夢で満ちたら
「大木さんって変わってるよね」
ユメが昔から言われる言葉だ。
ユメは普通にしているだけなのに、そんなことを言われる理由がわからない。
「どこら辺が? あたしわかんない」
「そういうとこ。大木さんと話しているとさ、ときどき幼稚園児と話しているような気分になる」
同級生から見ると、ユメはおかしいらしい。
高校に入る前に母親に連れられて病院に行ったら、ADHDというものだと診断された。
お医者さんには学校に通う分には問題ないと言われたけれど、みんなからちょっと変わり者だと言われてしまう。
「幼児じゃあるまいし、猫になりたいなんて馬鹿じゃないか」
「授業も真面目に聞かないし落ち着きがなさすぎるよ」
「もう高校生なんだから大人しくしなよ」
先生の話を聞いても頭から抜けてしまうし、テストの点数も全然上がらない。
もう勉強するのヤダと言ったら、「従姉のミチルちゃんに教わりましょう」と母が提案した。
そうして、今ユメはここにいる。
夏休みの間は叔母の家でお世話になることが決定し、従姉のミチルは根気強くユメの相手をしてくれる。
従姉は昔から頭がいい子で、ユメはミチルのように落ち着いたお姉さんになりたいと思っていた。
ミチルのように頭が良かったら、赤点を一枚も取らないし、変な子って言われずにすむのに。
ユメが持ってきた五枚で100点のテストをリビングのテーブルに広げて、ミチルはマーカーを持つ。
「いい、ユメ。ユメの学校の赤点って40点未満でしょう? だから、100点目指さなくていい。40点取ることだけ考えればいいよ」
「んー。でも先生は平均くらい取ってくれって」
「大丈夫。履歴書にテストの点数を書く欄なんてないんだから。合格点さえ取れればいいの」
国語の答案は30点。英語は24点。
「ほら見て。問題の横に書かれている配点で計算すると、国語ならあと三問。英語なら四問丸がつけば合格点になる」
「ほんとだ。あとちょっとってこと?」
「そう。ここの、同じ意味の言葉を選ぶっていう選択問題が解けたらいいかも」
石橋を叩いて渡る
玉にキズ
「そういえば、なんで橋を叩くの?」
「石造りって、そうそう壊れないでしょう? 壊れにくいものなのに念入りに確かめてから渡ろうとしているの。つまりは……」
「アの、しんちょう!」
「そう。正解。もう一問の、玉にキズは?」
「ボールにキズがある」
「昔の言葉で“玉”は宝石っていう意味なの。宝石にキズがついているから完璧じゃない」
「エの、欠点?」
ミチルはユメの質問をバカにしたりせず、きちんと応えてくれるから嬉しい。
「この手の選択問題はわかるのをはめたら、残りの選択肢を他のところに埋めとけば、そこそこの確率で加点になる」
「おおー! たしかにこれなら、運がいいと残りも全部丸になるもんね」
なんだか知らない抜け道を教えてもらったみたいで、ワクワクする。
「あとはこの漢字を読めたら合格点だよ」
縁は異なもの にマーカーを引く。
「みどりはことなるもの」
「えんはいなもの。人の出会いはどこで結びつくかわからない、不思議だねって意味のことわざ。緑とよく似ているから気をつけて」
ミチルは縁の上に、緑と書き足す。
「ふむ。えんはいなもの」
「ほらユメ、これで三問答えられるようになったから合格点だよ」
「え、あ! ほんとだ! あたしすごい!」
赤点常連だったのに、追加で三問できるようになるだけで合格点。
実は点を取ることってそんなに難しくないんじゃないかと思い始める。
「ユメ。休憩して、母さんと買い物に行こうか。スポーツウェア買うんでしょう?」
「うん!」
参加予定の陸上大会は九月開催。
インターネットから申込用紙を落として印刷したから、あとは提出するだけ。
おそろいのウェアで走るのが楽しみ。
伯母とミチルと揃ってスポーツ用品店に行き、色違いで上下ウェアを買った。
