マリオネットは契約結婚で愛を知る。
ワンダーウォーカーの帰り、店長の勧めで長谷寺に赴いた。
初詣がまだだと言ったら、ここを紹介してくれたのだ。
あまり混雑しないからゆっくり参拝できるし、寺の見晴台に登ると鎌倉の海を一望できるという。
このあたりでお参りというと、一番人気なのは有名な鶴岡八幡宮。けれど正月でなくても参拝者が多く、駅から八幡宮までの通りに至っては常に満員電車並みに混んでいる。
拝観料を支払って境内に入ると、古き良き日本庭園の景色が広がっている。
池のそばに地蔵、石段を登っていけば本堂がある。見上げるほど大きな仏像を前にすると、自然と背筋が伸びた。
(神様。許されるなら、これからもずっと、優一さんと、穏やかに暮らせますように)
顔を上げると、優一がふわりと笑顔を浮かべて静を見ていた。
「すごく真剣にお祈りしていたね。何をお願いしたの?」
「ないしょ、です。人に言ったら叶わなくなるって聞きますし」
「そっか。よっぽど叶えたいお願いなんだね」
「そ、そうです。叶えたいです。ぜったい、叶ってほしいんです。だから聞いちゃだめです」
「うん。もう聞かない」
一分一秒でも長くそばにいたい。それを本人に言うなんて恥ずかしすぎて無理。
お守りの授与所を覗くと、学業成就に健康祈願、交通安全と、様々なお守りが並んでいる。
そのなかでも目を引いたのは、みがわり鈴という土鈴。持ち主の代わりに厄災を引き受けて割れると、寺の人が話してくれる。
「かわいい鈴。ねえ、優一さん。これ買いませんか」
「いいね。ひとつずつ買おう」
「本当ですか?」
自然と声が弾む。
おそろいのものを持つなんて、それこそ仲睦まじい恋人同士や夫婦のよう。
静は同じ色の組紐を選び、買ってすぐ鈴をカバンに下げた。
優一も静にならって、ショルダーバッグに鈴をつける。
お堂を出て右手には、話に聞いていたとおり海が見えた。
「わぁ。本当に店長さんの言ったとおり。優一さん、ほら、海ですよ」
「鎌倉に住んで長いけど、ここから街を眺めるなんて初めてだよ。海、綺麗だね」
「はい。ずっと見ていたいくらい」
景色を眺める優一はとても楽しそうで、静もそんな優一の横顔を見ているだけで胸があたたかくなる。
「ねえ静ちゃん。来年の初詣も、またここに来よう。きっと今よりは生活が落ち着いているから、元旦にさ」
「…………一緒に、来ていいんですか」
「静ちゃんと一緒がいい」
「はい。私も、一緒に来たいです」
寺を出てすぐ近くに、明治時代あたりの蔵を思わせるハイカラな佇まいの店があった。オルゴール専門店と書かれている。
「あ。ここ、職場の先輩が勧めていた店だ。いろんな曲があって、自分だけのオルゴールも作れるんだって。入ってみない?」
「楽しそうですね」
店内には様々なデザインのオルゴールが並んでいる。
宝石箱になっているもの、上に陶器の人形飾りがついているもの、ガラスの台座に入っているもの。ラベルを見ると、クラシックだけでなく最近のアニメソングや祖父母世代の人が好みそうな歌謡曲まで揃っている。
「きれい……。あ、この曲、幼稚園のおゆうぎ会で歌った曲だ」
「静ちゃん見て。これなんて、僕が中学の合唱コンクールで歌った曲だよ」
陶器の人形以外にも、ピアノの形だったり蓄音機の形だったり、見ていて飽きない。手作り体験コーナーには素体の台座と、パーツが用意されている。
小指の爪くらいちいさな動物たちや魚、色とりどりのパーツが選べるようになっている。好みのパーツを買って申し込むと、体験コーナーで専用接着剤を使ってデコレーションできる。
ふと見ると、以前商店街で出会った男・初田が、並んでいる数十個の台座のネジを巻いて遊んでいた。
「あ、これは聞いたことがあります。こっちのこれは……ああ、この曲はこんなタイトルだったんですねぇ」
