アパートの二階には俺にしか見えないお札が貼られている

 ドンドンドンドン
 トトトトト

 今日も上の階から音が聞こえてくる。
 大人の足音と子供の走る音。キャハハ、という笑い声もする。
 都内の片隅にある家賃三万のボロアパートだから音が響きやすいとはいえ、毎晩これでは寝付けやしない。

 今日こそ、子どもを夜中に走らせるなと苦情を入れなければならんな。

 これはけっして独り身のひがみではない。

 朝になってから、俺は近所に住む大家に直接話した。

「103のマツダですが、上の階……203の人。俺が入居してからずっとうるさくてかなわないんです。静かにするように言ってください」

 大家のおじいさんは不可解そうに言葉を返してくる。

「何を言っとる。203はマツダさんが入居する何年も前から空室じゃよ」

 無人ならなぜあんなに音がするのか。
 何かが侵入していると悪いからと、大家は確認のため203の鍵を持って来てくれた。

 部屋のノブには「入居したら水道とガスの手続きをしましょう」というお決まりの案内がさがっているし、ドアポストは「空室です」と書かれたテープで塞がれている。

 たしかに入居者がいないことを物語っていて背筋がひんやりする。

 大家と一緒に部屋に入ると、部屋の四隅におふだが貼られていた。

「お、大家さん。あのおふだは……?」
「おふだ? なんのことだい」

 大家が首を傾げると同時にドドドドドッ!! と大人が駆け足で走り回る音が部屋中に響く。

「ひぃ!!」
「マツダさん、何に驚いているんだ」
「はぁ? こんなにうるさいのに、きこえないんですか!?」

 大家の肩に、背後から血濡れた手が乗った。
 そして足首から下だけが、部屋の中で駆け回る。


 目の前にこれだけの怪異が起きているのに、大家は全く気づいていない。

 なんで、なんで、なんで!

「も、もういいです!」 

 俺は契約更新の日を待たず、その週末に引っ越した。
 あの部屋におふだがあるなら、あれは地縛霊ってやつだろ。

 だから引っ越せば快適に暮らせると思った。



 引っ越しの荷物をとくのもそこそこに、夜になったから布団だけ広げて寝転がる。


 走り回る足音と笑い声が、上から聞こえる。

 どうして。
 ここは3階建てアパートの、3階なのに。体が震えて動かない。



 子どもの甲高い笑い声が、すぐ耳元で聞こえた。
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