動きやすいのに可愛さもある素敵なやつだ。
店を出て、あとは帰るだけというとき、誰かに呼び止められた。
「あれ、大木さんじゃない?」
「……あー」
ラケットバッグを背負った女子三人が、近くのカフェから出てきた。
制服姿だからなんとか同じ学校だとわかる。
この子達はテニス部だったか、普段ユメと会話しないグループの子たちだ。
関わりが薄すぎて、顔はかろうじてわかるのに、相手の名前を記憶できていなかった。
「こんなことで遊んでいていいの? 前回のテスト散々だったのに」
「勉強したもん。今休憩中」
「大木さんの勉強したって勉強したうちに入らないから。授業中に先生にトンチンカンな質問するしさ。どうせ次もまた五教科赤点でクラスの最下位独占するんでしょ? アイス賭けてもいいよ」
「ちょっとー。三人とも赤に賭けたら賭けになんないじゃん?」
三人が顔を見合わせ、声を立てて笑う。
「ユメには私がちゃんと教えるから、余計な心配は要らないよ。このあと授業の続きをしないといけないから、失礼するね」
ミチルがユメの手を取って歩き出す。
「ミチルちゃん……」
「ユメ。あんたはやればできる子だよ。それに、履歴書に書く欄がないだけで、いいところがたくさんある。明るいし、機転が利くし、人に優しいし、そういうところ羨ましいって思う」
ユメがミチルのことを羨んでばかりだと思っていたのに、ミチルはユメが羨ましいと言う。
ミチルのほうが、頭がよくてできることたくさんあるはずなのに。
「……Do you think I'm Odd?」
さっき教えてもらった一文を口に乗せる。
(あたし、そんなに変なのかな。勉強苦手って、みんなに笑われるようなダメなことなのかな)
ユメのつぶやきは町の喧騒で消えそうなくらい小声だったのに、ミチルには届いていた。
「……狭い世界に住む人は心もまた狭い。わかるでしょう?」
これは父親が主人公に返した言葉。
口さがない人たちは属しているコミュニティーと同じで、心も狭い。
だから耳を傾けるなと言って、ミチルは前を向いて歩く。
伯母も一歩ろを静かについてくる。
「ユメちゃんが勉強がんばったから、お昼ご飯は特別な冷やし中華にしましょうか」
「ほんと!? わーい! あたしシーカマ乗ってるのが好き」
「シーカマも乗せるわよ〜。麺が見えなくなるくらい具をたっぷり乗せるの」
「……私のは普通盛りにして……麺にたどり着く前にお腹いっぱいになっちゃうよ」
「ミチルは少食よねぇ。じゃあミチルの分は小さい版ゴージャス冷やし中華ね」
ワイワイ話しながら帰って、お昼ご飯がすごく美味しかったから、絡まれたことなんてすぐに遠くに飛んでいった。
お昼のあとは、ミチルのマンツーマン授業がはじまる。
「テストで効率よく点を取るには秘訣があってね、まず答案用紙を配られたら、全体の問題に目を通すの。その中でこれは絶対解ける! っていうのを先にやる」
「そうなの? 順番守らなくていいの?」
ユメはいつも一問目から順に解いていた。一問目でわからないとそこでずっと唸っている。
「どれからでもいいよ。解るのを先に全部やって、時間が余ったら苦手なやつを解く。十秒考えてわからないなら飛ばしていい」
「そっかー!」
「授業もね、じっと座って聞くのが苦手なら、先生が黒板に書いたことを全部ノートに写しなさい。書いてわからないことは、メモしておいて、授業が終わってから先生に聞くの」
「うん」
ミチルが教えてくれたことを忘れないよう、ノートにメモする。
さっそく問題集についていた高二の国語練習テストをやって、教わった方法を実践する。
伯母が採点してくれて、受け取ったテストは点数がぐんと上がっていた。
「わー! 丸がたくさん! あたし国語で70点取れてる! 初めて見た!」
