暗愚な名君フェリクスの軌跡

 舞踏会の翌日。
 フェリクスはラーラを連れて両親のもとに向かった。
 
 

「父上、母上。彼女はラーラ。僕が妻にと願う女性です。少し前に求婚しまして、舞踏会で良い答えをもらいました」
「国王陛下、王妃様。ラーラと申します」

 ラーラも美しい動作で礼をする。このひと月、礼儀作法の講師もつけて学んだ成果だ。


 
 が、父がひっくり返った。
 ラウルに手を借りて立ち上がるけれど、口をパクパクさせている。
 まるで水槽の中の観賞魚のよう。

「なぜ驚くのですか父上。勤めを果たせと言ったのは父上ではありませんか。ですから僕は、この人となら国を引っぱって行けると信じられる女性を連れてきました」
「ああ、いや、うむ」

 ラウルも驚きを隠せずにいる。

「殿下。その子はリゼが見つけてきた通訳じゃないか……」

 ラーラを前にして「なぜリゼでなく平民なんだ」と蔑む言葉を口にしない心根はあるようだ。

「身分で人となりは決まりませんよ、バルテル伯爵。ラーラはとても思慮深く、聡明で、人への気配りもできる良き女性です」

 フェリクスはラーラの背に手を添える。
 母は予測済みだったのか、父ほどは驚かない。


「フェリクス。相手を連れてきたからといって、すぐに結婚させてやるわけにはいかないのは、わかっているわね。ラーラさん、そのことについてはどう思っているのかしら。貴女の意見を聞きたいわ」

 ラーラは物怖じせず一礼する。

「発言をお許しいただき感謝いたします。王妃様のお言葉はごもっともです。フェリクス様が連れてくるのが良家の令嬢でも、同じことを仰るでしょう。私のことを何も知らないのにいきなり息子の嫁に、なんてできるはずありません」
「そう。色恋だけでフェリクスの手を取ったのではないようで何よりだわ」

 母は満足そうに微笑み、バルコニーの方に目をやる。


「お茶の用意を」
「かしこまりました」

 たった一言で、母付きの侍女が速やかに動き出す。

「ラーラと二人きりで話をしたいわ。女同士でしかできない話をね。いいわね、フェリクス」
「はい」

 母の性格を考えるとラーラに嫌がらせをするとは思えないから、フェリクスは素直に応じた。

「ラーラ。母上は、顔は怖いけど根は優しいから安心して行っておいで」
「はい、フェリクス様」


 ラーラは強く頷いて、一対一のお茶会にのぞんだ。
 


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