在りし日のひととき

 小学校に入学したばかりの春。

 初斗はつとは授業の一環で、芋の苗を植えた。

 ヒョロヒョロの葉っぱを土にさしただけなのに、これが芋になるなんて信じられない。
 本当に芋になるの? と先生に何度も聞いて、先生は「なるよ」と答えてくれた。

 休み時間、毎日校舎裏の畑を見に行って、芋が生えてくるのを待った。
 奇跡の瞬間を目撃したくて。

 家でそれを話すと、双子の兄、平也へいやは「お前バカだろ」と辛辣なことを言う。
 クラスメートにも同じことを言われた。

 見に行く行為が楽しいわけではなく、気になる、見てみたい、それだけだった。

 日に日に葉っぱは伸びていくのに、いっこうに芋は生えてこない。
 おじいちゃんの家のかぼちゃみたいに、花が咲いてそれが実になると思っていた。

 そして秋。
 親子芋掘り会が開催された。


 みんなで軍手をはめて、先生に言われたとおりにつるをひっぱる。
 葉っぱしかないに何を収穫するんだろう、と不思議に思う。

 先生が農業用のフォークを土に入れて引くと、たくさんの芋が顔を出した。

「土の下にいたのか……」

 芋を洗って新聞紙でくるみ、焚き火に入れる。
 家の台所ではこんな焼き方できないから、初斗はじっと近くで観察していた。

「初斗、火傷するからこっちに来なさい」

 母の初音はつねに呼ばれて、初斗はしぶしぶ焚き火から離れた。
 火に近づきすぎて顔が熱くなっているのを、初音が濡らしたタオルで冷やしてくれる。

「保健室で氷をもらってきましょうね。そんなにじっくり観察して、何か発見でもあった?」
「うーん、火を見ていると目が痛いってことくらい」
「困った子ねぇ……」

 兄も同じクラスだけど、集団行動が嫌いで芋掘りの輪に入らず、玄関の階段に座ってあくびをしている。

「双子なのに性格は全然似ていませんね」なんて担任に言われる始末だ。


 焼きたての芋にかぶりついて舌を火傷して、味がわからなくなる初斗。

「あふひ」
「そうでしょうねぇ……」

 母は呆れてはいるものの、どこか楽しげに微笑む。

「あなたたちは将来どんな人に育つのかしらね。想像もつかないわ」
「ぼくはこころのお医者さんになるよ」

 息を吹きかけ、ホクホクの芋にかぶりついて、初斗は夢を語る。

「心の医者……って、精神科医? 初斗は今からもうそんなこと考えているのね。平也は?」
「どうでもいい」

 全く同じ作りの顔をしているのに、言うことは真逆。

「いつか夢ができたら聞かせてね」
「はいはい」

 やる気のない返事をして、平也は手付かずの芋を初斗に放る。

「兄さんは食べないの?」
「甘いもんは嫌いなんだよ」
「そっか、じゃあ兄さんの分もぼくが食べる」
「こーら、二つも食べたら夕ごはんが入らなくなるでしょう」
「入るよ。ぼく、せいちょうきだから」

 どーんと胸を叩く初斗。
 けれどまだ小学一年生。大きめの焼き芋二つがオヤツとしてお腹に入るわけがなく、母に没収されてしまった。


 焼き芋は冷蔵庫に入れてもらって、翌日のオヤツになった。



 それから三十数年。
 初斗は父になり、娘の保育園で芋を植えるという行事が行われた。

「パパ、パパ。ほんとにこの葉っぱ、お芋になるの?」

 小さい頃の自分と同じようなことを言うものだから、血は争えないなと思って笑った。


END
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