。
 ミーナ様も私に気づいて、こちらに来ます。

「セリスさん、会えてよかったわ」
「ミーナ様。私も会えて嬉しいです」

 ミーナ様の隣には長身で黒髪の男性がいます。戦闘職の方でしょうか。鍛えられているのがひと目でわかります。
 私の記憶では、ミーナ様に婚約者はいないと聞いています。どなたでしょう。

 男性がイワンに会釈します。

「イワンも来ていたのか。女性を同伴するなんて初めてじゃないか」
「彼女は婚約者だ。アラセリス、こちらはウィルフレド。セシリオの護衛騎士だ。今日は仕事でなく、家の代表として来ているようだが」

 ウィルフレドさん、騎士ですか。
 思い出しました。ミーナ様が大人の男性で騎士様に惹かれているのだと言っていました。
 この方のことでしょうか。
 ミーナ様を見ると口元に人差し指を当てて、ナイショね、と合図してきます。
 承知しました。

「はじめまして、アラセリスです」
「イワンの婚約者になるなんて、君は勇気のある子だな。毒舌家でへそ曲がりだから大変だろう」
「あ、それは大丈夫です。慣れれば小鳥のさえずりみたいなものです」

 スパンと、後頭部を叩かれたのは納得いきません。




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