「だから言ったでしょう。あんたはやればできる子だって。あんたに合うやり方を見つければ、本番のテストでもこれくらい取れるんだから」
「うん! ありがとうミチルちゃん!」
ミチルに褒められて、やる気がぐんとアップした。
本人に言ったら否定するかもしれないけれど、ミチルは家庭教師の神様になれるとユメは思った。
夕食の支度を手伝って、伯父が帰ってきたら四人で食卓を囲む。
「見て見て伯父さん! あたしちゃんと勉強身についてる!」
「ああ、最初に比べたら目覚ましいな」
「めざましいとは」
「聞く前に検索しろ」
「はぁい」
スマホの検索窓に打ち込む。
『目覚ましいとは、びっくりするほど素晴らしいことを指します。』
「ふむ、あたしは素晴らしい」
「はいはい」
なんとも雑な返事。言い方がミチルとそっくりで、そういうところを見ると親子なんだなぁと思う。
先に食べ終えたミチルが両手を合わせ、提案してくる。
「ユメ。明日も朝走りに行こうか」
「うん! 今度はちゃんとドリンクも持ってこ! 江ノ島まで走れるようになるといいなぁ」
「そうだね。毎日練習すれば体力もつくし、夢じゃないよ」
「よーし、がんばるぞー!」
お風呂に入ったあとは早めにふとんを敷いた。
タオルケットにくるまって、隣で横になっているミチルに手を伸ばす。
「手を繋いで寝よ」
「……いいよ。ほら」
ユメよりほんの少しだけ大きくて、ひんやりした手が、手を握ってくれる。
「おやすみ、ユメ」
「おやすみ、ミチルちゃん」
電気を消して目をつむると、外を飛んでいる鳥の鳴き声や車の走行音が聞こえる。
しだいにその音も薄れていく。
繋いだ手から伝わるぬくもりで、安心する。
(あたしはやればできる子。がんばればどこまでも走れるし、勉強だって、ミチルちゃんが教えてくれるから、次のテストはみんながびっくりするくらいすごい点を取れる。ーーーーそしたらもう、変な子って笑われなくなるよね)
ユメが昔から言われる言葉だ。
ユメは普通にしているだけなのに、そんなことを言われる理由がわからない。
「どこら辺が? あたしわかんない」
「そういうとこ。大木さんと話しているとさ、ときどき幼稚園児と話しているような気分になる」
同級生から見ると、ユメはおかしいらしい。
高校に入る前に母親に連れられて病院に行ったら、ADHDというものだと診断された。
お医者さんには学校に通う分には問題ないと言われたけれど、みんなからちょっと変わり者だと言われてしまう。
「幼児じゃあるまいし、猫になりたいなんて馬鹿じゃないか」
「授業も真面目に聞かないし落ち着きがなさすぎるよ」
「もう高校生なんだから大人しくしなよ」
先生の話を聞いても頭から抜けてしまうし、テストの点数も全然上がらない。
もう勉強するのヤダと言ったら、「従姉のミチルちゃんに教わりましょう」と母が提案した。
そうして、今ユメはここにいる。
夏休みの間は叔母の家でお世話になることが決定し、従姉のミチルは根気強くユメの相手をしてくれる。
従姉は昔から頭がいい子で、ユメはミチルのように落ち着いたお姉さんになりたいと思っていた。
ミチルのように頭が良かったら、赤点を一枚も取らないし、変な子って言われずにすむのに。
ユメが持ってきた五枚で100点のテストをリビングのテーブルに広げて、ミチルはマーカーを持つ。
「いい、ユメ。ユメの学校の赤点って40点未満でしょう? だから、100点目指さなくていい。40点取ることだけ考えればいいよ」
「んー。でも先生は平均くらい取ってくれって」
「大丈夫。履歴書にテストの点数を書く欄なんてないんだから。合格点さえ取れればいいの」
国語の答案は30点。英語は24点。
「ほら見て。問題の横に書かれている配点で計算すると、国語ならあと三問。英語なら四問丸がつけば合格点になる」
