六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 リュウが単語をいくつか喋れるようになったという情報を得て、ユーシャはバイトが終わると同時にエプロンを外す間も惜しんで家に直行しました。

「聞いてください姉さん。ついにリュウが喋れるようになったらしいです!!」

 汗だくで切羽詰まったユーシャに反して、マージョはリビングでクーラーをガンガンにきかせ、モモ色アイスバーをかじっていました。

「その情報はわたくしもすでに得ていましてよ、ユーシャ。おばさま方のデータ共有コミュニティ、【イドバタカイギ】を甘く見てはいけませんわ」

 子どもたちと遊んでいるマージョがその手の情報に詳しいなんて、思いもしませんでした。
 ユーシャは魔王が買い物に来たときに、本人から聞いたのです。
 日曜で家にいた小田もリビングに出てきました。

「ユーシャさん、それはそんなに驚くことなんです?」
「それはそうですよ小田さん。流ちょうに喋れるようになれば、呪文詠唱ができる。魔法が使えるかもしれない」
「魔王は魔法の使い手なんですのよ」

 ユーシャたちがいた異界では、魔女の子は三歳にはもう詠唱の修行を始め五歳で初級魔法を放てるようになっているのです。
 魔王は人間より巨大なドラゴンで、火炎のブレスだけでなく魔法も駆使していました。
 リュウが魔王だった場合、万一にでも魔法の才能が残っていたなら。

 魔法への対抗手段を持たないユーシャと、魔法が使えなくなっているマージョに勝ち目はありません。
 

「ボクの目には、普通の赤ちゃんに見えるんだけどね……」
「修行が足りませんわよ、小田さん。普通の人間でも感覚を研ぎ澄ませれば、魔力を感知できるようになるのです!」
「モモタさんを食べながらドヤ顔しても説得力ないよ」

 マージョのお気に入りアイスバー、モモタさん。ユーシャの夏のバイト代はだいたいこれに消えるのです。

「そ、それは、しかたないのですわ! ここに来てから毎日どれだけ修行しても魔力が戻らないんですの。この世界の魔素がわたくしの体に合わないんだと思いますわ」
「ちなみに、修行ってなにを」

 さっと、キャンディ型ステッキ(おもちゃ)を取り出すマージョ。

「この地に住まう魔素の妖精よ、わたくしに従いなさい! ファイアーアロー!」
「……それ、なんのアニメの台詞?」
「これがわたくしの世界の呪文詠唱でしてよ? 小田さんとユーシャが家を出てから毎日2時間やっています」

 いまなお厨二病兄妹と言われる原因の一つは絶対にこれだ、と思う小田でした。



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