一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

「例の、先王の妹御と結婚した魔族の孫が学院生徒会長になった」
「なんて恐ろしいことだ」
「魔族が学院のトップに立つなんてあってはならないことだ」

 とある貴族の屋敷で、そのようなことを話す集会が行われているらしい。
 頭の硬い連中は魔族=敵と思っているのが現状だ。

 オレが夢魔として生まれたのは変えようのない現実。
 親父のように、人より老化が遅いだけの半魔ハーフとして生まれたほうが良かったのかといえば、そうでもない。

 ほぼ人間と変わらない姿で生まれた親父ですら、魔族との混血だと罵られている。

 言い方がきついとか無愛想とか、本人の努力で改善できることを揶揄されるならまだ努力しようがある。

 魔族の体を純粋な人間に作り変える魔法なんてない。
 どうあがいても人間になれないのに、混血であることを非難の材料にするなんて、人間は本当に愚かだ。



 テストが近いから、生徒会は休み。
 代わりに授業内容はテスト対策が多くなる。

「ーーではここを、イワン・ラウレール。答えなさい。できるよな? 腐っても生徒会長だものな」

 元教頭、ワルター・グラーナトムがオレを名指しした。……魔法大会での不正を理由に平の教師に降格されて以降、こういった露骨な嫌味を吐いてくる。

 黒板に書かれているのはまだ授業でやっていない部分だ。
 予習してない者は答えられない。
 ワルターと意を同じくする生徒は、横目でオレを見ながら口のはしを歪めて嗤っている。

「魔法大系四大属性、火・水・天・地、四属性に類さない闇と聖。これを含め魔法六属性。火と水、天と地、闇と聖は相反する。親から子に魔法が遺伝することが多いため、親が水なら子も水、という属性になりやすい。庶民に魔法士が生まれる場合、落胤らくいん突然変異ミュータントのいずれかであるーー以上。
 それと、先生。板書した“属性”のつづりが間違っているので直したほうがよろしいかと存じます」

 底意地悪い笑い顔を見据えたまま答えると、ワルターはこれみよがしに舌打ちして「次は……」と話題を変えた。胸くそ悪い。

 オレが魔族なのが気に食わないのか、魔族でありながら生徒会長の座に就いたのが許せないのか、平に降格された腹いせか。あるいは全部か。

 授業が終わると聞えよがしに、「庶民なんかを妻に迎えるくらいだ。教師に意見するなんて、脳の方も低俗だな」と吐き捨てて教室を出ていった。

 人前でなけりゃ、「鏡を見ろ」と言っている。
 ワルターは降格でなくクビにされたほうが良かったんじゃないか。
 公爵家の人間で学院に出資しているということもあって、降格処分で済んだ。

 例の反魔族の会合とやら、ワルターが主催していると言われたら納得するだろう。

 アラセリスはこういう目に遭わされてなければいいが。

 こんな扱いを受けるのはオレだけで十分だ。

 一年の教室に迎えに行くと、アラセリスはじっとオレを見上げて聞いてくる。

「イワン。今日なにかありましたか。なんだかいつもより表情がかたいです」
「なんでもない」
「そう見えないから聞いているんです。隠し事はなしですからね」

 本気でオレを心配して怒っている。
 こいつがつがいで良かったと、心から思う。
 心配させないよう黙っておく、なんてこと許してくれないな。

「馬車の中で話す」
「絶対ですからね。はぐらかしちゃだめです。何でも話してください」

 ワルターの相手をしたせいでささくれ立っていた神経が、アラセリスの言葉で凪ぐ。

 目の前の問題一つ片付けられなくて、国全体を変えられるわけがない。

 オレひとりではなにもできなくても、アラセリスとなら、なにか糸口が見つかるかもしれない。



ツギクルバナー
image 
27/37ページ