「初斗にいさん、曲きまった? どれにする?」
「これにします。聞いていると眠くなるメロディが気に入りました」
「星に願いを。私もこの歌好き。じゃあパーツはお星様にしよう」
初田と一緒にいるのは静と同年代に見える女性。黒髪を二つのお団子に結っていて、笑顔が似合う明るい子だ。パーツ用のトレーを持つ左手には、初田と揃いの指輪をしている。
初田がはたと気づいて、静の方を見た。
「おや。この前の迷子さん。もしかしてまだ迷子なんですか。鎌倉駅は全く違う方向ですよ」
「さすがに何日も迷子を続けませんよ…………」
前に会ったときから今日までずっと迷子になっていたとでも思っていたのか、トンチンカンなことを言われて脱力した。優一と女性が、意味がわからず首をかしげる。
「にいさんのお知り合い?」
「数日前、商店街で迷子になっていた方です。そのとき鎌倉駅を探していたと記憶しています」
身も蓋もない紹介をされて静は苦笑する。初田の連れの女性はこういうノリに慣れっこなようで、うんうんと頷く。
「私は初田ネル。こちらは夫の初斗にいさんです。にいさんが迷惑をかけたようでごめんなさい」
「迷惑なんてかけていません。迷子に道を教えただけです」
「もう。人前で迷子迷子って連呼するのはやめたほうがいいよ」
「それは失礼。わたしは黙ったほうがよさそうですね」
初斗はネルに注意されて、おとなしく口にチャックをした。
店長が言っていた「教師にずれた質問ばかりして叱られていた初斗さん」はこの人なんだろうな、と、静と優一は理解した。
ネルに自己紹介されて自分が名乗らないのもなんなので、静も軽く自己紹介する。
「私は四ノ宮静。こちらは夫の優一さん。そのせつはお世話になりました。おかげでちゃんと駅につきました」
「そうですか。ちゃんと帰れたのならなによりです」
ずれたところはあるものの、悪い人ではないようだ。
ネルは友だちに話しかけるように、気さくに聞いてくる。
「静さんもオルゴール作るの?」
「ううん。私あまり手先が器用じゃないから、みすぼらしくなっちゃいそう」
変な見た目になってしまうくらいなら、素体だけを買ったほうがきれいなんじゃないかと思う。
「それじゃあ、僕が静ちゃんに似合うものを選んでもいい? 誕生日プレゼントも歳の数だけ贈らないとって思っていたから」
「本当、ですか?」
店の中を見て回り、優一は木製宝石箱タイプのオルゴールを静に差し出した。
深い朱の、素朴なデザインのオルゴールだ。
「これから少しずつ、誕生日にアクセサリーを贈るから、これに入れよう。気に入ってくれたら嬉しい」
台座には【I LOVE YOU】と曲目シールが貼られている。
軽くねじを巻いて蓋を開ければ、父がよく車でかけていた曲が流れ出す。
尾崎豊のI LOVE YOU。
優しくてあたたかな愛のメロディ。
百曲以上の選択肢がある中で、どんな気持ちでこの曲を選んでくれたんだろう。
父との思い出も蘇る。
「……ありがとう。すごく、素敵。アクセサリーを入れるの、楽しみだね」
優一が嘘を言う人間じゃないのはわかっている。
本当に、年齢の数だけ誕生日プレゼントをくれそう。
優一は、静がアクセサリーと呼べるものを一つも持っていないことを、気づいている。だからこそ、こんなふうに言ってくれる。
嬉しくて、涙が出る。
言葉にしていいのなら、言いたい。
形だけの夫婦でなく、本当の夫婦がいい。
優一といると、静はこれまで知らなかった幸せに触れることができる。
幸せをもらえた同じ分だけ、優一に幸せになってほしい。
このあふれてくる気持ちを恋と呼ぶのだろう。
これからさきも優一と一緒にいて、この宝石箱を年齢の数のアクセサリーで満たしたい。
そうすることができたなら、どんなに幸せだろう。
