一年生春編 運命に翻弄される春
アタシ、ギジェルミーナは生徒会の仕事を終えて帰宅する予定だった。
近いうちに新入生歓迎パーティーが控えているから、やることは山ほどある。
楽団の手配、会場警備員の確保、司会進行……正直、アタシとセシリオ、イワンの三人だけでは回らない。セリスさんが入ってくれると言ってくれて本当に助かった。
けれど、生徒会役員に入るということは、否が応でもセシリオ、イワンと関わり合うことになる。
それでも選んでくれたから、アタシはあの子のためにもできることを尽くそう。
「すっかり日が暮れてしまったね」
セシリオが空を仰ぎつぶやく。日が沈んだ空には満月が浮かんでいる。
イワンはどうでも良さそうに、セシリオを横目で見やる。
「まだ半分も終わってないんだから、明日からはアラセリスにもやらせるべきだろう。オレは毎日こんな時間まで残っているなんて御免だからな」
「ははは。手厳しいね、イワンは」
校門の前で帰りの馬車が来るのを待っていると、誰かが血相変えて走ってくるのが見えた。あちらもアタシの姿を見て歩調を早める。街灯の下にきてそれが誰かわかった。レネだ。
「あなたは、ギジェルミーナさん、でしたよね!? 姉さんが! 姉さん、まだ学院にいませんか?」
「レネさん、ですね。セリスさんの弟の。どうしたんです」
「それが、この時間になっても帰ってきていなくて。姉さん、連絡もなしに遅くなるような人じゃないんです。何かあったんじゃ」
ざわ、と背中に氷をいれられたかのような悪寒が走った。
まさか、セシリオのイベント?
今日の昼間、セシリオがセリスさんにキスをした。ゲームに置いて、嫉妬に狂ったセシリオファンがセリスさんを誘拐・監禁するイベントが発生する。
純愛ルートでは生徒会の誰かが見張りにつけていた使い魔が動き、事件が即座に発覚。セシリオをはじめと知るアタシたちが駆けつけてことなきを得る。
それ以外のルート……見張りの使い魔がいない場合、発見が遅れてセリスさんは奴隷として異国に売り飛ばされる・殺されるなどの末路を辿る。
「イワン。あなたの使い魔をセリスさんの見張りにつけていたわよね。今どこにいるかわかる?」
「知らん。使い魔なら引き上げた。昼間のあれが噂になれば別に見張りなんてなくても追いかけ回されないだろ」
イワンはアタシから目を逸らし、他人事のようにいう。
セリスさんのそばに誰の使い魔もいない。そのことが何を指すのか。
「探すわよ。セリスさんは誘拐されたの。セシリオの熱狂的なファンに。アタシの勘が正しいなら、セシリオ、あなた今日レスティ家のマリベルに言い募られたわね」
「あ、ああ。庶民なんかを婚約者にするなんておかしいと喚くから、すぐに追い返したが」
疑惑が確信に変わる。
「それだけでレスティ家の令嬢が誘拐したって証拠にはならないだろ。会長。アラセリスはどこか道に迷っているんじゃ」
「いいえ。間違いなく犯人はマリベル・レスティ。今日中に見つけないと、セリスさんの命が脅かされるわ。理由を説明している暇はないの。ただ、アタシにはわかる。信じて。一刻も早くセリスさんを探さないと」
「そんな、姉さんが……?」
レネが顔面蒼白でつぶやく。アタシが転生者でこの世界の未来を知っている、なんて言っても信じてもらえるわけがない。信じてもらえなくてもやるしかない。
「先にアタシたちが探しに行くから、レネは騎士団に連絡して。今は一人でも多く人手が欲しい」
「は、はい!」
レネが駆け出すのを見届けて、アタシはセシリオとイワンに向き直る。
「この辺りで、貴族が身を隠すような場所はどこか見当はつかない?」
「港の倉庫が立ち並ぶ区画。あそこはレスティ家の商品倉庫があるはずだ。今は使われていないから、人が立ち寄らない」
「ならそこから探しましょう」
セシリオの知識を信じるしかない。アタシは使い魔の猫を呼び、前を走らせる。
「セリスさんを探して。あなたなら人が通れないような隙間も抜けられるでしょう。きっと倉庫の中にだって潜り込める」
『にゃ!』
使い魔は指示を的確に理解して闇に溶けていく。
「にわかには信じがたいが、レスティの兄もセリスくんに御執心だったからな。兄も加担しているなら、セリスくんは……」
そう、セシリオと結婚される前に既成事実でも作ろうかと目論んでいてもおかしくない。
アタシたちの話を黙って聞いていたイワンが舌打ちして、鞄を投げ出す。
「ふん、レスティどもの計画なんて叩き潰してやる」
言うなり地を蹴って空に舞い上がった。
その背中から悪魔族特有の黒い翼が生える。
イワンは夢魔と呼ばれる魔性だ。
