シスター・キントレ!

 
 私は恋愛対象キャラと婚約者が育む恋を邪魔しないように、シスターになった。
 なのになぜだろう。

 ロミオの婚約者である子爵令嬢ルフィナが、私に会いに来た。

「あなた様がシスター・キントレですね。ご機嫌麗しゅう。わたくしルフィナと申します」
「ごきげんよう、ルフィナ様。あなた様のような貴き立場のお方が、このように辺鄙なところにどういったご用向きでしょう」

 頭を下げながら冷や汗がとまらないよ。
 ゲーム本編が開始するまであと三年あるはずなのに、なんで恋のライバル宣言イベントぽいもんが発生しているんだろう。

 次にルフィナが何を話すのか、気が気じゃない。
 わたくしの婚約者に手を出さないで、とでも言われるんだろうか。
 まともに会話を交わしていないから、手を出すも何もないんだけど。

「話というのは他でもありません。わたくしに、筋肉トレーニングの手ほどきをしてほしいのです」
「はい?」

 何言ってるかわからない。
 ここは良家の子女が自ら剣を取るような世界じゃない。
 荒事は戦士の役目だ。

「わたくし気づいたのです。ロミオ様を支えられる良き妻になるには、ロミオ様と同じ目線に立たねばならないと。貴女は先日この町に出現したモンスターと対等に渡りあったと聞きました。ですから、貴女に戦い方を教えていただきたいのです。もしものときロミオ様の隣で戦えるように」
「ルフィナ様……」

 なんて健気な子なの、ルフィナ。好きよそういう子。
 こんなに良い子が妻になるのにナンパに走るロミオよ。
 ルフィナにはぜひともがんばって、ロミオの手綱を握ってほしい。

「わかりました、ルフィナ様。精一杯サポートいたします」
 
 子爵家の護衛に武術の訓練を頼んでも「お嬢様にそのようなことさせられません」と言われるから、私を指命するのは正解かもしれない。

 そんなわけで、私は今日から奉仕活動の傍らルフィナに筋トレを教えることになった。


「いいですかルフィナ様。ルフィナ様がお屋敷に戻られても特訓できるようダンベルを作りました。負担になりすぎない重さです。このようにくり返し持ち上げます」

 お嬢様にダンベルトレーニングを実演して見せる。
 日本で言えばペットボトルダンベルみたいなもの。ルフィナはほとんど重いものを持ったことがないはずだから約五百グラムくらいで作ってある。

「こんな簡単なことで力がつくのですか」
「何事も初歩からです。ゼロを一気に百にはできません。まずゼロを五にするのです。私も軽いものから始めました。このトレーニングをすることで腕のこの部分の力がつき、パンチ力が上がります」

「わかりましたわ。わたくしにできる初歩がこれなら、尽力しますわ。これからは貴女を先生とお呼びするべきですわね、キントレ先生。わたくし貴女についていきますわ」

 向上心の塊なお嬢様は、教えたまま前向きにダンベル運動を始める。

「ふっ、はっ、た、たしかに。十五回持ち上げただけなのに、もう腕が痛いですわ。わたくしがまだ非力だからですのね」
「その意気ですルフィナ様。努力次第ではウィルオウィスプもワンパンです」

 フリルたっぷりドレスの令嬢が筋トレをしている図は、摩訶不思議。

 ダンベルトレーニングのあとはパンチの素振り。さすがにロングスカートのお嬢様が足を上げると中が見えてしまいかねないから、蹴りは今やめておきましょうね。

 これだけ努力家なら、一月もする頃には三キロのダンベル運動が余裕になるかもしれないわね。そのときは投げ技も伝授しましょう。
 一番弟子の成長が楽しみだわ。
 

 

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