店員にラッピングしてもらい、手作り工房にいた初田とネルに挨拶して店をあとにした。
初詣がまだだと言ったら、ここを紹介してくれたのだ。
あまり混雑しないからゆっくり参拝できるし、寺の見晴台に登ると鎌倉の海を一望できるという。
このあたりでお参りというと、一番人気なのは有名な鶴岡八幡宮。けれど正月でなくても参拝者が多く、駅から八幡宮までの通りに至っては常に満員電車並みに混んでいる。
拝観料を支払って境内に入ると、古き良き日本庭園の景色が広がっている。
池のそばに地蔵、石段を登っていけば本堂がある。見上げるほど大きな仏像を前にすると、自然と背筋が伸びた。
(神様。許されるなら、これからもずっと、優一さんと、穏やかに暮らせますように)
顔を上げると、優一がふわりと笑顔を浮かべて静を見ていた。
「すごく真剣にお祈りしていたね。何をお願いしたの?」
「ないしょ、です。人に言ったら叶わなくなるって聞きますし」
「そっか。よっぽど叶えたいお願いなんだね」
「そ、そうです。叶えたいです。ぜったい、叶ってほしいんです。だから聞いちゃだめです」
「うん。もう聞かない」
一分一秒でも長くそばにいたい。それを本人に言うなんて恥ずかしすぎて無理。
お守りの授与所を覗くと、学業成就に健康祈願、交通安全と、様々なお守りが並んでいる。
そのなかでも目を引いたのは、みがわり鈴という土鈴。持ち主の代わりに厄災を引き受けて割れると、寺の人が話してくれる。
「かわいい鈴。ねえ、優一さん。これ買いませんか」
「いいね。ひとつずつ買おう」
「本当ですか?」
自然と声が弾む。
おそろいのものを持つなんて、それこそ仲睦まじい恋人同士や夫婦のよう。
静は同じ色の組紐を選び、買ってすぐ鈴をカバンに下げた。
優一も静にならって、ショルダーバッグに鈴をつける。
お堂を出て右手には、話に聞いていたとおり海が見えた。
「わぁ。本当に店長さんの言ったとおり。優一さん、ほら、海ですよ」
「鎌倉に住んで長いけど、ここから街を眺めるなんて初めてだよ。海、綺麗だね」
「はい。ずっと見ていたいくらい」
景色を眺める優一はとても楽しそうで、静もそんな優一の横顔を見ているだけで胸があたたかくなる。
「ねえ静ちゃん。来年の初詣も、またここに来よう。きっと今よりは生活が落ち着いているから、元旦にさ」
「…………一緒に、来ていいんですか」
「静ちゃんと一緒がいい」
「はい。私も、一緒に来たいです」
寺を出てすぐ近くに、明治時代あたりの蔵を思わせるハイカラな佇まいの店があった。オルゴール専門店と書かれている。
「あ。ここ、職場の先輩が勧めていた店だ。いろんな曲があって、自分だけのオルゴールも作れるんだって。入ってみない?」
「楽しそうですね」
店内には様々なデザインのオルゴールが並んでいる。
宝石箱になっているもの、上に陶器の人形飾りがついているもの、ガラスの台座に入っているもの。ラベルを見ると、クラシックだけでなく最近のアニメソングや祖父母世代の人が好みそうな歌謡曲まで揃っている。
「きれい……。あ、この曲、幼稚園のおゆうぎ会で歌った曲だ」
「静ちゃん見て。これなんて、僕が中学の合唱コンクールで歌った曲だよ」
陶器の人形以外にも、ピアノの形だったり蓄音機の形だったり、見ていて飽きない。手作り体験コーナーには素体の台座と、パーツが用意されている。
小指の爪くらいちいさな動物たちや魚、色とりどりのパーツが選べるようになっている。好みのパーツを買って申し込むと、体験コーナーで専用接着剤を使ってデコレーションできる。
ふと見ると、以前商店街で出会った男・初田が、並んでいる数十個の台座のネジを巻いて遊んでいた。
「あ、これは聞いたことがあります。こっちのこれは……ああ、この曲はこんなタイトルだったんですねぇ」
「初斗にいさん、曲きまった? どれにする?」
