没落令嬢ゲルダ、スパルタ農夫の妻になる。

 ひなびた田舎という言葉がこれほど似合う土地もないでしょう。
 たどりついたのは街灯もない集落。
 月下なのでよく見えませんが、家屋が数軒しかない。
 ブモオーという低くて野太い鳴き声がこだましています。
 これはなんの声でしょう。変な臭いもします。

 レオンは恐れる様子もなく、大きな舎の中に入っていく。私も他にできることがないのでついていきます。

 レオンがコートを脱いで灯りをつけてまわって、初めてレオンの顔がわかりました。
 目にかかるくらいの茶色い髪。空を思わす青い瞳。背は頭一つ分高い。
 かなり鍛えているのか、筋肉質なのが服を着ていてもわかる。

 レオンの背後には白と黒の斑柄をした大きな動物が四頭。同じ柄で小さめの動物が一頭います。
 さっきからしている臭いは、この動物の糞、のようです。

「これはなに」
「牛を見たことないのか?」
「肉を食べたことならあるけれど、生きた姿を見たことはないわ。これが牛?」

 四足歩行の牛は、私の背丈よりも大きい。

「こいつらの世話をするのが俺の仕事。牛乳を町に出荷して金をもらう」
「私、食べられちゃったりしない? こんなに大きいんだもの。ひと一人簡単に食べられるんじゃ」
「はははは。んなわけない。こいつらは草食だからな。食べるのは牧草だし、飲むのも普通の水だよ」

 草食……もしかして私、無知をさらしただけですか。

「朝夕二回、牧草を食わせて水を飲ませ、乳を搾る。寝床の掃除をしてやる。翌朝の搾乳後に町の業者が買い取りにくる。冷却魔法具さまさまだな」
「そうなのね」

 レオンは腕まくりして、一輪車で牧草を運んで牛に与える。井戸水を汲み上げて牛の前のたらいに張ってやる。
 牛たちは嬉しそうに食む。

 レオンが牛の横に屈んで乳搾りするのを見守ります。蹴られたら骨が折れるんじゃないかと思うほど大きいのに、怖くないのかしら。

「どうだ、やれそうか?」
「え、私も同じことをするの? 見ているとかなりの力仕事なのに」
「また山道に戻りたいなら案内するけど」

 働かざるもの食うべからず。私に選択権なんてはじめからありませんでした。

「……お世話になります」

 レオンの家においてもらうことになりました。私の住んでいた屋敷よりずっと小さい。物置小屋くらい。

 キッチンとテーブルセット、ベッドが二つあるだけのこじんまりした家です。

「……他のご家族は?」
「去年親父が死んでからは一人。おふくろは俺を産んですぐ死んだ」

 レオンはこともなげに言う。

「ごめんなさい」
「なぜ謝る」
「初対面なのに余計なことを聞いたわ」
「べつに、家族がいないのは本当の事だから、謝られる方が困るんだが」

 私もここに来る前のことを聞かれたら困るのに、無神経が過ぎた。

「奥のベッドを使え。シーツの交換と洗濯も自分でやれよ。服の洗濯も自分でなんとかしろ」
「……わかったわ」

 何でもしてくれる使用人はもういない。それに、同じくらいの年齢のレオンに服や下着の洗濯を頼むなんて無理。

 夕食に、とパンとホットミルクをもらえました。
 まる一日何も食べていなかったから、神の恵みのように思える。
 屋敷で食べてたような食事とかけ離れているけれど、文句を言える立場じゃない。
 お腹を満たしたらあとは明日に備えて眠るだけ。


 隣のベッドに男の人がいるというこの状況、しかも今日出会ったばかり。
 疲れていても寝つけそうもない。


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