六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 翌日。
 魔王はトメさん指導のもと、リュウをお風呂にいれる方法を学びます。

 のどか荘の土間は桶、お風呂椅子、ヤカンにタオル、赤ちゃん用ボディーソープとシャンプー、とにかく物であふれかえっていました。
 みんなご近所の皆様のご厚意です。うちの子はもう大きくなって使わないから、と。

 大人用のお風呂ではなく赤ちゃん用の小さな風呂桶にぬるま湯をはって、ゆっくりお湯をかけて洗っていきます。

「登呂さん。まだ首が座ってないすけ、ちゃんと支えてやらにゃ。赤ちゃんはとってもか弱いんだすけ」
「ぬぅ。こうか? 難しいのう」

 そもそも自分が人間のように風呂に入るということをしたことがないから、リュウをお風呂に入れるのもおっかなびっくりです。

 爺やとケルベロスが心配そうに見守る中、なんとか沐浴を終えました。
 タオルでリュウの体を拭くときも、「強くし過ぎたらいけん!」といわれ危なっかしい手つきで水気を拭います。

 自分も額にかいた汗を袖でふきふき。
 大仕事を終えたような気分でした。

 そこにガラガラと玄関の引き戸を開けて、幼い男の子がふたり入ってきます。

「おっちゃんがサーモンか?」
「サーモン?」

 勝ち気そうな男の子のほうが聞いてきます。魔王が聞き返すと、もう一人の小柄な男の子が訂正します。

「ケンちゃん、違うよ。サーモンじゃなくてトロさんだよ」
「えー? どっちも寿司なんだから大差ないじゃん。ショウは細かいなぁ」
「お寿司のネタじゃないってば。……ええと、トロさん。お母さんがこれ、もらってくださいって」

 小柄な男の子ーーショウは頭を下げて、魔王に背負っていたナップザックを差し出します。

 恐竜柄のキルト生地で手縫いされたナップサックの中には、新生児用の服がたくさん詰め込まれていました。

 勝ち気そうな男の子、ケンも両手にさげていたビニール袋をずい、と魔王の前に出します。

「へへん。俺はこのあたりの子どものリーダーだからな。新しい弟分にこれをやる」
「おお、ありがたいのう。お主はその齢でリーダーなのか」
「いいってことよ。母ちゃんから、トロは記憶がなくて大変だって聞いたからな。カブトムシがとれる木とか、ザリガニが釣れるポイントも知ってるから教えてやる。トロもまとめて俺の弟子にしてやるぜ!」

 こんな小さなナリでも、実はこのあたりの強者なのか、と魔王は納得します。

『なんと無礼な人の子だ! 魔王さまにそのような偉そうな口をーー』
「うわぁすっげぇ! トロのペットめちゃくちゃ喋るんだな! テレビに出れるぞ」
「すごいねー!」
『ぎゃぁあああああ! 気安く触るな人間。わたしは誇り高きサンダーバー……』
「ほら、俺の言うこと覚えろよ〜! “オレは最初からクライマックスだぜ!”」

 逃げようにも爺やは鳥かごの中。

「ワン!」

 がんばれ、と意味を込めてケルベロスが吠えます。
 そんなわけで、日本の生活二日目。
 魔王は村の子ども、ケンの弟子になりました。



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