囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

 翌朝目覚めた王子は、吟遊詩人を褒めました。

「褒美に宝飾品をやろう。かわりに今後も夜語りを続けろ」

 吟遊詩人は首を左右に振ります。

「わたしの目には、光がありません。宝石と道端の石を並べられても違いがわかりません。褒美をというのなら、街角で謳うただの吟遊詩人に戻してください」
「それはできぬ相談」

 どんな名医にかかっても眠れなかったのですから、王子が眠りを与える吟遊詩人を手放すわけがありませんでした。

 足かせをはめられた吟遊詩人は、今宵も謳います。




 辺境の村に、仲のいい兄弟がいました。
 藍色の髪を持つ快活な兄と、金色の瞳を持つおとなしい弟。
 人の少ないさびれた村なので、遊び相手は互いのみ。

 兄は十五歳になった年、未来のない村を捨てて新天地を探す旅に出ようと弟に持ちかけました。
 弟とならなんでもできると信じていたのです。

 けれど弟は兄の誘いを断りました。
 さびれてはいても、育った村を愛していたからです。
 弟はこの村に人を呼び、活気ある村にしたいと考えていました。

 三日三晩話しても互いの考えは変わらず、兄弟は生まれて初めて袂を分かちました。


 兄は二度と村に帰るつもりはないと言い残して旅立ち、弟は村に残って村興しをはじめます。

 それから幾年月がすぎ。
 村は石工芸で都に名を馳せるほどに成長しました。
 弟は村長となり、妻を娶り、二人の間に生まれた息子が工芸職人として後継者を育成しています。

 ある時、兄とよく似た面差しの少年が村にやってきました。

 少年は小さな皮袋を村長に差し出します。

 自分の父はこの村の出身で、故郷に骨を埋めてあげたくてきたと言います。

 それは、村長の兄の遺骨でした。
 兄は数十年前、ここから遠く離れた地に村を作り、昨年までそこの村長をしていたのです。

 そして孫に、故郷のことをいつも聞かせていました。

 弟は故郷を捨てた自分を許してはくれないだろう。だから、もう謝れないし帰れはしない、と。

 だから孫はかわりにここに来たのです。
 村長は兄の孫に言います。

 いつか兄が帰りたいと願ったときに迎え入れられるように、ここを放棄することなどできなかった。
 叶うなら、生きている兄に今の村を見てほしかった。


 兄の遺骨は村の墓地に埋葬され、少年は村長の息子に弟子入りし、職人の道を歩み始めました。
 村長は翌年天寿を全うし、兄の墓の隣に埋葬されました。


 きっと、二人はいま、会えなかった数十年の間のことを夜通し話しているのでしょう。
 幼かったころのように。
 人々は兄弟のことをそう語るのでした。





 最後の一音を弾き終えると、王子の寝息が聞こえてきました。
 乳母がいくら子守唄を歌っても眠ったことがなかったのに、吟遊詩人の弾き語りで眠るのはなぜなのか。

 それは誰にもわかりません。
 ただ、吟遊詩人が謳えば王子は眠る。
 その事実だけがありました。
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