金色の瞳を細めて不敵に笑み、迷いなく飛んでいった。
近いうちに新入生歓迎パーティーが控えているから、やることは山ほどある。
楽団の手配、会場警備員の確保、司会進行……正直、アタシとセシリオ、イワンの三人だけでは回らない。セリスさんが入ってくれると言ってくれて本当に助かった。
けれど、生徒会役員に入るということは、否が応でもセシリオ、イワンと関わり合うことになる。
それでも選んでくれたから、アタシはあの子のためにもできることを尽くそう。
「すっかり日が暮れてしまったね」
セシリオが空を仰ぎつぶやく。日が沈んだ空には満月が浮かんでいる。
イワンはどうでも良さそうに、セシリオを横目で見やる。
「まだ半分も終わってないんだから、明日からはアラセリスにもやらせるべきだろう。オレは毎日こんな時間まで残っているなんて御免だからな」
「ははは。手厳しいね、イワンは」
校門の前で帰りの馬車が来るのを待っていると、誰かが血相変えて走ってくるのが見えた。あちらもアタシの姿を見て歩調を早める。街灯の下にきてそれが誰かわかった。レネだ。
「あなたは、ギジェルミーナさん、でしたよね!? 姉さんが! 姉さん、まだ学院にいませんか?」
「レネさん、ですね。セリスさんの弟の。どうしたんです」
「それが、この時間になっても帰ってきていなくて。姉さん、連絡もなしに遅くなるような人じゃないんです。何かあったんじゃ」
ざわ、と背中に氷をいれられたかのような悪寒が走った。
まさか、セシリオのイベント?
今日の昼間、セシリオがセリスさんにキスをした。ゲームに置いて、嫉妬に狂ったセシリオファンがセリスさんを誘拐・監禁するイベントが発生する。
純愛ルートでは生徒会の誰かが見張りにつけていた使い魔が動き、事件が即座に発覚。セシリオをはじめと知るアタシたちが駆けつけてことなきを得る。
それ以外のルート……見張りの使い魔がいない場合、発見が遅れてセリスさんは奴隷として異国に売り飛ばされる・殺されるなどの末路を辿る。
「イワン。あなたの使い魔をセリスさんの見張りにつけていたわよね。今どこにいるかわかる?」
「知らん。使い魔なら引き上げた。昼間のあれが噂になれば別に見張りなんてなくても追いかけ回されないだろ」
イワンはアタシから目を逸らし、他人事のようにいう。
セリスさんのそばに誰の使い魔もいない。そのことが何を指すのか。
「探すわよ。セリスさんは誘拐されたの。セシリオの熱狂的なファンに。アタシの勘が正しいなら、セシリオ、あなた今日レスティ家のマリベルに言い募られたわね」
「あ、ああ。庶民なんかを婚約者にするなんておかしいと喚くから、すぐに追い返したが」
疑惑が確信に変わる。
「それだけでレスティ家の令嬢が誘拐したって証拠にはならないだろ。会長。アラセリスはどこか道に迷っているんじゃ」
「いいえ。間違いなく犯人はマリベル・レスティ。今日中に見つけないと、セリスさんの命が脅かされるわ。理由を説明している暇はないの。ただ、アタシにはわかる。信じて。一刻も早くセリスさんを探さないと」
「そんな、姉さんが……?」
レネが顔面蒼白でつぶやく。アタシが転生者でこの世界の未来を知っている、なんて言っても信じてもらえるわけがない。信じてもらえなくてもやるしかない。
「先にアタシたちが探しに行くから、レネは騎士団に連絡して。今は一人でも多く人手が欲しい」
「は、はい!」
レネが駆け出すのを見届けて、アタシはセシリオとイワンに向き直る。
「この辺りで、貴族が身を隠すような場所はどこか見当はつかない?」
「港の倉庫が立ち並ぶ区画。あそこはレスティ家の商品倉庫があるはずだ。今は使われていないから、人が立ち寄らない」
「ならそこから探しましょう」
セシリオの知識を信じるしかない。アタシは使い魔の猫を呼び、前を走らせる。
「セリスさんを探して。あなたなら人が通れないような隙間も抜けられるでしょう。きっと倉庫の中にだって潜り込める」
『にゃ!』
使い魔は指示を的確に理解して闇に溶けていく。
「にわかには信じがたいが、レスティの兄もセリスくんに御執心だったからな。兄も加担しているなら、セリスくんは……」
そう、セシリオと結婚される前に既成事実でも作ろうかと目論んでいてもおかしくない。
アタシたちの話を黙って聞いていたイワンが舌打ちして、鞄を投げ出す。
「ふん、レスティどもの計画なんて叩き潰してやる」
言うなり地を蹴って空に舞い上がった。
その背中から悪魔族特有の黒い翼が生える。
イワンは夢魔と呼ばれる魔性だ。
金色の瞳を細めて不敵に笑み、迷いなく飛んでいった。