暗愚な名君フェリクスの軌跡
ダンスレッスンの翌日から、文字の勉強が始まった。
アンネリーゼの叔父、パウル・オルブリヒが家庭教師についた。
金髪をオールバックにまとめていて、瞳はアンネリーゼと同じ赤みの強い色。アンネリーゼの父ラウルも同じ瞳の色なのだという。
絹のジャケットとズボンは鮮やかな糸で刺繍が施されていて、シャツにもフリルが使われている。物腰柔らかで、紳士という言葉を体現しているような人だった。
屋敷の談話室を教室がわりにして、同じテーブルでアンネリーゼが書類仕事を片付けている。
「グーテンベルクでは三十の文字を組み合わせて単語を作っています。母国がルベルタなので、ルベルタと同じ文字です。発音に多少違いがありますが文字を覚えてしまえば、ルベルタでも読み書きに困らない」
「はい」
平民しかいない町では誰も読み書きなんてできないから、日々の買い物も口頭でのやりとりばかり。たくさんの本を目にしたのも、ここに来て初めてに近い。
カラスの羽ペンを持ち、パウルの説明に従ってペンを紙に走らせる。
自分の名前すら書けなかったラーラには、読み書きの勉強も新鮮だった。
貴族の子なら幼少のうちに習うであろうものを、大人になってから学ぶのはそうとう頭を使う。
アンネリーゼが途中で休憩を提案して、ティータイムに突入した。
「ラーラさんは勉強熱心だな。素直だから飲み込みが早い」
「ありがとうございます、先生」
ラーラはアンネリーゼに教わったとおりの持ち方でティーカップを持ち、紅茶に口をつける。
蜂蜜が入っていて、程よい甘みが疲れた体にしみる。
「ふむ。これはバルテル領の蜂蜜を使っているな」
「そのとおりです。叔父様は味覚が鋭いですわね」
「簡単なことだよ。バルテルはクレーの花が多く自生している。養蜂場のまわりもそうだ。だから必然的にクレーの香りがする蜂蜜になる」
パウルの話を聞いて、ラーラはもう一度じっくりと紅茶を口に含んでみる。
確かに、嗅ぎなれた花の香りがほのかに感じられた。
「そういえばリゼ。兄上から聞いたが、殿下との婚約を解消してしまったって? お前ならきっとよき王妃になれただろうに」
「わたくしも彼も結婚を望んでいなかったのだから、お互いのための婚約解消です。その話題を気安く茶飲み話にしないでいただけません?」
笑顔から一転、アンネリーゼはムッとした。
「これは失礼。女性にそのような話題を振るべきではなかったね。けれど兄上が心配していたのも事実だ。親を安心させておやり」
「わたくしより先に、ご自分の息子に言うべきじゃありません?」
親が年頃の子どもの色恋を心配するのは平民と変わらない。
ラーラも両親に、「そろそろいい人いないの?」と言われていた。
「そうだ、ラーラさん。うちの息子なんていかがかな。年はラーラさんよりひとつ下で、奥手だが真面目で誠実なやつなんだ。内勤だからあまり出会いがなくてね」
パウルが人当たりのいい人間だというのは、授業でわかった。パウルの息子ならきっと勤勉でいい人なのだろう。けれど、それとこれとは話が違う。
それに。
目を瞑ると、昨日のフィーの笑顔が浮かぶ。
ひと目見て貴族だとわかる服装に立ち振舞い。なのに、初めて宿屋に来たときと変わらない優しさで、ラーラに手を差し伸べてくる。
繋いだ手は、フィーが自分で言ったように剣ダコでところどころが固くなっていた。ラーラの兄たちも、宿の深夜番をするために毎日宿の裏で剣を振っていた。兄もまた、フィーと同じように手の皮が固くなっていた。
貴族だって努力してその地位に立っているんだと、フィーの手を通じて感じられた。
平民の中には、貴族様は税だけ取り立てて自分たちはうまい汁を吸っている、と不満をいう者がいる。けれど、アンネリーゼやフィーと会うと、それは偏見にすぎないとわかる。
努力の積み重ねが、フィーの手のひらと体格を作っている。
それを感じさせないように柔らかい笑顔を浮かべ、下手くそなラーラの手を引いてダンスを教えてくれた。
隣に立つなら、フィーのような人がいいと思った。