「ほんとだ。あとちょっとってこと?」
「そう。ここの、同じ意味の言葉を選ぶっていう選択問題が解けたらいいかも」
石橋を叩いて渡る
玉にキズ
「そういえば、なんで橋を叩くの?」
「石造りって、そうそう壊れないでしょう? 壊れにくいものなのに念入りに確かめてから渡ろうとしているの。つまりは……」
「アの、しんちょう!」
「そう。正解。もう一問の、玉にキズは?」
「ボールにキズがある」
「昔の言葉で“玉”は宝石っていう意味なの。宝石にキズがついているから完璧じゃない」
「エの、欠点?」
ミチルはユメの質問をバカにしたりせず、きちんと応えてくれるから嬉しい。
「この手の選択問題はわかるのをはめたら、残りの選択肢を他のところに埋めとけば、そこそこの確率で加点になる」
「おおー! たしかにこれなら、運がいいと残りも全部丸になるもんね」
なんだか知らない抜け道を教えてもらったみたいで、ワクワクする。
「あとはこの漢字を読めたら合格点だよ」
縁は異なもの にマーカーを引く。
「みどりはことなるもの」
「えんはいなもの。人の出会いはどこで結びつくかわからない、不思議だねって意味のことわざ。緑とよく似ているから気をつけて」
ミチルは縁の上に、緑と書き足す。
「ふむ。えんはいなもの」
「ほらユメ、これで三問答えられるようになったから合格点だよ」
「え、あ! ほんとだ! あたしすごい!」
赤点常連だったのに、追加で三問できるようになるだけで合格点。
実は点を取ることってそんなに難しくないんじゃないかと思い始める。
「ユメ。休憩して、母さんと買い物に行こうか。スポーツウェア買うんでしょう?」
「うん!」
参加予定の陸上大会は九月開催。
インターネットから申込用紙を落として印刷したから、あとは提出するだけ。
おそろいのウェアで走るのが楽しみ。
伯母とミチルと揃ってスポーツ用品店に行き、色違いで上下ウェアを買った。
動きやすいのに可愛さもある素敵なやつだ。
店を出て、あとは帰るだけというとき、誰かに呼び止められた。
「あれ、大木さんじゃない?」
「……あー」
ラケットバッグを背負った女子三人が、近くのカフェから出てきた。
制服姿だからなんとか同じ学校だとわかる。
この子達はテニス部だったか、普段ユメと会話しないグループの子たちだ。
関わりが薄すぎて、顔はかろうじてわかるのに、相手の名前を記憶できていなかった。
「こんなことで遊んでいていいの? 前回のテスト散々だったのに」
「勉強したもん。今休憩中」
「大木さんの勉強したって勉強したうちに入らないから。授業中に先生にトンチンカンな質問するしさ。どうせ次もまた五教科赤点でクラスの最下位独占するんでしょ? アイス賭けてもいいよ」
「ちょっとー。三人とも赤に賭けたら賭けになんないじゃん?」
三人が顔を見合わせ、声を立てて笑う。
「ユメには私がちゃんと教えるから、余計な心配は要らないよ。このあと授業の続きをしないといけないから、失礼するね」
ミチルがユメの手を取って歩き出す。
「ミチルちゃん……」
「ユメ。あんたはやればできる子だよ。それに、履歴書に書く欄がないだけで、いいところがたくさんある。明るいし、機転が利くし、人に優しいし、そういうところ羨ましいって思う」
ユメがミチルのことを羨んでばかりだと思っていたのに、ミチルはユメが羨ましいと言う。
ミチルのほうが、頭がよくてできることたくさんあるはずなのに。
「……Do you think I'm Odd?」
さっき教えてもらった一文を口に乗せる。
(あたし、そんなに変なのかな。勉強苦手って、みんなに笑われるようなダメなことなのかな)
ユメのつぶやきは町の喧騒で消えそうなくらい小声だったのに、ミチルには届いていた。
「……狭い世界に住む人は心もまた狭い。わかるでしょう?」
