囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

「これは一体」

 吟遊詩人が王子の寝室に入ると、果物の香りが漂っていました。
 目が見えない分嗅覚は敏感で、香りだけで種類がわかります。
 桃《ハウフ》、林檎《トゥファーフ》、|マンゴー《マーング》。

「これからは世語りの時間に好きなのを食わせてやる。そうすれば、一日も長くここに居たくなるだろう。女官たちにお前の好物を聞いて用意させた」

 以前、宝石は要らないと言ったからか、食べ物で釣るつもりです。
 おそらくは王子なりの謝意。
 子どものような不器用さに、吟遊詩人は微笑しました。

「では、うたの前に林檎を一ついただけますか」
「俺が直々に剥いてやろう。ありがたく思え」

 王子は、やはりどこか残念でした。




  
 ある貴族の家に、藍の髪をもつ貴族の娘が生まれました。
 美しき容姿に、穏やかな人となり。娘に惹かれる者は多く、嫁にほしいと言う人は両手の指の数以上いました。

 けれどどんなにお金持ちの貴族の求婚されても、首を縦に振りません。
 娘は、家に仕える一人の兵に恋をしていました。

 金色の瞳を持つ、寡黙な男です。
 |魔物《ジン》が具現化したらこうなると揶揄されるほどのガタイ。
 その実、気弱で、小鳥に懐かれるような心優しい人でした。

 兵が嫁をとれば、身分違いの恋に諦めがつく……そう考えていたのに、何年経っても兵は嫁を迎えません。
 だから娘は問いました。
 どんな人を娶りたいのか。

 兵は静かに目を背けます。
 想ってはいけない人を愛してしまったのです。その人がどこか良家に嫁げば、この気持ちを忘れて新しい恋をできるでしょう。

 どちらも未婚のまま幾年すぎ、もう若くない娘には縁談も来なくなりました。

 お互いのシワの数を数えるような年になっても、ずっと、大切な人が伴侶を得るまでは……と。



 王子が眠り、吟遊詩人は女官に手を引かれて部屋に戻ります。
 娘と兵は互いに想い合っていました。
 どちらか一方が一言でも、好きだと言えたなら、結末は違ったはずです。

 だから吟遊詩人は思うことを言葉にして生きるのです。二人のような後悔をしないために。

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