「……すみません、先生。私にはもったいないお話です」
「そうですわよ、叔父様。それに来月舞踏会があるのですから、ケビンはそこに参加して良縁を探せばいいのです。わたくしとラーラに結婚話を振る前に、自分の息子にそう伝えなさいな」
「面目ない」
アンネリーゼに正論で返されて、パウルは小さくなってしまった。
授業を受けはじめて五日後。ラーラのもとに一通の手紙が届いた。
差出人はフィー。
白い便せんに、ラーラの体調と心を気遣う言葉が綴られている。
家族と離れて寂しくはないか、生活環境が変わって疲れてはいないか。
七日後にダンス講習の続きをしてくれると書いてあった。
そして、ラーラにどうしても伝えないといけないことがあって、直接会って話したいと締めくくられていた。
アンネリーゼが返信用にと便箋を用意してくれて、ラーラは人生初の手紙を書いた。
手紙をもらえて嬉しいこと、ダンス講習のお礼、パウルに文字を教わっていること、次に会えるのを楽しみにしていること。
手紙を受け取ったのは夕食前なのに、気がつけばもう夜になっていた。
そして、約束の日。
フィーはどこか緊張した面持ちで現れた。
ダンス練習の前に二人だけで話したいと言われて、広間から続くテラスに出る。フィーの護衛であるカイも、フィーにお願いされて距離を取る。
何度も言いかけてはためらい、意を決して口を開いた。
「僕の本当の名前はフェリクス。フェリクス・ウーリヒ・グーテンベルク。フィーっていうのは偽名。夕凪亭には、お忍びで行っていたんだ。リゼも、僕の考えを知っているから、これまで黙っていてくれた」
「フェリクスって、王子様の? リゼ様の、婚約者だったっていう。……簡単にフィーさん、なんて呼んでしまって申し訳ございません。フェリクス様、とお呼びするべきだったんですね」
貴族どころか、もっと上にいる王族。本来なら、気軽に声を掛けることすら許されない相手だ。
アンネリーゼとは旧知どころか、元婚約者だったのだ。
フェリクスは寂しそうにラーラを見つめる。
「フィーでいいよ。僕は王子である前に、フェリクスという一人の人間だ。ラーラと同じ目線で話したかったから」
ラーラはフェリクスの瞳を見つめ返して、言葉を探す。
「初めて夕凪亭に行ったとき、働くラーラを見て惹き付けられた。いろんな国の言葉を話せるなんてとてもすごいことだし、どんな相手にも丁寧に接していて、自分の家族と仕事が好きだと言って笑う。僕は、ラーラのようになりたいと思ったんだ」
「なぜ……」
夕凪亭は国の端にある港町にある、小さな宿屋。羨むようなものではないはず。
フェリクスは自分を手のひらで示して、ラーラの疑問に答える。
「僕はね、ずっとずっと、与えられた役目が嫌だった。生まれた瞬間から、リゼの婚約者になるよう決められていた。婚約を勝手に決めるなと怒れば、まわりは恵まれているくせに愚かだ、わがままだと僕を叱責するんだ。でも、ラーラはひとことも文句を言わずに、家業を手伝っている。ラーラがすごく輝いて見えた。自分の道を見直したいと思えた」
きっと、こんな弱音を口に出すことすら許されない立場にある。
王子として生まれたから結婚相手を親が決める。今の王家に子どもはフェリクスだけだから、王家を継ぐ以外の選択肢はどこにもない。
それはどんなに苦しいことだろう、ラーラは胸が痛くなる。
「僕はラーラが好きだ。ラーラ。妻になって、僕と一緒に国を導いてほしい」
相手は一国の王子で、ラーラは何も持たない平民。
身分を見れば、釣り合わない存在。
でも、フェリクスはラーラの歩いてきた道をまるごと受け入れて、その過去すら素敵だと言ってくれる。
こんなにもラーラを想ってくれる人はきっと、後にも先にもフェリクスしかいない。
「フィー、さん」
「結婚は人生を左右することだから、今すぐ答えをくれとは言わないよ。舞踏会の日に、聞いてもいい? 君には嫌われたくないから、ラーラが結婚相手として見られないと言うなら、潔く諦める」
深呼吸して、フェリクスは普段の少年らしい顔に戻った。
