囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

 二夜眠れた王子は、吟遊詩人をいたく気に入りました。

「吟遊詩人。お前の名を覚えてやろう。名誉なことだろう」

 吟遊詩人は問い返します。

「王子は、これまで屠った者の名を覚えておいでですか?」
「死者のことを覚えておいてなんになる」
「ならば、わたしが名乗る意味はありません。王子が眠らなければ、今宵で死ぬかもしれないのですから」

 言質をとられ、王子は何も言い返せませんでした。
 吟遊詩人はまた、静かにうたい始めます。




 ある町に盗賊の男がいました。
 金の瞳を持つ剣の達人です。
 善良な人からは盗まず、盗賊や詐欺師からものを盗む悪党専門の盗賊でした。

 そんな男は、奴隷市場で一人の少女を見初めました。
 鎖でつながれている奴隷の一人、藍の髪を持つ少女です。

 青に一滴の墨を垂らしたような、夜空のような色に見惚れ、有金のすべてをはたいて少女を買いました。

 男は盗賊から足を洗って大工の職につき、少女を妻にして、毎日妻に愛をささやきます。
 そんな幸せの絶頂のときに悲劇は起こりました。

 かつて男が財宝を奪った盗賊が、報復にきたのです。

 家にある金品を奪い、妻もさらったのです。

 男は妻を取り戻すため盗賊団のもとに行き、妻を解放してくれと訴えます。

 盗賊の首領は、
 妻を自由にしたいなら、おまえの命と引き換えだ。
 と条件をつけます。

 
 妻は夫と引き換えに助かっても嬉しくないと言って泣きますが、男は迷いませんでした。

 金はいらない、有り金すべてなくすよりも、妻を失うほうが辛い。

 男の覚悟を聞いて、盗賊の首領はならばと剣をふるい、妻を切ってしまいました。

 財産も妻も失い、男は妻の亡骸を抱えて涙します。

 何度も妻の名を呼んでも泣きます。

 そして男もその場で殺されてしまうのでした。





 王子の寝息が聞こえ、吟遊詩人は今宵も首が繋がっていることに安堵します。

 いつか夜語りから解放され、毎夜夢に見る藍と金のつがいに会ってみたいと願います。

 盲目であるがゆえに、吟遊詩人は知りませんでした。
 
 己の瞳が金色であること、王子の髪が藍色であることを。
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