シスター・キントレ!

「ユリナ。俺はこの子と結婚する。この子は俺がいないと駄目だが、お前は一人で生きられるやつだ。別れてくれるよな」

 ついさっきまで婚約者だった男は、会社の新人女子の肩を抱きながら言い放った。

 浮気相手は、いかにも守ってあげなくなる系のゆるかわ女子だ。

 この男と結婚まで考えていた自分の見る目の無さが、なにより腹立たしい。
 二ヶ月後に結婚式があり、寿退社の予定もあったのに。

「わかったわ。グッバイ屑男、お幸せに!」

 笑顔でヤローと浮気相手の腹に飛び蹴りしてその場を去った。
 下戸なのにやけ酒して、多分そのまま急性アルコール中毒で逝った。




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 いつの間にか、私はピンク髪の少女になっていた。
 山中のひなびた村。洗濯中だったのか、池の水面に古びたシャツを突っ込んでいた。

 ゆるくウェーブしたピンク髪、空色の瞳、|愛らしい《くそむかつく》顔立ち。



 この顔に見覚えがある気がして、記憶をたどる。

「あ」

 これ、妹のアイナがハマっていた乙女ゲームの主人公だ。



 攻略対象は完璧王子・クール次期公爵・溺愛子爵・チャラい騎士。
 しかも全員婚約者がいるため、ゲームをすすめると必然的に令嬢たちから奪うことになる。

 アイナが毎日プレイ実況をラインしてきていたから、覚えてしまった。

 なんで婚約者を取られた私が、略奪する側に転生させられてんの。

「いや、まてまて、こんなの無理すぎる。誰かの婚約者を取るなんて絶対無理!」

 両手で自分の頬をおさえて声を上げる。
 声が高い。
 前の私は二十九才成人女性だったから、違和感がある。

「転生してしまったものはどうしようもない。これからが大事。ゲーム通り人の婚約者を奪うルートに入るわけにはいかないわ」

 今の私は十四才になったばかり。田舎村で母親とふたり暮らし。

 ゲーム本編開示は十七才の誕生日。
 平凡な村娘である主人公が、実は伯爵の隠し子だったとわかって伯爵家に引き取られる。
 とまあ、使いまわされすぎて擦り切れているテンプレ設定だ。

 つまり、十七才になる前に村を離れて身を隠せば、ゲームシナリオは始まらない。伯爵家に引き取られないなら候補に出会わない。

 行き着いた答えは一つ。

 私は手早く洗濯を終わらせて家に戻り、母に宣言した。

「母さん。私、|出家《しゅっけ》するわ」
「は?」

 口を開けたままの母。

「いきなり何を言い出すんだい、ユリナ。外にはモンスターが出るから危ないわ!」
「それくらいなんてことない。シスターになることで守れるものがあるの」

 守るのは攻略対象……の、婚約者である令嬢たちの幸せ。
 私がいなければ、攻略対象は当初の予定通り婚約者と結婚する。


 母を説得して、翌朝。
 私は必要最低限の荷物だけ担ぎ、村を飛び出した。
 私に必要なのは男じゃない。
 筋肉と決断力よ!!

 目指すは麓の町にある修道院!
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