これは父親が主人公に返した言葉。
口さがない人たちは属しているコミュニティーと同じで、心も狭い。
だから耳を傾けるなと言って、ミチルは前を向いて歩く。
伯母も一歩ろを静かについてくる。
「ユメちゃんが勉強がんばったから、お昼ご飯は特別な冷やし中華にしましょうか」
「ほんと!? わーい! あたしシーカマ乗ってるのが好き」
「シーカマも乗せるわよ〜。麺が見えなくなるくらい具をたっぷり乗せるの」
「……私のは普通盛りにして……麺にたどり着く前にお腹いっぱいになっちゃうよ」
「ミチルは少食よねぇ。じゃあミチルの分は小さい版ゴージャス冷やし中華ね」
ワイワイ話しながら帰って、お昼ご飯がすごく美味しかったから、絡まれたことなんてすぐに遠くに飛んでいった。
お昼のあとは、ミチルのマンツーマン授業がはじまる。
「テストで効率よく点を取るには秘訣があってね、まず答案用紙を配られたら、全体の問題に目を通すの。その中でこれは絶対解ける! っていうのを先にやる」
「そうなの? 順番守らなくていいの?」
ユメはいつも一問目から順に解いていた。一問目でわからないとそこでずっと唸っている。
「どれからでもいいよ。解るのを先に全部やって、時間が余ったら苦手なやつを解く。十秒考えてわからないなら飛ばしていい」
「そっかー!」
「授業もね、じっと座って聞くのが苦手なら、先生が黒板に書いたことを全部ノートに写しなさい。書いてわからないことは、メモしておいて、授業が終わってから先生に聞くの」
「うん」
ミチルが教えてくれたことを忘れないよう、ノートにメモする。
さっそく問題集についていた高二の国語練習テストをやって、教わった方法を実践する。
伯母が採点してくれて、受け取ったテストは点数がぐんと上がっていた。
「わー! 丸がたくさん! あたし国語で70点取れてる! 初めて見た!」
「だから言ったでしょう。あんたはやればできる子だって。あんたに合うやり方を見つければ、本番のテストでもこれくらい取れるんだから」
「うん! ありがとうミチルちゃん!」
ミチルに褒められて、やる気がぐんとアップした。
本人に言ったら否定するかもしれないけれど、ミチルは家庭教師の神様になれるとユメは思った。
夕食の支度を手伝って、伯父が帰ってきたら四人で食卓を囲む。
「見て見て伯父さん! あたしちゃんと勉強身についてる!」
「ああ、最初に比べたら目覚ましいな」
「めざましいとは」
「聞く前に検索しろ」
「はぁい」
スマホの検索窓に打ち込む。
『目覚ましいとは、びっくりするほど素晴らしいことを指します。』
「ふむ、あたしは素晴らしい」
「はいはい」
なんとも雑な返事。言い方がミチルとそっくりで、そういうところを見ると親子なんだなぁと思う。
先に食べ終えたミチルが両手を合わせ、提案してくる。
「ユメ。明日も朝走りに行こうか」
「うん! 今度はちゃんとドリンクも持ってこ! 江ノ島まで走れるようになるといいなぁ」
「そうだね。毎日練習すれば体力もつくし、夢じゃないよ」
「よーし、がんばるぞー!」
お風呂に入ったあとは早めにふとんを敷いた。
タオルケットにくるまって、隣で横になっているミチルに手を伸ばす。
「手を繋いで寝よ」
「……いいよ。ほら」
ユメよりほんの少しだけ大きくて、ひんやりした手が、手を握ってくれる。
「おやすみ、ユメ」
「おやすみ、ミチルちゃん」
電気を消して目をつむると、外を飛んでいる鳥の鳴き声や車の走行音が聞こえる。
しだいにその音も薄れていく。
繋いだ手から伝わるぬくもりで、安心する。
(あたしはやればできる子。がんばればどこまでも走れるし、勉強だって、ミチルちゃんが教えてくれるから、次のテストはみんながびっくりするくらいすごい点を取れる。ーーーーそしたらもう、変な子って笑われなくなるよね)