囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

 王子は夢を見るようになって以来、考えていました。

「世界は醜いな。狼は斬られるし、妹の幸せを願った兄は消える。善良な心の者が報われるとは限らん」
「宝石も道端の石ころも在って、初めて世界は成っているのです」

 醜さも含めて世界だと、吟遊詩人は返します。





 あるところに狐がいました。
 狐は街に住む、金の瞳の令嬢に恋をします。
 父親は娘を溺愛していて、使用人であっても男を近寄らせません。娘を送り出すなら王族のもとと決めていました。

 狐は藍の髪の少女に化けて、令嬢の侍女になります。
 令嬢が悩むときは共に悩み、嬉しいことは共に喜ぶ。
 令嬢はいつも親身になってくれる藍の侍女を一番信頼し、嫁ぐときも連れていきたいと願います。

 令嬢が侍女に向けてくれるのは親愛、友愛であり、同性の侍女ではそれ以上になれません。
 一度も顔を合わせたことのない男が令嬢の愛を受けるのが悔しくなりました。
 かと言って、異性に化けていたら友情すら生まれなかったのです。

 悩んだ末、侍女は自分の正体を打ち明けました。
 本当は狐だから、王妃になるあなたの侍女になれない。けれどあなたのそばにいられて幸せでした。あなたの幸せを願っています。

 嫉妬心は秘めたまま侍女をやめ、ただの狐に戻りました。

 令嬢は一番の友を失い悲しみました。
 嫁いだあと、新しい侍女が何人来ても、狐のことを忘れることはありませんでした。 
 



 うたい終わり、吟遊詩人は王子の寝息に耳を傾けます。
 初めの頃は、他人などどうでもいいと言っていた王子が、悲劇の末路を辿った夢の人のことを哀れに思ってくれたのです。
 吟遊詩人は少しだけ救われた気がしました。
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