「さ、練習しようラーラ。舞踏会で立派に踊れるように、サポートするから」
「は、はい」
ダンスの練習中も、フェリクスに言われたことが頭の中でまわっていてうまく集中できない。
フェリクスが帰ったあと、ラーラはベッドに倒れ込んで目を閉じる。
告白されたことは心から嬉しい。
けれど王妃なんて、恋愛感情だけでいるべき場所じゃない。
自分にそんな大きな役割を背負えるんだろうか。
ラーラが嫌なら身を引くとまで言って、選択をラーラに委ねてくれている。
誰かがラーラの部屋の扉をノックする。
「はい」
体を起こすと、アンネリーゼが入ってきた。
「ラーラ。フェリから全部聞いたんでしょう」
「……はい」
アンネリーゼはラーラの隣に座り、肩を並べる。
「リゼ様。私、どうするべきなんでしょう」
「貴女の人生ですもの。貴女の望む道を行きなさい。それにね、フェリと結婚したとしてもすぐ王妃になるというわけではありません。現国王が存命ですし、フェリが王位を継ぐとしても二十年は先になるわ。今、貴女がダンスや文字の勉強をしているように、王妃に必要な知識をゆっくりと学んでいけばいいのです」
ラーラが心配していることを、アンネリーゼは察していた。
「私は、平民です。貴族の令嬢のほうが適任だと言う人が出てくるでしょう」
「わたくしが貴女の後ろ盾となります。伯爵家の跡継ぎであるアンネリーゼ・バルテルの側近、通訳。その役職にいるというのはそれなりに強い盾でしてよ」
「リゼ様」
「わたくしは貴女の人となり、そして語学力を買っているのです。雑音を全部無視して、それでも貴女のなかに残る答えを選びなさい」
「はい」
この人のもとで働けることを、心から誇りに思う。こんなにも心強い盾が他にあるだろうか。
身分差だとか、まわりの声とか、言い訳をすべて取り払って残るまっさらな気持ち。
ラーラは自分の心に問いかける。
そして翌月。
国王主催の舞踏会、ラーラはフェリクスに答えを返すためにドレスを纏う。
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アンネリーゼの叔父、パウル・オルブリヒが家庭教師についた。
金髪をオールバックにまとめていて、瞳はアンネリーゼと同じ赤みの強い色。アンネリーゼの父ラウルも同じ瞳の色なのだという。
絹のジャケットとズボンは鮮やかな糸で刺繍が施されていて、シャツにもフリルが使われている。物腰柔らかで、紳士という言葉を体現しているような人だった。
屋敷の談話室を教室がわりにして、同じテーブルでアンネリーゼが書類仕事を片付けている。
「グーテンベルクでは三十の文字を組み合わせて単語を作っています。母国がルベルタなので、ルベルタと同じ文字です。発音に多少違いがありますが文字を覚えてしまえば、ルベルタでも読み書きに困らない」
「はい」
平民しかいない町では誰も読み書きなんてできないから、日々の買い物も口頭でのやりとりばかり。たくさんの本を目にしたのも、ここに来て初めてに近い。
カラスの羽ペンを持ち、パウルの説明に従ってペンを紙に走らせる。
自分の名前すら書けなかったラーラには、読み書きの勉強も新鮮だった。
貴族の子なら幼少のうちに習うであろうものを、大人になってから学ぶのはそうとう頭を使う。
アンネリーゼが途中で休憩を提案して、ティータイムに突入した。
「ラーラさんは勉強熱心だな。素直だから飲み込みが早い」
「ありがとうございます、先生」
ラーラはアンネリーゼに教わったとおりの持ち方でティーカップを持ち、紅茶に口をつける。
蜂蜜が入っていて、程よい甘みが疲れた体にしみる。
「ふむ。これはバルテル領の蜂蜜を使っているな」
「そのとおりです。叔父様は味覚が鋭いですわね」
「簡単なことだよ。バルテルはクレーの花が多く自生している。養蜂場のまわりもそうだ。だから必然的にクレーの香りがする蜂蜜になる」
パウルの話を聞いて、ラーラはもう一度じっくりと紅茶を口に含んでみる。
確かに、嗅ぎなれた花の香りがほのかに感じられた。
