囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

 眠ることができるようになり、王子の顔色は日に日に良くなっていました。
 政務もこなすことができるようになり、王である父も安心します。
 夜になり、王子は夜語りに来た吟遊詩人に問いかけました。

「なぜ、そなたのうたに出てくる者たちには名前がないのだ」
「王子は死者の名を覚えないのでしょう。ですから、彼らの名は語りません」

 奪った命や、散りゆく命に欠片も興味がないのなら、語るだけ無駄だと遠回しに揶揄しました。
 吟遊詩人は静かに答えて、うたいだします。




 貧しい村に、金色の瞳を持つ女の子が生まれました。
 同じ日、隣の家に男の子が生まれました。
 二人はいつも一緒で、成長するにつれ惹かれ合うようになりました。

 けれど二人が十五になる年、村を通りかかった藍色の髪を持つ男が女の子を見初めます。
 なんと笑顔が可愛く、美しき娘だろうか。
 男は富豪でした。金を積んで女の子の親に申し入れます。

 この娘を妻にしたい。くれるならこの金はおまえたちのもの。

 十年は遊んで暮らせる大金に目がくらみ、両親は契約を結んでしまいます。

 女の子が全てを知らされたのは、富豪の元に送られる前夜のこと。
 両親は女の子を倉庫に閉じ込めてしまいました。
 男の子も話を知り、大人たちが寝静まった夜に女の子を助け出し、二人で逃げ出しました。

 富豪は女の子がいないことに怒り、追手を差し向けました。

 何日も経たず二人は追手に捕まりました。
 男の子はその場で殺され、女の子は富豪の妻にされました。


 妻は結婚してから一度も笑顔を見せません。
 富豪は妻を睨みます。

 あの男はもうこの世にいないし、何不自由なく暮らせるのに何が不満なのだ。
 貧乏な君を救ってあげたのになぜ笑わない。

 妻は言いました。
 貧乏でもいい、愛する彼といられれば、それだけで幸せだったと。
 

 二人の間に子が生まれようと、孫が生まれようと、妻は一度も、富豪に笑顔を返すことはありませんでした。




 今宵も王子は眠りにつきました。
 吟遊詩人は女官の手を借りて、重い足取りで与えられた部屋に下がります。

 ここにいれば、毎日寝床と食べ物が提供されます。
 でも。
 ここには、吟遊詩人が愛する野鳥の鳴き声も、頬を撫でる風もありません。

 暴力では人の心を繋ぎ止められないと、王子はいつ気づくでしょうか。
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