「これにします。聞いていると眠くなるメロディが気に入りました」
「星に願いを。私もこの歌好き。じゃあパーツはお星様にしよう」
初田と一緒にいるのは静と同年代に見える女性。黒髪を二つのお団子に結っていて、笑顔が似合う明るい子だ。パーツ用のトレーを持つ左手には、初田と揃いの指輪をしている。
初田がはたと気づいて、静の方を見た。
「おや。この前の迷子さん。もしかしてまだ迷子なんですか。鎌倉駅は全く違う方向ですよ」
「さすがに何日も迷子を続けませんよ…………」
前に会ったときから今日までずっと迷子になっていたとでも思っていたのか、トンチンカンなことを言われて脱力した。優一と女性が、意味がわからず首をかしげる。
「にいさんのお知り合い?」
「数日前、商店街で迷子になっていた方です。そのとき鎌倉駅を探していたと記憶しています」
身も蓋もない紹介をされて静は苦笑する。初田の連れの女性はこういうノリに慣れっこなようで、うんうんと頷く。
「私は初田ネル。こちらは夫の初斗にいさんです。にいさんが迷惑をかけたようでごめんなさい」
「迷惑なんてかけていません。迷子に道を教えただけです」
「もう。人前で迷子迷子って連呼するのはやめたほうがいいよ」
「それは失礼。わたしは黙ったほうがよさそうですね」
初斗はネルに注意されて、おとなしく口にチャックをした。
店長が言っていた「教師にずれた質問ばかりして叱られていた初斗さん」はこの人なんだろうな、と、静と優一は理解した。
ネルに自己紹介されて自分が名乗らないのもなんなので、静も軽く自己紹介する。
「私は四ノ宮静。こちらは夫の優一さん。そのせつはお世話になりました。おかげでちゃんと駅につきました」
「そうですか。ちゃんと帰れたのならなによりです」
ずれたところはあるものの、悪い人ではないようだ。
ネルは友だちに話しかけるように、気さくに聞いてくる。
「静さんもオルゴール作るの?」
「ううん。私あまり手先が器用じゃないから、みすぼらしくなっちゃいそう」
変な見た目になってしまうくらいなら、素体だけを買ったほうがきれいなんじゃないかと思う。
「それじゃあ、僕が静ちゃんに似合うものを選んでもいい? 誕生日プレゼントも歳の数だけ贈らないとって思っていたから」
「本当、ですか?」
店の中を見て回り、優一は木製宝石箱タイプのオルゴールを静に差し出した。
深い朱の、素朴なデザインのオルゴールだ。
「これから少しずつ、誕生日にアクセサリーを贈るから、これに入れよう。気に入ってくれたら嬉しい」
台座には【I LOVE YOU】と曲目シールが貼られている。
軽くねじを巻いて蓋を開ければ、父がよく車でかけていた曲が流れ出す。
尾崎豊のI LOVE YOU。
優しくてあたたかな愛のメロディ。
百曲以上の選択肢がある中で、どんな気持ちでこの曲を選んでくれたんだろう。
父との思い出も蘇る。
「……ありがとう。すごく、素敵。アクセサリーを入れるの、楽しみだね」
優一が嘘を言う人間じゃないのはわかっている。
本当に、年齢の数だけ誕生日プレゼントをくれそう。
優一は、静がアクセサリーと呼べるものを一つも持っていないことを、気づいている。だからこそ、こんなふうに言ってくれる。
嬉しくて、涙が出る。
言葉にしていいのなら、言いたい。
形だけの夫婦でなく、本当の夫婦がいい。
優一といると、静はこれまで知らなかった幸せに触れることができる。
幸せをもらえた同じ分だけ、優一に幸せになってほしい。
このあふれてくる気持ちを恋と呼ぶのだろう。
これからさきも優一と一緒にいて、この宝石箱を年齢の数のアクセサリーで満たしたい。
そうすることができたなら、どんなに幸せだろう。
店員にラッピングしてもらい、手作り工房にいた初田とネルに挨拶して店をあとにした。