「そういえばリゼ。兄上から聞いたが、殿下との婚約を解消してしまったって? お前ならきっとよき王妃になれただろうに」
「わたくしも彼も結婚を望んでいなかったのだから、お互いのための婚約解消です。その話題を気安く茶飲み話にしないでいただけません?」
笑顔から一転、アンネリーゼはムッとした。
「これは失礼。女性にそのような話題を振るべきではなかったね。けれど兄上が心配していたのも事実だ。親を安心させておやり」
「わたくしより先に、ご自分の息子に言うべきじゃありません?」
親が年頃の子どもの色恋を心配するのは平民と変わらない。
ラーラも両親に、「そろそろいい人いないの?」と言われていた。
「そうだ、ラーラさん。うちの息子なんていかがかな。年はラーラさんよりひとつ下で、奥手だが真面目で誠実なやつなんだ。内勤だからあまり出会いがなくてね」
パウルが人当たりのいい人間だというのは、授業でわかった。パウルの息子ならきっと勤勉でいい人なのだろう。けれど、それとこれとは話が違う。
それに。
目を瞑ると、昨日のフィーの笑顔が浮かぶ。
ひと目見て貴族だとわかる服装に立ち振舞い。なのに、初めて宿屋に来たときと変わらない優しさで、ラーラに手を差し伸べてくる。
繋いだ手は、フィーが自分で言ったように剣ダコでところどころが固くなっていた。ラーラの兄たちも、宿の深夜番をするために毎日宿の裏で剣を振っていた。兄もまた、フィーと同じように手の皮が固くなっていた。
貴族だって努力してその地位に立っているんだと、フィーの手を通じて感じられた。
平民の中には、貴族様は税だけ取り立てて自分たちはうまい汁を吸っている、と不満をいう者がいる。けれど、アンネリーゼやフィーと会うと、それは偏見にすぎないとわかる。
努力の積み重ねが、フィーの手のひらと体格を作っている。
それを感じさせないように柔らかい笑顔を浮かべ、下手くそなラーラの手を引いてダンスを教えてくれた。
隣に立つなら、フィーのような人がいいと思った。
「……すみません、先生。私にはもったいないお話です」
「そうですわよ、叔父様。それに来月舞踏会があるのですから、ケビンはそこに参加して良縁を探せばいいのです。わたくしとラーラに結婚話を振る前に、自分の息子にそう伝えなさいな」
「面目ない」
アンネリーゼに正論で返されて、パウルは小さくなってしまった。
授業を受けはじめて五日後。ラーラのもとに一通の手紙が届いた。
差出人はフィー。
白い便せんに、ラーラの体調と心を気遣う言葉が綴られている。
家族と離れて寂しくはないか、生活環境が変わって疲れてはいないか。
七日後にダンス講習の続きをしてくれると書いてあった。
そして、ラーラにどうしても伝えないといけないことがあって、直接会って話したいと締めくくられていた。
アンネリーゼが返信用にと便箋を用意してくれて、ラーラは人生初の手紙を書いた。
手紙をもらえて嬉しいこと、ダンス講習のお礼、パウルに文字を教わっていること、次に会えるのを楽しみにしていること。
手紙を受け取ったのは夕食前なのに、気がつけばもう夜になっていた。
そして、約束の日。
フィーはどこか緊張した面持ちで現れた。
ダンス練習の前に二人だけで話したいと言われて、広間から続くテラスに出る。フィーの護衛であるカイも、フィーにお願いされて距離を取る。
何度も言いかけてはためらい、意を決して口を開いた。
「僕の本当の名前はフェリクス。フェリクス・ウーリヒ・グーテンベルク。フィーっていうのは偽名。夕凪亭には、お忍びで行っていたんだ。リゼも、僕の考えを知っているから、これまで黙っていてくれた」
「フェリクスって、王子様の? リゼ様の、婚約者だったっていう。……簡単にフィーさん、なんて呼んでしまって申し訳ございません。フェリクス様、とお呼びするべきだったんですね」
貴族どころか、もっと上にいる王族。本来なら、気軽に声を掛けることすら許されない相手だ。
アンネリーゼとは旧知どころか、元婚約者だったのだ。
フェリクスは寂しそうにラーラを見つめる。
