シスター・キントレ!
朝食は筋肉のために必要だ。|ガレット《クレープ》とたまごを焼いて、畑でとれた野菜を添える。
日本のクリームとフルーツたっぷりデザートクレープをイメージしてはいけない。麦と水と塩を混ぜて焼いた薄い生地に目玉焼きと野菜をのせて食べるのだ。
砂糖は高価だし冷蔵庫なんてないから、生クリームもりもりしたヒンヤリクレープなんか食べる機会はないと思う。
タンパク質を補給して今日も元気に掃除掃除!
「シスター・キントレ。窓拭き頼んだよ。私は中の掃除をするから。終わったら二人で草むしりだ」
「はい、シスター・ハンナ!」
はしごを外壁に立てかけて、礼拝堂の窓全体を拭いていく。
肩、二の腕、脇腹、太もも、お尻の筋肉がバランスよくつく。
良いわぁ。今日も私の筋肉が喜び歌っている。
「なんだまだ居たのか新入り」
遥か下の方でイヤミが聞こえてきた。
ちらりと下を見たらやっぱりジルがいた。ジルだけでなく、今の私と同年代の美少年が一緒にいる。
「ジル。仕事の邪魔をしたらだめだよ。話しかけたら気が散るだろう」
次期領主と違って穏やかで紳士的だな少年。
拭き終えて降りる途中で、はしごがぐらついた。
とっさに少年がはしごを支えてくれて事なきを得る。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ。君、僕とそう年齢が変わらないのに、もう働いているなんて立派だね」
近くで見れば、少年はいい服を着ている。
「ぼくはエリオル・ラウリカイネン。先月父上が病で急逝したから、隣のラウリカイネン子爵領の領主になったばかりなんだ。よろしく」
お父様を亡くされて間もないのに、こんなに気丈に振る舞えるなんて。立派な子だ。
ん?
……エリオル子爵って、あ。この子も攻略対象じゃないか。
なんでこう、本編無視でシスターになったのにホイホイ出会うんだろう。
「シスター・キントレです。先月シスターになりました。改めてお礼申し上げます、子爵様」
「そうなんだね。シスター・キントレ。大変なこともあるだろうけれど、頑張ってね」
「身に余るお心遣い、感謝いたします」
エリオルは何も誘ってこないし、恋愛イベントじゃなくてただの挨拶だなこれは。
私がエリオルにお辞儀するとジルが半目になる。
「僕への態度とだいぶ違うな新入り。僕にも敬意を払え。敬え。僕は隣の領主でなく、|ここの《・・・》次期領主様だぞ」
「五秒前に名乗った人間の洗礼名を覚えられないほど記憶力が低迷しているのでしたら、やはりお医者様に精密検査してもらったほうがよいと存じます、次期領主様」
ツンデレとかいうジャンルなのかな。
本来の主人公ってジルのどの辺りにトキメクんだろう。
お姉ちゃん、乙女ゲームしないからわからんわぁ。
ジルと話すより、筋トレしてたほうが楽しいもの。
キレ気味のジルを、エリオルがなだめている。
「ジル。領主になるなら、領民には誠意を持って接しないといけないよ」
「この女、エリオルには丁寧に接するのに僕にはアレだぞ!?」
「そういうことを言うからだよ……」
自分より年若い子に諭されているジル。この皮だけクール中身俺様状態のジルと結婚することになる婚約者様が可哀想になってきたわぁ。
「私、他にも仕事があるので失礼します。ごきげんよう子爵様、次期領主様」
お邪魔なようなので、はしごを担ぎ、次の|掃除《筋トレ》、もとい草むしりに向かう私だった。