囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

「なぜ父親は、商人をやめてしまったんだ?」

 吟遊詩人は怪訝な顔をしました。

「……終わる前に眠っていましたよね。なぜ、知っているのですか」

 吟遊詩人は自分が眠る間に見ている夢をうたっています。
 だから、他の人は結末を知るはずがありません。

「夢を、見た」

 王子は眠る間、夢を見るようになっていたのです。
 吟遊詩人がうたう人々の、その後を。





 あるスラムに青髪の男がいました。
 家は貧乏で、その日食べるものにも困る有様でした。男には金色の瞳の妹がいて、妹の幼い体は難しい病に蝕まれていました。

 男はある日ゴミの山のなかから、不思議なランプを拾います。
 汚れを落とせば売れるかもしれない。薬を買えるかもしれない。
 袖でランプを拭うと煙が出てきて、煙は人の形になりました。

 魔神《ジン》が封じられたランプだったのです。

 封印から助けてくれたご主人様に、ひとつだけ願いを叶えてやろうと魔神は言います。
 大金持ちでも、美女ばかりのハーレムでも、叶えてやる。

 男は答えます。
 妹の病を治してくれ。
 魔神の魔法で、妹の病は治りました。


 けれど魔神へ願い事をするには、大きな対価が必要だったのです。
 男の存在は消え、|はじめから《・・・・・》世界にいなかったことになりました。
 魔神は自由になったことを喜び、どこかへ飛んでいきました。

 妹は自分に兄がいたことを覚えておらず、まわりの人も、その家の子は娘がひとりだけと思っています。

 やがて妹は結婚し、男の子を産みます。
 産まれた子に、名前をつけました。
 かつて魔神に消されてしまった、男の名を。


 

 吟遊詩人は最後までうたわず、うたを終えます。
 王子の投げかけてきた質問で、もしかしたら、と思ったのです。
 もしも王子が、消えた男の名を知っていたなら。
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