「フィーでいいよ。僕は王子である前に、フェリクスという一人の人間だ。ラーラと同じ目線で話したかったから」
ラーラはフェリクスの瞳を見つめ返して、言葉を探す。
「初めて夕凪亭に行ったとき、働くラーラを見て惹き付けられた。いろんな国の言葉を話せるなんてとてもすごいことだし、どんな相手にも丁寧に接していて、自分の家族と仕事が好きだと言って笑う。僕は、ラーラのようになりたいと思ったんだ」
「なぜ……」
夕凪亭は国の端にある港町にある、小さな宿屋。羨むようなものではないはず。
フェリクスは自分を手のひらで示して、ラーラの疑問に答える。
「僕はね、ずっとずっと、与えられた役目が嫌だった。生まれた瞬間から、リゼの婚約者になるよう決められていた。婚約を勝手に決めるなと怒れば、まわりは恵まれているくせに愚かだ、わがままだと僕を叱責するんだ。でも、ラーラはひとことも文句を言わずに、家業を手伝っている。ラーラがすごく輝いて見えた。自分の道を見直したいと思えた」
きっと、こんな弱音を口に出すことすら許されない立場にある。
王子として生まれたから結婚相手を親が決める。今の王家に子どもはフェリクスだけだから、王家を継ぐ以外の選択肢はどこにもない。
それはどんなに苦しいことだろう、ラーラは胸が痛くなる。
「僕はラーラが好きだ。ラーラ。妻になって、僕と一緒に国を導いてほしい」
相手は一国の王子で、ラーラは何も持たない平民。
身分を見れば、釣り合わない存在。
でも、フェリクスはラーラの歩いてきた道をまるごと受け入れて、その過去すら素敵だと言ってくれる。
こんなにもラーラを想ってくれる人はきっと、後にも先にもフェリクスしかいない。
「フィー、さん」
「結婚は人生を左右することだから、今すぐ答えをくれとは言わないよ。舞踏会の日に、聞いてもいい? 君には嫌われたくないから、ラーラが結婚相手として見られないと言うなら、潔く諦める」
深呼吸して、フェリクスは普段の少年らしい顔に戻った。
「さ、練習しようラーラ。舞踏会で立派に踊れるように、サポートするから」
「は、はい」
ダンスの練習中も、フェリクスに言われたことが頭の中でまわっていてうまく集中できない。
フェリクスが帰ったあと、ラーラはベッドに倒れ込んで目を閉じる。
告白されたことは心から嬉しい。
けれど王妃なんて、恋愛感情だけでいるべき場所じゃない。
自分にそんな大きな役割を背負えるんだろうか。
ラーラが嫌なら身を引くとまで言って、選択をラーラに委ねてくれている。
誰かがラーラの部屋の扉をノックする。
「はい」
体を起こすと、アンネリーゼが入ってきた。
「ラーラ。フェリから全部聞いたんでしょう」
「……はい」
アンネリーゼはラーラの隣に座り、肩を並べる。
「リゼ様。私、どうするべきなんでしょう」
「貴女の人生ですもの。貴女の望む道を行きなさい。それにね、フェリと結婚したとしてもすぐ王妃になるというわけではありません。現国王が存命ですし、フェリが王位を継ぐとしても二十年は先になるわ。今、貴女がダンスや文字の勉強をしているように、王妃に必要な知識をゆっくりと学んでいけばいいのです」
ラーラが心配していることを、アンネリーゼは察していた。
「私は、平民です。貴族の令嬢のほうが適任だと言う人が出てくるでしょう」
「わたくしが貴女の後ろ盾となります。伯爵家の跡継ぎであるアンネリーゼ・バルテルの側近、通訳。その役職にいるというのはそれなりに強い盾でしてよ」
「リゼ様」
「わたくしは貴女の人となり、そして語学力を買っているのです。雑音を全部無視して、それでも貴女のなかに残る答えを選びなさい」
「はい」
この人のもとで働けることを、心から誇りに思う。こんなにも心強い盾が他にあるだろうか。
身分差だとか、まわりの声とか、言い訳をすべて取り払って残るまっさらな気持ち。
ラーラは自分の心に問いかける。
そして翌月。
国王主催の舞踏会、ラーラはフェリクスに答えを返すためにドレスを纏う。
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